輪廻する思い

如月あらた

差し伸べられる手

 360度、どこを見渡しても真っ白だった。

(また、来てしまった……)

 子供のいじめも、ここまで悪化するのかと、つくづく思う。まあ、今回は特に酷かったのだが。


 身体の力を少しづつ抜くと、目から次々と涙が出てきた。誰もいないんだし、泣くなら今なのかもしれない。我慢にも限界がきていた。

 少しの時間、一人ですすり泣いていると、後ろに人がいる気配がした。黙って後ろを向くと、思った通り高校生くらいの青年が立っていた。

「またこっちに来ちゃったの?大人に相談とかすればいいのにー。」

「もうしました。まあ、大人は動いてくれませんよ。いつもそうだし。」

「だよなー……。俺が何とかしたいところだけど」

「死神の、人間への干渉は禁じられている。ですよね?」

「そ、そーなんですよーハハハ……」

 そう言って、青年は乾いた笑顔を浮かべた。

 この青年は、私がこの"生と死の間の世界"にいる時によく現れる、死神だ。最初こそ驚いたものの、今となっては、だだ一人の話せる友人となっている。

「まあ、今回はギリギリ最悪の展開にはならなかったから。このまま待てばいつか目が覚めるさ。」

 ギリギリだったことに冷や汗をかいたが、別に私が死んでも悲しむ人はいない。両親はとっくに死んでいるし、周りの人は私をお荷物呼ばわり。

 ふと、あることを考えた。

「このまま、あなたが私を連れていけば、私は死ぬの?」

 すると死神は不味いものを食べた様な、嫌そうな顔をした。

「やだよーそんな。俺が人殺しみたいになっちゃうじゃん。」

「それがあなたの仕事でしょ?」

 すると死神は「まあね。」と言って苦笑いをした。ならば何故連れていくことを拒むのか。

 もう、この世で生きるのはうんざりだ。世界は暗い話題ばかり飛び交い、下の方で傷ついている人達のことは助けようとしない。ならば死んで楽になった方がましである。

「死んだ方がいいなんて思うんじゃないぞ。」

 私は「え?」と聞き返した。

 「だって、死んだ方がマシじゃない。」

 こんな世界に生を受けたって、罰を受けるようなものだ。なら、いっそ命を絶つのも、ありなのではないのか。

「そんなわがままで死んだら、君の母さんと父さんが君を産んだ意味を、否定するようなものだ。

 本当に生きるのが辛くて、毎日大変な思いをしているのはわかる。だけど、同じ心境でも、生きていこうと頑張っている人がたくさんいる。」

 なにが"わかる。"だ。何も知らないくせに。死んでいる死神に、分かるような話でもないのに。

 私は幻滅し、こう言った。

「そんな綺麗事、何度も聞いた。」

 行きたくもないカウンセリングに連れていかれると、いつも大人は同じことを言う。もううんざりだ。

「じゃあ、違うことを言うよ。」

 なぜか、死神が怒っているように感じた。

「君に生きていて欲しいと思ってくれている人は、必ずいる。」

「嘘。いる訳ない。」

 即答だった。両親もいない、まともな友達もいない私に、生きていて欲しいと思ってくれる人なんている訳ない……

「少なくとも、俺はそう思うよ。」

 「……え?」

 私の口から、少しふぬけた声が出てしまった。

「……変な事言ったかな?」

「なんか、死神らしくないなって。」

 すると、死神は何故か自慢げに答えた。

「そりゃ、元々俺は人間だし。」

「え、そうだったの?」

「そーさ。知らなかった?」

 知らなかったも何も、初耳だ。ただでさえ死神なんて信じられていないのに。

「まあ、とにかく。」

 死神は話し始めた。まるで駄々をこねる子供に言い聞かせる母親みたいに。


「生きていて欲しいと思ってくれる人がいたら、死んだら絶対その人を悲しませるんだ。だから、死んじゃだめなんだ。人を悲しませるのは罪なんだぞ?」


 なぜか、死神のその言葉がすっと心に響いた。生きてきて、一度も言われたこと無いような、やさしい言葉だった。


「分かった?」と目で問い掛けてきた死神に、私はうなづいて見せた。

「………うん、分かった。頑張ってみるよ。」

 それを聞いて満足したのか、死神は心底嬉しそうだった。

「よしよし。」

 見間違いだろうか。少し死神が悲しいような、懐かしむような顔をしたのは。

「お、もうそろそろお目覚めの時間かな?」

 そんなに時間が経っていたのかと、今更ながら驚いた。これまでの会話は、時間が経つのが早く感じるくらい、私にとっての内容の濃いものだった。


 気づけば、死にたいとも思わなくなっていた。理由はよく分からないけど、この死神のおかげだということは分かった。

「あのさ。」

「ん?なんだい?」

 私は、笑顔で、今までたった一度も言ったことの無い言葉を初めて、言った。


「……ありがとう。」


「……どういたしまして。」




 自殺しようと思うまでいじめられ、他人からはよく思われず。そんな私の目に今滲むそれは多分、嬉し涙。

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