第2話 魔法は使えない
廊下をぬけて、食事が用意されているであろうダイニングルームにセレスと一緒に入る。
若干だが、セレスの表情が固いのはまだ父に慣れていないからだろうか。
「「おはようございます。父様、母様」」
「ああ、おはよう」
「おはよう、アリア、セレス昨日はよく眠れましたか?」
すでに食事をしていた父 アルバラン=シュタインと母 ミラ=シュタインはダイニングに入ってきた私達にそう答えた。 父アルバランは私達を一瞥するとまた視線を元に戻し、紅茶の入ったカップへと口をつける。
四人そろうというのは久々なはずなのにな……
「ええ、いつもどうりによく眠れましたよ」
「そうですか、セレスも昨日は夜遅くまで起きていたみたいですけど、ちゃんと起きれたみたいですね」
そこに少し渋く低めの声でその会話をかき消す声が響く。
「私はこれから仕事だから先に出ている」
「ええ、いってらっしゃいませ」
一瞬の静寂。
ガタリと椅子を引きダイニングから出ていく父、アルバランに母、ミラが先ほどとは違う冷淡な口調で語りかける。
会話は決まっていつもこんな感じだ。
父は貴族であり、国の騎士団を
だが、未だに私は仲良く二人で会話をしている姿を見たことはない。
父は私と同じヒューマンでオールバックの金髪に眼鏡をかけている。 今日の服装の様子から察すると貴族同士の会合にいくのではないかと思われる黒いスーツという異世界の礼服姿であった。
父は貴族としての顔と元騎士団長としての顔をたまにのぞかせる時がある。
部屋から出ていく父を横目で見送り、私たちも席に着く。
なんとも気まずい……
思わず視線が右往左往してしまう。
「母様今日は体調の方はよろしいのですか?」
セレスが母を気遣い声をかける。 その声はとても嬉しそうに聞こえた。
「ええ、今日はいつもより体調がいいんですよ。 体調がいいから前からやってみたかったノイトラの料理を手伝いに行こうとしたら、フリーシアに見つかってとても怒られてしまいましたわ」
母ミラは頭を抱え、頬に手を着いてため息を吐く。
「母様はあまり無理をなさってはいけない体なのにフリーシアさんには感謝しないといけないですね」
「でも体調を気にしていたら何もできませんわ、ノイトラの料理は美味しいから覚えてみたかったのですのに」
少しむくれる母にセレスが優しく
「今度料理をするときは私も一緒に付いていくので簡単なものだけを教えてもらいましょう。 ノイトラの魔法は母様だけでは扱えませんからね」
この世界には魔法が存在している。
それはだれしも扱うことができ、人によって個人差や得意な魔法はあるのだが、私の妹セレスはその魔法が昔からとても
それとは逆に私は妹と違って魔法がまったく使えない。
幼少期に皆が受ける魔法力を数値化できるマジックアイテムで調べたところ、魔法力は完全に0という値だったのだ。
子供でもできるような初級の魔法ですら私には使えない。 医師にも原因を調べてもらっていたが、原因はいまだに不明なままなのである。
「セレスがついてくれるのなら安心ですわね。 さっそくフリーシアに掛け合ってみましょうか」
母様は
「アリアも今日はとても大変な実地訓練があるのでしょう? あまり怪我をしないでね」
私の
「ありがとう母様。 大丈夫ですよ、昔よりもだいぶ強くなって今は騎士団の部隊長にまでなることができましたから」
私は魔法が使えない。 その結果は変わらない、だがこの世界を生き抜くためには力がなくてはならない。
私は魔法が使えないとわかった日から毎日血のにじむような努力をした。 幸いなことに私の身近に騎士の頂点に君臨するといわれた父の秘書のテオがいた。
私はテオに教えをこい、何度死んだかもわからぬ壮絶な訓練をうけて生活をしてきていた。
テオはとてもスパルタだった。
テオはギガントと呼ばれる巨人族の男。 巨人族の中でも小さいほうらしいのだが、身長が二メートルを超えている。 ギガントの中でも特に力が強く、四メートルのギガントをも軽々と投げ飛ばす。 圧倒的な体躯に赤髪の短い髪、褐色顔の節々にみられる傷はまさに歴戦の騎士と呼べる。
戦い方もテオは独特で、様々な武器を使用する。斧、槍、大剣、
今までの戦いでは騎士団長と二分する功績を戦場に残してきている。 そんなテオが教えてくれていたのだ。
訓練はテオが
「それでも母はアリアのことが心配なのですよ。 セレスも同じですよまだ入隊してから日も浅いのですから、あまり無理はしないでくださいね」
母様は私とセレスを見て悲しそうな表情を浮かべる。
「セレスは私が守りますから安心してください。 それにセレスならすぐに部隊長になれると思いますから」
「に…… 兄様、さすがにそれは私をかいかぶり過ぎですよ」
セレスが入隊したのは一年前の出来事だ、十七歳になったセレスは騎士団の入隊試験に史上初の満点で入ってきた。 魔法の扱いがとてもうまく、稀代の天才と呼ばれたのもこの時がきっかけであった。
これならば経験を積んでいけば部隊長になれる日も遠くないのは目に見えている。
「私は魔法の才能がないからね、セレスならばいつか私を追い越して騎士団長にまでなれると思うよ」
「兄様は自分を
少し怒ったようにセレスは言う。
「ああ、すまない……」
私はセレスの圧力にたじろいでしまった。 なんとか話をごまかすように口を開く。
「今日の訓練は私も一緒だからな。 安心してくれ、簡単な部類の任務だからセレスの腕試しにはもってこいなんじゃないかな?」
「兄様がいてくれるのなら頑張りませんとね」
フフと軽く笑うセレスは穏やかな笑顔で私を見つめて言う。
「ちゃんと見ていてくださいね?」
「あ…… ああ」
念を押されてしまった。 どうにも私への依存度が最近強い気がしてならないのだが……
■ ■ ■ ■ ■
食事をすませ、身なりを整えた後、セレスとともに騎士団の所属されている部署へとむかう。
この街は騎士団を置いていたりもすればわかるようになかなかに大きい都市だ。
この世界グランディアには三つの大きな大陸があり、西の大陸をアルテア大陸、東の大陸をリーゼア大陸、そして今いるこの中央の大陸のガルド大陸がある。
それぞれの大陸には主要都市があり、私達の住んでいるガルド大陸の首都はここの主要都市であり、名をガルディア都市という。
人口およそ五千万人のガルディア都市は緑と大理石が並ぶ都市国家で、様々な人種が住んでいる。
主に住んでいる人たちはヒューマン、エルフ、ギガントの三種族だ。
他の種族も商人なんかが結構出入りしているので種族は実際はもっといるのだが、多くはこの三種族でなりたっている。
ただ前はもっといろんな種族の人達が行きかっていたのだが、今は他の大陸と戦争中のためやや閉鎖ぎみである。
戦争の原因や内容は上層部が頑なに秘密にしているらしく一介の騎士である私達も詳しくはわかっていない。
だが愛する祖国を守るため皆が団結し、大陸を守ろうとしている。
そんな我が国の騎士団は三構成になっている。 一つは敵国に攻める騎士団、自らの国を守る騎士団、商人などをサポートする騎士団の三つだ。
ちなみに私やセレスは自らの国を守る騎士団、ブレインガーディアンに所属している。
街は早朝のせいか普段よりも静かで、しかしもう何時間もすれば活気に満ちた街になるであろう。
だが住民たちが主要都市にいるとはいえ必ずしも安全といえる現状でないのはわかっているのか、すれ違う人たちの顔は沈んでいる。
早くこの戦争をなんとかして終わらせなければ人々の不安も消えることはないだろう。
この戦争は私が小さい頃から続いていてもう十二年も経っているのにいまだに終わる気配がない。
まだこの都市が激戦区から遠いこともあってか、いまだにこの都市に大きな被害はない。 だが、激戦区ではいまだに血が絶えない苦しむ人が大勢いる。
騎士団に所属する年齢の若い者はまず最初にブレインガーディアンに入り、様々な訓練を受け、攻める騎士団ガルディアンナイトかサポートする騎士団セーブザガーディアンに入ることになる。
私は実践も経験してるし、訓練もすでに終わっているのだが、騎士団長から直々にブレインガーディアンの一部隊長として就任していた。
もうセレスも私の隊に入って一年程になる。 あの時の騎士団長の考えは未だにわからないまま。
「魔法の使えない私に騎士団長は何をお考えだったのか……」
本来であればセレスは私の部署ではなかった。
セレスと私とでは能力があまりにも違いすぎる。 魔法主体のセレスと違って私はテオに長年教えてきてもらった複数武器の近接戦闘、魔法がいっさい使えない私ははたしてセレスの為に教えられることなどあったのだろうか……
「どうしました? 兄様?」
セレスが私の顔を覗き込み不思議そうな表情を浮かべる。
心の不安がつい顔に出てしまっていたようだ。 気を付けないと兄としてこれ以上セレスにがっかりされてもらっては困るからな、切り替えよう。
いまだに教え方がわからないなんて言えるわけがない。
「いや、なんでもないよ。 今日はみんな来てるといいんだけどね」
「そうですね、一人心配な方がいますけれど」
セレスは表情を変え、暗い顔をする。
まぁ多分今日もセレスが行くことになるんだろうな。
「あの子は腕はいいんだけどな、朝にめっぽう弱いからなぁ。 今回も誰かが起しに行くことにならないといいんだけど……」
「はぁー…… 私は起しに行きたくありませんね」
珍しく眉間にしわを寄せ深いため息を吐くセレスが少しおかしくてつい笑ってしまった。
「ハハ…… っとゴメン、同期なんだから優しくしてあげなよ?」
「兄様も私と同じ境遇になればわかりますよ……」
むっとした表情で私を見上げるセレス、それでも長年一緒に過ごしてきたことでこれが本心から言っていないことがわかる。
「まあまあ、もしかしたら今日はいるかもしれないしさ。 早く起きすぎちゃいました! とか言ってそうじゃないか?」
「それは絶対にありえません!」
おおぅ強く否定したな、ちょっとびっくりしてしまったよ。
それにしてもずいぶんと仲良くなったものだな、ここまで感情をあらわにするのは家族以外ではあまりいないというのに。
絶対に来ていない自信がセレスにはあるのだろうか。腕を組んで
「まぁ居なかったら何かしらお仕置きは考えておくから」
「えっ」
セレスはその言葉に肩をびくりとさせ、慌ててこちらを振り向く。
「毎回起しに行ってるセレスには悪いからね、これでちょっとは反省してくれるといいんだけど」
「そ…… そうですか」
やはり友達である同期が怒られるのはセレスにとっても心苦しいのであろうか。 優しい妹である。
少しうつむいたセレスはボソッと聞こえるか聞こえないかの声を漏らす。
「うらやましい」
ちょ、ちょっと考えが違ったみたいだ、聞かなかったことにしておこう。
視線を外すが、セレスからの視線は未だにこちらに向いたまま。
「兄様? ここですよ?」
「え? ああ!!」
あまりにも衝撃的過ぎていつの間にか部屋の前についていたみたいだ。
内心平静を装いつつドアノブへと手を伸ばす。
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