第13話 ケーキ


 その喫茶店は、緊迫した雰囲気に包まれていた。


 「なんでこんな事になってしまったのだろうか?」





  ―― 遡る事数分前 ――


 「いらっしゃいませー!」


 小太りなパートタイマーかと思われるババアが威勢のいい声で僕達を接客する。

 店内に入ると、他にも多数の客がいて結構賑わっていた。


 「あれ? よく見たらパン屋のないろちゃんじゃないの! いらっしゃい!」


 パートのババアに声を掛けられ、照れくさいのか小さく頭を下げる委員長。

 しかしそんな事はお構いなしで”ケーキ”の文字しか頭にないイヤンの姉は、


 「6人で座れるテーブルは一番奥しかないわね。さっさと座ってケーキ食べるわよ」


 先頭きって進む彼女にゾロゾロとついていく他のメンバー達。

 そこには大きな一枚板で作られたような木目が剥き出しのテーブルがあった。

 その周りには小洒落た椅子が8個あり、各々適当な場所へ座る。

 

 一番最後に入店した古屋さんは、一人入り口横のバーカウンターへ。

 中で仕事をしている店長らしき人物に、


 「とりあえず人数分のケーキを全部違う種類で持ってきてよ。その間に飲み物を決めるから」


 他の連中に気を遣わせることなくサラリとケーキを注文。

 その後僕達と同じテーブルの空いてる椅子へ座る。

 

 今まであの人はどんな人生を歩んできたのだろうか?

 少なくともまだ彼の半分少々しか生きてない僕には到底できない芸当だ。

 気遣いのモンスターとでも言えばいいのだろうか?


 しかし今日は、彼から見れば相当なおこちゃまがその相手。

 全員が全員成人以下なのだから。

 当然ケーキが運ばれてきても、まだ古屋さんと僕以外は飲み物が決まっていない。


 「おまたせしました。」


 店長らしき人物が直接ケーキを運んでくると、テーブル中心へ並べ始める。

 そこで既に飲むものが決まっていた僕と古屋さんだけ注文を。

 

 まだ決まらない他の女性達は、ピーチクパーチクヒバリの子を地でいっている。

 このまま決まらずに終わるのでは?


 「サンキューマスター。俺と彼はホットブレンドで。後は……また決まったら声をかけるよ」


 (やっぱりこの店のマスターとおっさんさんは知り合いみたいだな?)


 落ち着いた僕達二人とは対照的な騒がしい雌3人プラス雄1匹。

 それでも眼下にケーキが差し出されればピタリと黙る。

 全員がそれらを舐めるように見回すと、今度はケーキ争奪の激しいバトルが!

 

 「アンタはこの小さいヤツでいいじゃんかっ!」


 「フザケンナよマッキー! お前は小さいのにしろよ! ねーちゃんのチチにもっと栄養をだな……」


 「わ、わたしはこれにしよーっと!」


 「あ、ないろちゃん! シレっとフルーツ山盛りの高級そうなやつ手にしてっ!」


 プチ戦場である。

 古屋さんですら少し困り顔を。

 しかしそこは大人、彼女達の痴態を見かねた彼が、


 「欲しかったらまた頼んであげるから、まず飲み物を決めようよ」


 ”また頼んであげる”

 それは強力な魅惑の呪文。

 特に女性陣へ効き目が強く、落ち着きを取り戻すと静かにメニューを眺めだす。


 (なんだ? おっさんさんが言うと説得力があるから皆従うのか?)


 単純に欲へと目が眩んだだけの事。

 そのせいか、次々と飲み物を決める子豚ちゃん達。

 キチンと出来るじゃないか!

 

 パートのおばちゃんに声をかけ、今度はしっかりと飲み物を注文。

 代表でゆりねーちゃんが頼むことに。


 「私と彼女はジャスミンティーで、委員長さんはダージリンでいいの? ……以上でお願いします。」


 「ちょ、ちょっとまてよねーちゃん!」


 イヤンの扱いマニュアルを完全に熟知しているゆりねーちゃん。

 伊達に彼と15年強も生活を共にしていない!


 「あらアンタいたの? しょうがないわね」


 本当は知っていて虐めているようだ。

 見れば見るほどねーちゃんみたいなイヤンの姉。


 「クリームソーダ追加でお願いします」


 「なんでわかった!」


 イヤン姉弟によるコントで一旦は場が和んだが、一息入れた後にバトルを再開。

 とうとう僕にまでとばっちりが……。


 「だからね、ミルクレープもいいけどブルーベリータルトも食べたいって言ってんの! わかるアンジョー君?」


 「いつもパンばかりだから、たまにはケーキ食べたかったのよねー! 全部食べたいわー」


 「お父さん見てると遺伝的に太りそうなんだよなー。でも色々食べたいし……」


 三人ともバラバラで勝手な事を喋っているようだが、なぜか成立する会話。

 女性とは摩訶不思議な生き物だ。


 ところでイヤンの声だけが聞こえてこない。

 不思議に思い、彼の方へ目を向けると……

 

 そこには口いっぱいにケーキを頬張り、バカ面をした子供のようなヤツの姿が!

 声が聞こえてこないのではなくて、食べ物が邪魔をして喋れないが正解だ。

 テーブルをよく見ると、ケーキが3つ消えていた。


 「アハハハハ!」


 「ワハハハハっ!」


 イアンの顔に大爆笑の僕と古屋さん。

 だが女性陣にはイヤンの顔芸が通じてない!?


 「そーゆーとこだよ! アンタが看護師さんに振られるのはっ!」

 

 怒りに任せて大声で怒喋るイヤンの姉!

 それは喫茶店に吊り下げられているシャンデリアが揺れるほどに強烈!

 

 (いやいやゆりねーちゃん、アナタの弟さんがフられたのは痴漢行為とセクハラのせいですよ)

 

 一斉に他のお客達がイヤンの姉に視線を向けると、瞬時に我へと返る彼女。

 機転を利かせ、すぐさまマッキーに向かって、


 「マ、マッキーさんだっけ? ダメよそんな大声出したら」


 「!!!」


 他人に罪をなすりつけた!

 尋常じゃないほどの怒りがデカチチマキコに湧き上がる!


 「マッキーを噴火させたらだめだっ!」


 僕の叫びで委員長が彼女を宥めるが、既に手遅れ。

 激情の言葉が彼女の口から飛び出す!


 「そもそもアンタんところのパン屋が開いてないのが原因よっ!」


 怒りは自分を宥める委員長に向けて大噴火!

 肉食獣の咆哮にも似たマッキーの地を揺るがす怒声!

 あまりの恐ろしさで、ビビりのイヤンがクリームソーダをこぼしてしまう事態に!


 {バシャッ!}

 「あわわわわ……」


 狼狽える事しかできないのは、何もイヤンだけではない。

 同じ様な僕も、導火線に火がついたマッキーを見て半分チビっている。

 

 今度も古屋さんに納めてもらおうと甘い考えで彼の席を見ると……居なかった。

 既に彼は避難していて、入り口近くのカウンターへと席を移動。

 そこからこちらに向かってマスターと一緒にお手上げのポーズをする。


 「黙って聞いていればなによっ! その歳でまな板ならもう成長はとっくに止まっているわねっ! いくら栄養たっぷりなウチのパンを食べても既に手遅れじゃないのかしら!」


 「あれれー委員長さん? もしかしてそれはマッキーさんじゃなくって私に言ったのかなー? ……ぶっ殺すぞワラアァァァァッ!」


 そして喫茶店は、緊迫した雰囲気に包まれていく。

 何処かで見た昭和任侠伝の如く唸りをあげる怒声で店内は阿鼻叫喚へ。


 (なんでこんな事になってしまったのだろうか?)


 もうメチャクチャ。

 気づけば周りに僕達5人以外誰もいなくなっていた。

 他のお客さんはカウンターへ席を移動しているか既に退店済み。


 {ガラガラガッチャーンッ!}


 ついに器物破損まで始まった。

 三人取っ組み合いで暴れるその姿に僕もこのままではマズイと思い、


 「イヤンなんとかしろよ! そもそもお前のせいじゃんかっ!」


 「だめだアンジョー、あーなったねーちゃんはもう誰にも止められない!」


 「なら考えろ! 考えるんだ! この状況の打開策を!」


 「なに言ってるんだ? そんなもの決まってるだろアンジョー?」


 レジオネラ菌より小さな脳を駆使して擦り絞った知恵はショボかった。

 出た答えはズバリ”逃走”。


 「だめだイヤン逃げよう!」


 尻尾を巻いて逃げること一択な僕とイヤンは、当然迷うことなくそれを選択。

 僕達が三人のケンカを前に逃げ出すそぶりを見せると、


 「どこ行くんだコラァァァァァッ!」×3


 彼女達は近くにあったティーカップの皿を同時にこちらへ投げつけた!

 ナイスヒット!

 それ等はイヤンの頸椎部と僕の後頭部、そして見事にマスターの眉間へ命中!

 

 タキサイキア現象。

 それは脳が誤作動すると流れる時間が遅くなる錯覚にとらわれる現象。

 処理速度が格段に上がって周りの出来事が遅く感じるという。

 

 事実、事故を起こす瞬間は身を守る為だけに脳がフル回転を起す。

 結果、全てがスローモーションのように見えるのである。

 

 今まさにその現象が僕の中で起きていた。


 (事の始まりは母さんに委員長の父親が見とれてたってことなんだよなあ。あれ? ってことは家の母親のせい? つまり僕のせいなのか? イヤイヤそんなバカな! いくらなんでもそれだと僕は可哀そすぎじゃない? っつーか、このことみんなに悟られたらマズイんじゃね? あ……駄目だ……なんだか気持ちが良くなって……)


 遠ざかる意識の中で最後に思う事は……


 (また気絶かよ!)



 


 僕の脳はもう活動を停止してしまうかも知れない。

 

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