第7話 自己嫌悪
仕事に就いたとして、いつかはどなたかと結婚できるかしら。
高望みなどしないけれど。どうせなら好きな人と。
まずは恋愛から、そう思ったときに彼の顔がふと浮かびました。
彼は、私の彼氏。けれど私は彼を愛していません。
どころか嫌悪していました。すれ違えば顔を背け、声もかけず、
姿を認めるたびに遠回りをして、避けてきました。
彼のことになると、心がくたくたにつかれてしまって、
無気力になります。
とにかく、考えたくないのです。
私はその鬱屈した想いから、身体にいろいろな支障を
きたしておりました。夜も寝付けず、たびたび腕や脚に発疹を起こしました。
それでも表層的には明るく振る舞っておりました。
いつかはまた、愛情を取り戻すかもしれないと期待していたのです。
しかし、駄目でした。ある日偶然、教室の前を通りすぎる彼を見つけて、
突然、本能が悲鳴をあげました。
嫌悪、殺意、早く消えればいい、そんな猟奇的な感情さえ湧き上がったのです。
その日から、私は来る日も来る日も別れる言い訳を考えました。
彼は神経質で、人の隙を見破るのが好きな根性悪な人間でしたから、
私は一層気を遣いました。
そして、数日が経ちました。
幾度も推敲を重ねた別れの口実は、彼に有無を言わせぬほど完璧かつ、簡潔でした。
さて、これをいつ突きつけてやろうか、そう思案しながら
あの雨の日を迎えました。
池の鯉が口をぱくぱくと開けて、私に囁いたのです。
君の明るい未来の障害は、あの腐った男、たった一人さ。
早く殺してしまえよ。
私は何度も何度も深呼吸をして、心を落ち着かせました。
私の家の池に、鯉はいません。
いても喋るはずはないし、まして殺せだなんて。
二、三歩歩いて、ふと閃きました。
これはお告げじゃないかしら。
今このときに、幸せな恋愛、結婚、将来のために彼と別れよう。
そう決意しました。
早速手紙を書きました。
敢えて自分の本心は書かずに、気持ちが確かでなくなりました、と
一言書いて別れを告げました。
どんなに泣きついてくるだろうと期待していたのですが、
それは見事に打ち砕かれました。
ただ一言、大きな便箋のど真ん中に、さようなら、と
かかれていたきりだったのです。
私は彼に、遊ばれていたのでしょうか。
だから彼は私に見切りをつけて、いっそ別れを受け入れて
新たな女へ移ろうという魂胆じゃないかしら。
本当に、腐っている。
人生は、人間は、何も信じられない。
唯一の自分でさえ、自己暗示的に嘘をつくのだから、
まして他人を理解することなど、一生掛かってもできやしないでしょうね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます