落ち葉拾い

辻島

第1話 優しい幽霊(未完)

我が半生に就いて。思うところはあれど、的確に言葉に表すことは難しい。自分が非凡人であるとひけらかすようで、赤面の至りではあるが、何分、私の半生は実に波乱万丈であった。野を超え山を超え、火を被り、血を吐き、波に飲まれてここまで漂流してきたのだ。もちろんこれらは、単なる比喩である。しかし、私の話を聞けば、そのメタファーに就いて理解していただけるに違いない。さあ、ご照覧あれ。この荒んだ心の奥底までも。

読者諸賢、驚くこと勿れ。私は死んでいるのである。3年前のある夜、私は路傍で、追い剥ぎに刺された。月がまことに美しい夜だった。私はそのとき無一文だったから、彼は肩を落としたに違いない。走り去る背中に、かけてやった言葉を覚えている。「隣人を愛せよ。」気がつくと、私は死んでいた。死ぬといっても、足は地を踏み、手は物体を捉えた。ただ、外界の人間から、認識されないだけである。なんたる大発見。人間社会で淘汰されてきた私には、むしろこちらの方が生きやすく思われた。早速私は、自分の葬式を見に行くことにした。私の妻や子は、今頃、悲しみに暮れて、肩を寄せ合いながらすすり泣いているに違いない。私たちは常に一蓮托生であったのだ。想像すると、少しばかり笑みがこぼれた。

私は目を疑った。妻は、子は、泣くことはおろか、むしろ笑みを含蓄していた。そして、隣には、見知らぬ男が素知らぬ顔で座っていたのである。彼らの会話に、私は耳さえも疑った。


「あの人が逝ってくれて、よかったわ。あの吝嗇ぶりにはうんざりしていたし、随分前から、愛情もなかったもの。これでやっと、一緒になれるわね。」


葬式は、形式的に粛々と進められた。妻は、我が死に顔に一瞥すると、心にも無いのに、目に涙を浮かべた。そして、子を抱き寄せて、良き親子を演じてみせた。その愛情は空の果てまで届かん、という姿に、参列者は心を打たれ共に涙を流した。だが、それは私の死に対する悲しみからくるものでは、決してなかったのである。なんたる恥辱。死に様まで、かように無様であっては、安らかに成仏もできやしない。私はそのとき、密かに復讐を決意したのである。

とは言えど、死人に何ができようか。私は思索を巡らせた。そして、足りない頭で一つの結論を出した。あの時、隣席していた男は、妻の愛人に違いない。あいつをひどい目に遭わせてやろう。そうすれば、妻も、私の祟りだとかなんとかで反省するだろう。よし、決まりだ。

さっそく私は、法宴会場へ向かった。宴もたけなわ、誰も彼も、酒にご馳走に、どんちゃん騒ぎである。

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