また一緒に
癒羽梨
まだ眠れた日
私の家には猫がいる。お年寄り猫のフミ。17歳。私が生まれる1年前に家にやってきたらしい捨て猫である。家にいる時は殆どずっと一緒にいる。勉強してるとき、ご飯を食べるとき、眠るとき…少し高い猫の体温を日々感じて過ごしている。夏は暑くてだっこするのが少ししんどいけど、冬はだっこするととても暖かいし、ふかふかの毛並みが気持ちいい。
私は高校2年生になって、かなり落ち着いてきた時期だが、最近悩みがある。まず部活。私は吹奏楽部に所属している。中学時代は全国大会に出場するくらいのレベルの所にいたが、高校は人数も少なくレベルも低い弱小校である。私はそこで学生指揮者をやっている。今はコンクールが近づいてきているため、皆それぞれ練習に励んでいる。だが、学校の都合でフルートの同期2人がコンクールに出られない、という事態が起きてしまった。そこで、私に代理でフルートパートとして出てくれ、と頼まれた。私は中学時代フルートを吹いていた。今は訳あってテナーサックスである。なので私はコンクールの練習のため、フルートとピッコロの練習に励んでいた。6月末、アルトサックスの先輩に呼び出された。そこで衝撃の言葉を聞いた。
「なんでフルートにばっかり行ってるの?」
私は少しの間何も言えず固まっていた。そんなの、代理でフルートパートとして……。そう伝えた。しかし先輩は続けた。
「いや、それはわかってるけどさ。所属上はサックスなのであって、ちゃんとサックスも吹いてくれないと。あやかちゃん凄くテナー苦戦してるの知ってる?ちゃんとマンツーマンで教えてあげないとダメじゃん。1人でコンクールに出るんだよ、わかってる?」
あやかちゃんはテナーサックスの後輩である。色々と言いたいことがこみ上げてきた。私だって昨年テナー1人でコンクールに出たのに…。しかも今より人がいなかったから追加沢山くる状況で…。なのに先輩は教えてなんてくれなかったじゃん…。言われなくても今までちゃんと教えてあげてたんたけど…。でもパニックになっていた私は何も言えず、ただ涙が溢れてきた。言い返したい、そんな気持ちに溺れてしまいそうになった。そして私の中の何かが嘘をついた。
「わかりました、ということは私はフルート、ピッコロ、そしてテナーという3本を毎日出さなきゃいけないのですね?今度から気をつけます。すみません。」
凄く取り繕った言葉。言いたいのはこんな事じゃない…。でも、私のほんとの考えなんて先輩に言えるわけがなかった。呼び出されたのは部活が終わる直前だったため、すぐに帰った。ミーティング中は必死に自分を落ち着かせようとしていた。家に着くまで我慢し続けた。
何も言わずにドアを開けて二階にある自室に籠る。その瞬間、さっきの比にならないレベルの涙が溢れてきた。制服を脱ぐこともせず、ベットに倒れただただ泣いた。あやかちゃんが羨ましかった。どうしてあの子ばっかりあんなに気にかけてもらえるのか。あの子はトランペット志望だったのだが、オーディションでトランペットになれず、テナーに来た。呼び出された後で友達から聞いた話によれば、あやかちゃんはトランペットがいい、と泣きわめいたそうだ。それも私が学校を欠席した日だったらしい。そして何度も何度も同期にトランペットに移してくれ、と主張し続けているそうだ。おそらく、いや絶対先輩はそれを知っている。それをどうにかしようと思ったに違いない。私がまず羨ましいと思ったのはそこだった。
中学時代、私はフルートを吹いていた、と言ったが本当はオーボエ志望だった。そして、希望用紙にフルートだけはやめてください、と書いた。それなのに私は フルートになっていた。私はおかしいと思って先輩に言った。すると先輩は「フルートはとても人気があってフルートになれたことはとても名誉なことなんだよ!そんな甘ったれたこと言ってるんじゃない!」と突き放した。とても傷ついた。その日の夜、私の左腕にはあまりに深すぎる焼印が浮かんだ。それ以来私は抵抗するのをやめて、黙々と3年間苦しみながら厳しい練習に耐え続けた。 卒業する頃にはフルートに対する嫌悪感が増していた。そして高校に入って、フルートから逃げたかった私はテナーサックスになった。テナーサックスの先輩はいなかったので1人で勉強してコーチにアドバイスを貰いながら少しずつレベルをあげていった。でも、いつからだろう。テナーに対しても嫌悪感を持つようになった。確か、文化祭の頃からだろうか…。私は初めてある曲でソロを貰った。なので、私はアルトサックスの先輩にアドバイスを聞いたが、さらっと言うだけで何も詳しく見てくれてくれなかった。 そして本番、あまり満足のいくソロが出来なかった。ソロを吹き終わった瞬間、私の中で何かが切れた音がしたのを覚えている。少したって、定期演奏会があった。定期演奏会では長いソロが沢山来ていた。 まずは国民的アニメ楽曲の有名なフレーズ。音域が広くて苦戦した。だが、それよりも苦戦したのはその年に大ヒットしたアニメ映画の曲だった。その曲にはソロが2つも来ていた。そのうえ1つはアカペラだったのだ。パニックになってすぐに練習、研究の毎日。コーチに沢山アドバイスをいただき、ほかのパートの先輩にもアドバイスを貰った。だが、アルトサックスの先輩は何も言ってくれなかった。段々いい感じに仕上がってきて、いかに表現するするか、というところまでできた頃、いきなりアルトサックスの先輩からダメ出しの雨が降り注がれた。また私は混乱してしまった。しかしどうなるかと思ったが、定期演奏会でのソロはどれも大成功だった。成功したことに対してはとても達成感を覚えたが、同時にテナーサックスに対しての暗い気持ちが心に現れた。
「苦しかったな…。」
ぼそっと呟いた。
その後からテナーサックスの技術の上昇に比例して嫌悪感も増えてきた。『もしかしたらフルートのままのほうが幸せだったんじゃないか?』そう思うことが増えていった。それを私はずっと耐えてきたのに。後輩は助けてあげるってどういうこと?じゃあ私も助けを訴えればよかったの?そん な無数の主張が浮かび上がってきたのだ。 挙句の果てには吹奏楽をやめれば幸せになれた?そんな事まで浮かんできた。でもあの子は絶対こんなに苦しんでない。あの子ばっかり……。
「あの子ばっかりずるい。」
それしか言えずに泣き続けていた。『それにちゃんと教えてやれ、って言ったけど先輩は私に教えてくれた?』そんな新たな“あの子ばっかりずるい”が生まれてきて、更に涙は増えた。そして眠ることなく泣き続けた。泣きすぎて脱水症状を起こしてしまい、つぎの日は学校を休んだ。
その日から毎晩福に話しかけ続けた。
「ねぇ、フミ、嫌なことがあったんだよ。」
「部活で先輩にね、凄く辛いこと言われたの。」
泣きながらフミに訴え続ける。少しずつ私の主観が入ってしまうが、誰かに話さないとやっていけないと思った。
「フミならこの気持ちわかってくれるよね。猫っていいなぁ。もう人間なんて嫌だよ。猫になりたいよ。なって幸せになりたい。」
自暴自棄になっていた私は変なくらい問いかけ続けた。
フミは心なしか悲しそうな目をしていた。外は土砂降りだった。 それから少し経って夏休み。コンクールまで1ヶ月をきった。今までは先輩の言うようにテナーも吹いていたがそろそろフルートに専念しないといけないと思い今はテナーを吹いていない。夏休みということで時間が多く取れるので合奏などの合わせをする機会が増えた。今回の楽譜は木管が上手く合わないとそもそも曲にならないので木管分奏が頻繁に行われている。私の役職的に合わせをする時に率先して意見を言ったり指示を出したりしているのだが、最近合わせをする時に強い違和感を覚える。
「チューニングします!」
と少し大きめに言う。皆は返事をするが、その中に笑い声が混じって聞こえる。それを気にしないでチューニングをしているとやっぱり笑い声や話し声が聞こえる。それも悪口のように。考えすぎだと思ってやり過ごしていたが合わせの度にそれが起こる。悪口じゃなくてただおしゃべりが多い子がいるのかな、と思っていたがそれは明らかに違う、ということがわかった。その日は先輩が何やら合わせをしていて、その現場にたまたまフルートパートが入ってしまい自分達も合わせに参加せざるを得ない状況になった。そこにはクラリネット、サックス、トランペットがいた。調 子が良くないから個人練習がしたいのに…、と思いながらしぶしぶ参加。私が参加した途端あるパートの1年生達が大きな声で笑いだしたり話だしたりするようになった。強い不快感を感じながら周りに合わせて吹いていった。そして合わせが終わる少し前、先輩が
「木管とトランペット仲良くして!」
と言った。その途端、大きな声を出している子達のうちの1人が
「もう仲いいでーす!」
と笑いながら言った。するとそのもう1人の子が
「あいつとは?」
と笑いながら言って、
「うーん、まあまあ!」
と笑った。その場にいた他の1年生はその子達と一緒にいる子達だったので1年に言ったわけではない。先輩とも結構仲が良い子達なので先輩に言ったわけでもない。となると私達、2年に言ったのか。でもその場にいた私以外の2年とは沢山話す子達だし…。そっか、私に言ってるんだね。今までの疑問が確信にかわってしまった。合わせの後、先輩にコンクールまでの間だけでいいからチューニングだったり合わせの指示だったりをしてほしい、とお願いした。若干そんな気がしていたが、私はこの部にいられないと思った。笑っていたのはサックスの後輩達だった。 もうサックスに戻りたくない…。本能が叫んでいる。自分があの子達に何をしたんだ。これでは中学の時と変わらないじゃないか…。勇気を出して高校でも吹奏楽を続けた理由がわからなくなってしまった。
今日はその週の金曜日。どういうわけか今日は部活が休み。今日はのんびり休憩しよう、と遅い朝ごはんを食べながら考えた。部屋に戻って横になるとどうしても部活のことを考えてしまう。でも考えた途端息ができなくなる。ゲームでもしよう…と大好きなゲームをしていた。少し眠くなってきたので今度は大好きな曲を聴きながら目を閉じた。
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