Limonium .
夏目 まこと
Limonium.1
初めまして
───────────
いつものように病室へと入ると、そいつはいつものように黄色い表紙の本を広げていた。
真っ白な病室に溶け込んでしまいそうな、真っ白な肌と髪。その中で生きていることを主張するかのように、澄んだ碧眼が静かに瞬いている。
気づいたそいつは、こちらを見上げて、にっこりと笑う。
「一樹くん」
「……はよ」
本を閉じて、こちらへと向き直る。ベットの脇にあった丸椅子を、引っ張り出して座るように促した。
「看護師さんから話は聞いてるよ。ええと、いつもお見舞いありがとう」
「ん。」
俺はいつものように、コートを脱いでベット脇の棚の上にあった花瓶を手に取り、入口近くの水道で水を入れる。
昨日持ってきた花を取り、新しく持ってきた花を生けた。
その花の茎は直立し、角張っていて翼があって、葉のように見える。葉は槍形で、葉縁はしばしば波打ち、浅く裂けていた。
濡れた花瓶をさっと拭き取り、棚の上へと置き直した。丸椅子に座り、そいつへと向き直る。
そいつは花瓶に生けられた真新しい花を不思議そうにじっと見つめて、
「それはなんて花?」
「スターチス」
「すたーちす?」
「正式にはリモニウムって言う。和名は花浜匙っつーんだ。半耐寒性の短命な宿根草で、花期は夏から初秋らしい。」
「そうなんだ!一樹くんは物知りだね」
「一般教養」
「それじゃあ、私が教養のない子みたいじゃん!」
「違うのか」
「それは……うーん……」
この話をするのも、もう何回目だろうか。
あの花を棄てるのも、同じように生けるのも。
コイツが毎日、同じように花の名前を聞くのも。
もう──毎日やっている事だ。
アイツは同じように、毎日同じことを聞いて、同じことを話して。
「ふふ、勝己くんは面白いね!」
同じように笑って。
たとえそうやって笑ってくれても。
「それじゃあ………バイバイ」
明日になったら───全部忘れてしまうのに。
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