第22話 召喚士と人質

 セレスが80体近い数のゴーレム達を殲滅し、私達はさらに下へと続く階段を下りていた。

 地下2階から地下3階のエリアは上の階層とあまり変わらないオレンジ色の大理石の鍾乳洞しょうにゅうどうがそこには普段であったならあるはずであった。



「なんだよ…これは…」



 トロンが驚きに顔をゆがめるがそれも無理はない。

 本来オレンジ色を放つ大理石の鍾乳洞はこの3階のエリアに入った瞬間に赤黒い大理石の鍾乳洞に代わっており、視界も若干暗い。

 まるで色を塗ったかのような赤黒い鍾乳洞は奥にまで伸びており、本来明かりを必要としない緋色ひいろのダンジョンが180度変わってしまったかのようだった。



「気味が悪いっすね…」


「この色は血の色なのか?」



 近くにあった赤黒い鍾乳洞に触ってみると手にべったりと赤黒い液体が付いた。

 匂いを嗅ぎ、よく触ってみるとどうやらこれは血ではなく単なる塗料のようである。



「血じゃないな…赤黒い塗料で間違いないが、なぜこんなことをする必要があったんだろうな」


「雰囲気は完全に血でしたよ!びっくりしたなーもう!」


「パトラは怖いの苦手なの?」


「ち、ちがうし!な、なーにいっちゃってんのかなセレス私がこんなの怖いわけ…」


「あ!パトラ後ろ」


「ヒィイイイイイ!!」


「わかりやすいねパトラ」


「セーレース!!!」



 ぷんすかと怒るパトラはそう言いながらも若干手は震えていたままでまだこの現状に恐怖を感じているのは確かなようだ。



「オォオオオオオ」


「ジャスティンもあんまりからかわないで……」


「オォオオオオオ」



 地面からドロドロとした体の人間ではない何かが複数取り囲むように現れていた。



「あ…あは…こ…こんにちは~…」


「というか敵がもう出ているから迎撃しろっす!パトラ!」


「なんというかお約束みたいにアンデットが出てきたな、普段この緋色ひいろのダンジョンに出ないはずなんだが」


「隊長、この塗料が原因じゃないでしょうか?」


「ああ、多分この塗料がアンデットを作り出す環境に適しているんだろう」


「ひぃいいやややああああ!」


「落ち着けっすパトラ!ちょ!なんで押すっすか!」



 ジャスティンの後ろに一目散に隠れたパトラはずいずいとジャスティンを前に押し出していた。



「土に帰って!土に帰って!土に帰って!土に帰って!!」



 パトラは…アンデットにはダメそうだな…

 いたるところでボコッと地中から、ドロドロした体のアンデットが出てくる。


 前衛にいたオクムラが目を輝かせながらトロンに話しかけた。



「自分の光属性の剣なら弱点もつけるし、経験値にもなるんでここはまかせてくださいよ!」


「お前だけに負担させるわけにはいかないから俺も半分受け持つぞ」


「トロンさん光属性じゃないんじゃないですか?」



 そうさっきまでトロンは2階で戦っていた時は風属性を剣に付加していたのだ。



「まぁ魔物も待ってくれるわけじゃないからさっさとやるぞ!」


「まぁ…いいですけど」


「「シャイニングエレメント!」」


「ええ!?トロンさん光属性使えたんですか!?」



 見るとトロンが抜き放った2本の剣は光輝いていた。



「元々俺は5属性使えるからな、これくらいはできるさ」



 トロンは5属性を扱える唯一の魔法剣士であり、敵の弱点を突いた2刀流での連撃の戦いを得意とする騎士である。

 この世界における属性に愛されているものは大体1つか2つくらいが一般的であり、例えばカナンは水属性が得意で覚えているのも水属性の魔法がほとんどだったりする。

 例外はトロンのほかにもいてセレスはほぼ全ての属性を扱えるといっても過言ではない、それだけセレスは規格外の天才と呼ばれる由縁でもあった。



「しかも2刀流って、カッコいいな異世界!!」


「おいおい、敵いるんだぞ…ここを切り抜けて早く追いつくぞ」



 呆れ気味なトロンはオクムラを置いといてさっさと魔物の群れに切りかかって行った。



「あ!?急がないと経験値が!!…」



 慌ててオクムラは剣を振りかざし魔物の群れに突っ込んで行った。


 一方後衛のほうはアリアとセレスが機敏に動きアンデット達を寄せ付けないように遠距離で攻撃を繰り出していた。



「次から次へときりがないな…」



 先ほどから現れては倒しての繰り返しで一向に数が減ってはいなかった。



「土に…土に…土が…土…土…」


「しっかりするっス!パトラ!!」


 しゃがみ込み虚ろな目で地面を眺めぶつぶつ喋っているパトラを見るとアンデットよりも恐ろしかった。

 ジャスティンとカナンもパトラを守りながらドロドロしたアンデットを迎撃している。



「隊長!倒してもどんどん湧いてくるんですが何か手はないですか?」


「原因はこの塗料だよな…」



 この赤黒い塗料は地面だけでなく壁になっているところや上の大理石の鍾乳洞までも染めている。

 ぬぐうと簡単に取れてしまう塗料…これは洗い流せるんじゃないだろうか…



「セレス!この洞窟内を水で洗い流せることはできるか?」


「やってみないことにはなんとも…」


「セレスならできそうっすね!」


「パトラもこのままだと動けそうにないから頼むよ」


「やってみます!」



 両手をぐっと力をこめて力強く返事したセレスは前で戦っているトロンとオクムラにむかって大声で注意を促した。



「トロンさん!オクムラさん!危ないので横にそれていてください!!」


「やばいのがくるぞ!オクムラ!オクムラ!!経験値はもういいだろ!避けないと死ぬぞ!!」


「いまいいとこ……すぐによけるから待ってくれ!!」



 すかさず飛びのいたオクムラとトロンは壁にしっかりとしがみついた。



「スプラッシュ!!」



 ドドドドドッドドッド!!という音とともに大きな水の濁流が洞窟内を前へ前へアンデットもろとも押し流していった。

 まるで津波である。

 すさまじい水は洞窟内の塗料を綺麗さっぱり押し流し元のオレンジの輝きを取り戻していった。



「粗治療すぎるだろ…」


「溺れるかと思った…」



 トロンとオクムラはびしょびしょになりながらも壁に剣を突き刺し固定していたため流されずにすんでいた。



「さすがセレスだよーーもうセレス無しじゃ生きられないよー」


「わ!?パトラ抱き着かないで!!」



 パトラが泣きながらセレスに抱き着いていたがセレスは恥ずかしいのか顔を赤らめてパトラを引きはがしていた。



「そろいもそろって化け物しかおらんのか」



 突如地面から黒いフードを被った男や女が現れてくる。ざっと見渡すと10人程いるようだ。



「どうやら追いついてきたみたいだな」


「このオクムラタダシが勇者としてお前たちの相手になってやる」



 トロンとオクムラが剣を構え、第4部隊も同じく武器を構えるそして10人の相手と向かい合う形で対峙する。



「私らは所詮足止めだ、決してこの先には進ませぬぞ」



 黒フード達も各々武器を構えにらみ合う。



「アリア達はこのまま先に行ってくれ、こいつらはここで倒して後で合流するからよ」


「させると思うか!ぐっ!これは…」


「いや、あんたたちの相手は俺たちだけなんで!」



 一人の男が移動しようと陰に潜り込もうとしたが光の壁に遮られ潜ることができなくなっていた。

 オクムラは腰に手を当てて仁王立ちで満足げに言い放つ。



「いやー憧れのシチュエーションその1だわ!いやー異世界最高だな!ああ今僕があることをしたからここから移動やアリアさん達に危害を加えることはできないですよ」


「なん…だと貴様…異世界人なのか」


「まぁあまり敵に話す情報じゃないんで、この力も秘密ですけどね!!」



 ドヤ顔でオクムラは言い放った。



「助かる!先に待っているからな」


「ああ!サクッと終わらして合流するわ!」


「任せてください!アリアさん!」



 二人に別れをつげ私達は奥にある階段に向けて走り出した。


 階段を下りるとそこには痩せぎすの細身の豪華な服をきた病弱そうな男と大きな鬼が人質の親子を両手に持つように抱え、待ち構えていた。



「もう来たのデスカ、役に立たない足止めダナ」


「グゥウウウウウウ」


「うう…」


「この!!母さんを放しなさい!!」



 よく見ると人質の女性の母親らしき人は頭から血を流していた。早めに手当てしなければまずい状態だ。娘である女の子は大鬼の手から逃れようとバタバタと動いていた。



「お前が奴隷商であり、召喚士だな!人質を解放して投降しろ!」



 剣を持つ手に力が入る。



「ハァ…こんなにも早くあそこを抜けられるなんて私の計算ミスデスネ、全く嫌にナル、投降するのも御免デスネ怒られたくないデスシ」


「引く気はないということか」



 皆武器を構えあたりを確認している。この辺りの地形は先ほどの赤黒い空間とは違く、うって変わって黄土色であった。このフロアも奴によって塗られたのであろう。



「5人デスカ…まぁいいでしょう、数はワタシのほうがマサル、キナサイオーガよ、デメントレプリカ!」



 突如地面から先ほど人質を捕えていたと同じくらいの大きな鬼が8体這い出てきた。



「オマエタチアイツラヲコロセ」


「「グゥオオオオオオオオオオ!!」」



 大きな雄たけびと共に大きな剣を持った大鬼達がアリア達に襲い掛かってきた。



「卑怯者!あなたは自分で戦おうとしない卑怯者よ!」


「ワタシハ奴隷商ダ、ワタシの物をどう使おうがワタシの勝手ダ、少し黙ってイロ!」


「ぐうっ!!!」



 大鬼に地面に叩きつけられた少女は足を抱えうずくまった。



「これも余興ダ、お前も見てイロ、バインド!」


「ぐっ!!お…母さん」


「ううっ」



 親子二人まとめて地面に縫い付けられた状態で奴隷商は含み笑いをし、大鬼達とアリア達の戦闘を眺める。



「くそっ!わ…私に力があれば…」



 涙を流しながら赤い髪の長い少女は地面を強く叩いた。



「「ディフェンド!オーバーパワー!スピーダー!」」



 カナンとジャスティンは能力を強化しパトラが援護射撃をして迫る大鬼たちと渡り合っている。

 大鬼達の攻撃力はその見た目からもわかる通り大きな剣を振りかざし、地面を砕きながら、おお振りな攻撃を当てている。



「ジャスティン!!弾いてくれ!」


「任せろっす!」



 おお振りにスイングする大鬼の正面に盾を割り込んで構え思い切り弾く、ガァアアアン!という衝撃音とともに一歩大きく踏み出したジャスティンは大鬼をのけぞらせることに成功した。



「カナン!、パトラ!いまっす!」


「ナイス!ジャスティン!」


「完璧なタイミング!ジャスティン!」



 大鬼の目をパトラが弓矢で潰し、カナンが水をまとった槍でがら空きとなった腹に大きな風穴をあける。

 これで、大鬼は1体息絶えた。



「やったっす!」


「次来てるわよジャスティン!」


「うぉおおおおおお!」



 とっさに盾でガードするも体制が十分でなかったために吹き飛ばされてしまったジャスティン。



「「ジャスティン!!」」



 そして転がった先に大鬼が剣を振りかざして今にもジャスティンに切りかかろうとしていた。



「ストーン!!」



 ゴシャアアアアア!!ドチャア!!という派手な音を立ててジャスティンの背後に迫っていた大鬼は突如足元から大岩がせり上がってきて天井と大岩の間に挟まれてその身をミンチの如く潰した。



「皆は私が守る!」


「セレス!助かった!」


「よかった!セレスがこっちにはついてる負ける気がしない!」


「隊長は!?」


「隊長はあっちで無双してるよ!俺たちは俺たちの命を守るんだ!」



 そして再び武器を取り大鬼達に向かって行った。



 空を切る大きな剣の下をスライディングでくぐる。次元収納からシルバーの長剣を引き抜くとそのままの勢いで大鬼の頭部にまで向かって剣を走らせる。


 衝撃波で地面が割れ、振りぬいた剣は大きな弧を描き大鬼を真っ二つにする。

 左右から2体、仲間の死を感じた大鬼達がアリアがいるその場所に向かって渾身の一撃を振り下ろしていた。


 ズガァアアアン!!という大きな音を立て地面は粉砕されるが、そこにはすでにアリアの姿は無く、あるのはさっきまでの仲間だった大鬼の真っ二つだった死骸がいまはミンチの肉塊になっていることだけ。

 辺りを必死で探す大鬼は目の前に現れた手に頭を掴まれそのまま2体とも地面に頭から叩きつけられ頭をぜさせた。

 アリアは血にまみれた顔を拭い駆け出す。



「おいおいおいおいおいおい…ナンだアイツは…」



 ガタガタと爪を噛む痩せぎすの奴隷商は叫ぶ。



「オーガダゾ!危険度A判定のナゼあんなにあっさりヤラレル!お前は化け物カ」


「あの人…すごい…」



 かすまぶたを開けしっかりと少女はその戦いを目に焼き付けていた。


 その間にもアリアは襲い来る大鬼の攻撃を全て躱し、全て一撃で大くの鮮血を浴びながら切り伏せていった。



「クソ!クソ!クソ!クソ!こんな奴がいるなんて…そういえばユーアールの奴が仕留めそこなったのか帰ったらもっといいやつを加えなくテワ…」



 爪をガジガジと噛む男はじろりと少女を眺めた。



「ひっ!やめろ!」



 バインドの魔法を解除し、少女の髪をつかみずるずると引きずっていく。



「モッタイナイが仕方ないでしょう一国の姫であれば、それなりにいい配下が生まれるでショウシ死んでワタシの役に立ってクダサイ」


「くっぅう…誰か…助け…」



 奴隷商の男は少女を放り投げると懐から十字架のナイフを取り出した。



「神よ、ワタシを助ける慈悲深い神よ、ドウカ、ワタシに新たなるシモベを与えたマエ」



 自らの手首を切り、ボタボタと血を流す奴隷商の顔は恍惚としていて狂気じみていた。

 十字架のナイフは奴隷商の血をふんだんに吸収し、肥大していきおよそ150㎝くらいの大きさになっていた。



「クフフフ…さあ新しい命を生まれたマエ」



 男は少女に向かって十字架を振りかざした。


 その様子を戦闘しながら見ていたアリアは焦っていた。



「邪魔だぁあああああ!お前らどけぇええええええええ!!!」



 最後の大鬼を頭から一刀両断し、地面をえぐり大きく踏み込み少女のもとへ踏み出した。



 ズバッ!!!



「!!!!!!!」



 少女をかばうように倒れる母親は背中から致命傷となる大きな傷と大量の血を流し、少女を守ろうと最後の力を振り絞って倒れた。



「お母さん!!!」


「なんたる事だ、とんだ邪魔ヲ…ぐぅううううううう!!」



 ガギィン!!!とアリアが剣を十字架に叩きつけて奴隷商の男を吹き飛ばした。

 男は壁に体を打ち付け大きく咳き込んだ。



「ぅうう…こんなハズでは…まぁいい死にかけの体でも時間稼ぎにはナルカ」


「貴様!!!」



 剣を持つ手に力が入り、大きく踏み込もうとしたその時異変は起きた。



「か…母さん、…嘘だよね…」


「シェリ…ア…逃げ…なさい」


「嫌だ!母さんをここに置いてなんて…」


「ダメ…時間が… ない… の」


「お…お母さん…体が…」


「ごめ…ん… ね あい…して…  る よ  …シェ リ ぅおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」


「危ない!!」



 咄嗟の判断で少女を抱きかかえその場から離脱すると、さっきまでいたところには少女の母親だったものらしき大型の魔物がそこにはいた。



「サア、精々時間を稼ぐのデス」


「この外道がぁああああああああ!!」


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