19日目「花火」

「麻里さん。おはようございます!」

 目覚ましも鳴り始めぬ午前八時。私は莉緒の声で叩き起こされる。

 いつもよりも一時間近く早い起床に戸惑う私に、莉緒は身支度をしろと訴える。机の上には既に湯気の立つ朝食が並べられていて、私は目を擦りながら口にブドウ糖を入れた。

「で。これはなに?」

「なにとは?」

「なんで今日はこんなに朝が早いのかってこと」

「九時には家出ますから」

「は? どこに行くの」

 今日は夕方から花火大会に行く約束。花火なんだから早めに家を出たとしても夕方だろう。それ以前にどこかに行こうというのだろうか。

 それにしても急すぎる。朝になってから報告するなんて、私じゃなかったら予定が入っているかもしれないのに。

 これだから莉緒は。

 毎日忙しくて。唐突で。慌ただしくて。私の毎日を否応なしに色づけてしまう。

「で、どこ行くの?」

「花火大会って言ったら浴衣じゃないですか」

「……まさか、買いに行くとか言わないよね?」

「まさか。レンタルですよ。昨日帰りの電車で調べたんです。当日に着付けまでやってくれるレンタルのお店」

「予約とれたの?」

「はい。他の所より千円くらい高いお店でしたけど、何とか全日に予約とれました」

「昨日予約したなら昨日言ってよ。びっくりしたじゃん」

「サプライズと思って」

 数時間寝かせるくらいだったらその場で言ってくれても変わらないだろと思いつつ、口に朝食を運ぶ。

「ていうか、よく空いてたね」

「残念ながら朝一の回ですけどね」

 なるほど。開店直後だから予約が空いていたのか。朝から浴衣を着て、夜まで待ってるのはしんどいだろうし、分からなくもない。

「近いの?」

「電車で二駅くらい」

「じゃあ一人で行ってきなよ~」

 花火大会に行くんだから浴衣を着ないと始まらない。なんてことは莉緒が言いそうな言葉ではあるけど、わざわざ私が保護者役としてついていく必要もない。そもそも私には浴衣を着てほぼ丸一日を過ごす気合なんてない。

「何言ってるんですか。麻里さんも来るんですよ」

「だって私行っても莉緒が終わるまで待ってるだけでしょ? だったらこんな炎天下で外に出たくない」

「違いますって」

 莉緒は溜息交じりの呆れ顔を向ける。

 溜息をつきたいのはこっちだ。まさかな、なんて思考がよぎるが、そろそろ目の前の少女の考えも読めてくる。

「麻里さんも着るんですよ。浴衣」

 やっぱり。

「言ったじゃないですか。花火大会と言ったら、浴衣ですもん」

「私は着ないよ」

「残念ながらそう言うと思って、もう麻里さんの分も予約済みです。代金は私が持つんで安心してください」

「なんで……」

「誕生日プレゼント、パートワンです」

 今度はいたずらに成功した子供の様な笑顔。

 こうなった莉緒は止まらない。半月の共同生活で私が学んだのは彼女に対して諦めること。

 私は莉緒よりも大きな溜息を吐き出して、代わりに白米を飲み込んだ。




 夜の帳が下りはじめ、段々と藍に染まっていく道の上を少女が歩く。

 カランカランと鳴る足元には下駄。黒と深いえんじ色の浴衣には白の蔦模様。そして薄い桃色の帯。短い髪は結ってはいないが、外の風に揺れるその髪はそれだけで私の目には珍しい。

「大丈夫? 莉緒」

「え?」

 私の声に反応して彼女が振り返ると、その短い髪が揺れる。

「そろそろ人も多くなってきたし。きつくなったらすぐに言うんだよ?」

「なんですか、人を病人みたいに」

「だって、今日は帽子被ってないし」

「あー」

 照れくさそうに髪を手で弄りながらゆらゆらと揺れて見せる。左右にふわりと舞う髪を私に見せつけながら、どうですか? なんて聞いてくる。

「はいはい。可愛い可愛い」

「それ、浴衣への感想じゃないですか。そっちじゃなくてこっち。いつもは帽子に隠れてるんですよ? 何か感想とかないんですか?」

「だって家の中でいつも見てるし」

「つまんなーい」

 莉緒の髪は空の藍に溶けるように黒い。その黒は世界に漆を零したように黒く、白い肌を際立たせる。

 それに加えて、その黒は近くの街灯の光を反射して偶に輪のように光る。天使の輪って言うんだっけ? それがとても綺麗で、彼女に似合っていて、目を逸らしたくなる。

「どうしたんですか?」

「ううん。なんでもない」

「麻里さんこそ大丈夫ですか? 人込み、私ほどじゃないにしろ苦手でしょ?」

「私は大丈夫。今は慣れない格好をしてる緊張の方が強いから」

「似合ってますよ?」

「やめてよ」

 溜息をつきながら視線を下げるとそこにも見慣れない布が映る。浴衣なんて着たのはいつぶりだろう。ひょっとすると小学生の頃まで遡るかもしれない。浴衣に帯に下駄。占めてレンタルで六千円と少し。お金を払って窮屈さと辱めを受けるなんてとんだイベント。

 いざ会場に足を運んでみると、浴衣を着る人はそこまで多くなく、どこか浮いているように感じる。

 年の離れた二人が浴衣で歩いているのが目立つのか、それとも莉緒の顔が周囲の目を引いているのか、すれ違いざまによく視線を向けられる気がする。その度に自分が恥ずかしい格好をしているように思えて胸が跳ねて。きつく巻かれたさらしがそれを押さえつけて苦しくて。

 莉緒に乗せられて浴衣を着たことを後悔すらしている。

「そんなに機嫌悪そうにしないで下さいよ」

「正直もう帰りたい」

「何言ってんですか。大丈夫ですって、似合ってますよ」

「やめてって」

「綺麗ですよ?」

「だからやめてって」

 深い溜息をつく私を見て莉緒はからかうように笑う。そんないつもの構図が広がった時、けたたましい拍手と歓声が広がり視界が晴れた。

 慌てて空を仰ぐと、そこには大きな赤い花。

 少し遅れて鼓膜が大きく揺れ、夏を感じさせた。

「始まりましたね」

「始まったねぇ」

「どこか座れるところ、行きましょう?」

 頭上には続けて花が咲き続ける。オープニングの勢いは激しく、出し惜しみはしないと言わんばかりに鼓膜が振動を続ける。

 道に溢れた人たちは皆立ち止まり空を見上げている。

 前を行く莉緒は興奮を抑えきれない様子で、立ち止まる人間の間を縫いながら隙を見て空を見上げていた。その顔は子供の見せる表情そのもの。

 私はと言えば、そんな莉緒の顔を見ることも、空を見上げることもせず。ただただ人にぶつからぬように前だけを向いて歩き続ける。

 目的地を目指すようにただ前を見て歩く。それしかできない。

 だって。

 その少女の顔も、その空の模様も、私にはまだ眩しかったから。


 すこし歩いて私達は会場から少し離れた公園に腰を下ろした。

 手には屋台で買った焼きそばとりんご飴。それによくわからない光る剣のおもちゃ。

「屋台の食べ物は高いって言って買わないタイプかと思ってた」

「逆に高いからいいんじゃないですか。特別って感じがします」

「そのおもちゃも?」

「はい。ちょっと気になったので買っちゃいました」

「子供っぽくて莉緒と印象違うかも」

 見た目の幼さには似合ってるけど。

「こういうの、いいじゃないですか。その瞬間だけ価値のあるものってあると思うんですよね」

「あー。修学旅行のお見上げとか」

「そんな感じです。きっとこれも今日が終わればただのゴミになっちゃうんですけど。それでも、あとでふと出てできた時に今日の事を思い出すきっかけになるじゃないですか」

「そっか」

 プラスチックの剣を空に掲げてスイッチを押すと、赤と緑に安っぽくチカチカと光る。

 きっと私も小さな頃はこれを見て憧れを持ったのかもしれない。だってお祭りの場ではこの玩具はなによりも高価で無価値で。持っている男子はきっと人気者だった。

 今ではもう、思い出せない感情。

 夏の空気を胸いっぱいに吸い込んで伸びをする。浴衣はきつくて苦しいが、袖の隙間に流れ込む空気は心地よかった。八月の風に僅かな火薬の香りを感じながら空を見上げると、また一発の花火が打ちあがる。

「ゆっくり花火を見るの。本当に久しぶり」

「麻里さん、お祭りに来るイメージ無いですもんね」

「うん。子供の頃から来なかったなぁ」

「親と一緒にお祭りとか行かなかったんですか? 私、あんまりそういう記憶なくて。みんな普通はそうやって行くんだと思ってました」

 小さく体を跳ねさせて、考える。

 もう隠さなくてもいいか。

 別に大した話じゃない。私のほんのちょっとだけ普通とは違う家族の話。それでも、どこにだってある特別ではない家族の話。

「じゃあ、私も莉緒と同じ、普通じゃない人なのかも」

「え……?」

 私の切り替えしに莉緒は私の顔を見る。不安そうに歪む目は、私の地雷を踏んでしまったのか不安になっている目だろう。ちょっと言い方を間違えたかもしれない。

「ごめん。変ないい方しちゃったかも」

「え、いや……」

「私のお父さん、私が小さい時に死んじゃって。だから、こういうイベントってあまり来たことないのかも。それこそ、屋台の食べ物は高いから勿体ないなんて思ってたし」

 私の口角はへらへらと上がり、喉は次々に言葉を並べる。

 気を使って欲しいわけでもないけど、伝えたら気まずくなる話だ。いつもなら極力避ける話題を出すと、こうやって口が回るのか。

 まるでいつもの莉緒みたい。

「え、あ、ごめんなさい」

「いいのいいの。もう何年も前の話だし。もう慣れちゃったから。ただ莉緒には話してもいいかなって思っただけ」

 本当に大した話じゃないんだ。

「えっと、なんて言えばいいのか分からないですけど。じゃあ、気にしません。……ありがとうございます」

「お父さんが亡くなられた原因とかって、聞いてもいいですか?」

「え?」

「あ、ごめんなさい。不謹慎ですよね。忘れてください」

「ううん。ちょっと病気でね。私が小学校に上がる頃にはもう入院してたから、パパとの記憶はまともな記憶は全部病院の中なの」

 春も夏も秋も冬も。あの人の記憶には病院の消毒液の匂いが付きまとう。

 その匂いは私からすれば父親の香りで、小さい頃は大好きで。それから少し経ってからは大嫌いな匂い。

 あの清潔すぎる白は、私から大切な物を奪う匂い。

「パパ……?」

「え?」

「いま、パパって」

「言ってた?」

「はい」

「うそ。恥ずかしい」

「可愛いですね。麻里さんのイメージと違ってビックリしました」

「……忘れて。ちゃんとした記憶が昔のばっかりだから呼び方まで戻っちゃったんだ」

「良いじゃないですか。それもいい記憶ですよ」

「……そうだけど」

 話してしまえば簡単な過去。

 今では丁度今の時期。お盆の季節にしか思い返すことのない記憶。

「じゃあ、実家に帰らなきゃならないじゃないですか」

「そうなんだよね。でも、今年は莉緒もいるしさ」

「それは駄目ですよ」

「なんで」

「なんでって、お父さんが悲しむからに決まってるじゃないですか」

「莉緒ってそういう考え方するんだ」

「そういうって?」

「なんかもっとドライな考え方すると思ってた」

「失礼ですね。怒りますよ?」

「だっていつも淡々と話すから」

「それは当事者だからです。でも、残された方はまた別ですよ。それに忘れられたら寂しいじゃないですか。私だって死んだらお盆くらい会いに来てほしいですもん」

 一切私の方は向かず、打ち上げ花火を見上げながら莉緒は話す。

 また一つ、莉緒という人間を知ることができた気がした。

「ごめん。行かない言い訳に莉緒を使っただけ。本当はあんまり行きたくないの」

「なんでですか?」

「……気まずくて」

「お母さんと仲悪かったりするんですか?」

「まぁ、そんな感じ」

「じゃあ、今まで大変だったですね」

 そっと頭を撫でられるような言葉に驚きながら、私はゆっくり首を振る。

「ううん。私が悪いの。……昔は仲が良かったんだ。お父さんが死んでからは特にね。二人で生きて行かないとって思ってたし、お母さんは私が守らなきゃって思ってた。だから将来お母さんを楽にしてあげるんだなんて思って沢山勉強してたし、性格も生真面目になっていったし。こう見えて昔は優等生だったんだよ?」

「にわかには信じられませんね」

「でしょ?」

 二人でクスクスと笑う。

「でもさ、丁度高校受験モードでピリピリしてた頃、お母さんに知らない男を紹介されてさ。その時なんか糸が切れちゃって。あー、この人は私の助けなんて必要なかったんだって考えちゃったら、もう何もできなくなっちゃったの。それで、結構荒れちゃった」

「それで煙草も?」

「……よく覚えてるね」

「煙草を吸ってる麻里さんが想像できなくて、ずっと違和感だったんですよ。今度、吸ってみてください」

「なんか恥ずかしい」

「あとでせがみますね」

 無言が続いて私は言葉を探すために空を見上げる。沈黙が生まれないこの場は良い。空を見上げるだけで、会話に待ったがかけられる。

「その、新しいお父さんとは?」

「ずーっと気まずい関係。一番荒れてた時からのスタートだからね。色々と迷惑もかけちゃったし」

「優しい人なんですか?」

「うん。優しいって印象が筋肉つけて服着て歩いてるような温厚な人。体が大きいんだ。それが昔は怖かったってのもあるけど」

「……やっぱり帰りましょうよ。実家。なんか今の麻里さんならそのお父さんとも話せそうですよ?」

「……そうかな」

「まだ一カ月も一緒にいないですけど、私にもわかりますもん。麻里さんすごく変わりましたよ? 今までできなかったこともできちゃうくらいには変わりました」

「莉緒が言うと本当にそんな気がする」

「それでも不安なら裏技を教えちゃいます」

「裏技?」

「はい。ノートに書くんですよ。お父さんと打ち解けるって。そうすれば絶対に叶います」

「莉緒らしい」

 未来を作る魔法のノート。莉緒の後押しがあれば、その奇跡を信じ切れていない私でも、逃げ道を断つくらいには役立ちそうだ。

「善は急げですよ。もうすぐお盆は終わっちゃいますけど、墓参りに期間なんてありません」

「……そうだね。じゃあ、来週にでも帰ろうかな。実は母親からいつ帰ってくるのかってメール来てるんだ」

「それなのに帰らないつもりだったんですか?」

「まぁ、毎年何かしらの口実をつけては逃げてたから」

「……帰るの何年ぶりですか?」

「社会人になってからは帰ってないかも」

「ちゃんと帰ってください! というか帰りなさい!」

「はーい」

 もう一人の母親ができたかのように叱られる。それがどこか心地いい。

 ここ最近帰省が頭にチラついていたから、丁度いい機会だ。

 お父さん……パパの墓参りと。それと、佳晴の墓参り。

 パパのは数年ぶりだけど、もう片方は本当にいつぶりか分からない。

 存在を頭から追いやっていたくらいだ。それが墓参りに行こうと思うようになったのはそれこそ奇跡だろう。

 最近夢に出てくることに対して文句の一つや二つ言ってやりたい。

 びっくりするかな、あいつ。

 あの能天気な顔に冷や水を浴びせられるなら、楽しみだ。なんて、緊張を誤魔化す為に自分で自分に虚勢を張ってみたり。

「どうしました?」

「ううん」

 莉緒が私の顔を覗き込む。

 私はそれから逃げるように空を見上げた。

 莉緒の顔を直視できなかった。私を暗い闇の奥から引っ張り上げてくれた彼女を見るのが、気恥ずかしい。

 多分それは今、心の底から彼女に感謝してしまっているから。

 そして逃げた視線の先で見る花火は、プログラムの一部の終盤に差し掛かり、夜空を埋める程に咲き乱れる。

「綺麗……」

 夜空に咲く花々に私の視線は釘付けになる。

 まるでそれに吸い込まれるように、私の網膜は日の花に焼かれた。


 赤に緑に金。頭上に数々の花が爆音を轟かせながら咲いては、すぐに枯れてく。

 炭酸ストロンチウムに硝酸バリウムにチタンの合金。高校化学の範囲である炎色反応の応用。受験期に興味本位で調べた知識を今でも覚えている。

 昔、父親と一緒に見た花火は、それをただ本当に空に咲く火の花だと認識して、綺麗な物というカテゴリに分類していたのに。いつからかそこに不純物のような知識が混入してしまった。

 毎年毎年、その美しいはずの花に感動を覚えなくなっていく自分を客観視して、こうして人間は大人になるんだなと感想を持っていたことを覚えている。

 毎年、そうだった。

 そうだった、はずなんだ。

 花火の音を聞いても心は跳ねず。祭りが開かれても足は向かわず。

 地域の盛り上がりなんて私には一切関係なくて、その日はただ過行く日々の一部でしかなかった筈なのに。

 今年は無性に胸が騒がしい。

 鼓膜が強く震える度に、心臓が呼応する。

 網膜が炎に焼かれる度に、感情が躍る。

「ねぇ、麻里さん」

「ん?」

 不意に空を見上げる莉緒が口を開く。

 その声は破裂音の間に生まれる闇に見事に溶け、はっきりと私の耳に聞こえた。

「綺麗ですね」

 視線は空の黒に向けたまま、唇だけを滑らかに動かす。

 薄暗い中で動く彼女の横顔を見つめる。

 そしてもう一度花が咲き、空が光り、彼女の輪郭が明瞭になった時、私は息を飲んだ。

 あぁ、そういう事か。

「綺麗」

 咲いて。鳴って。散って。

 それは派手で華々しくて、そして儚げで。

 もう一度空に咲いた花に私ははっきり「綺麗だ」と感想を持った。

 この感情を私は知っている。

 息が止まって、心拍数が跳ね上がって。そして熱が生まれる感情。

 空に浮かぶ花は、目の前の少女に似ている。

 空に浮かぶ花は、彼女が一生懸命に燃やす彼女の命に似ている。

 だからこれ程までに惹かれ、胸を抉るんだ。

「花火みたい」

「なにがですか?」

「莉緒が」

「私ですか?」

「莉緒は、花火に似てる」

「そうですか?」

「うん」

「あー。でも、わからなくもないです」

「不服?」

「まぁ、でも、あんなふうに死ねたら本望ですね」

 莉緒は笑う。

「高く飛んで、空高く舞い上がって。そしてこの上なく綺麗な花みたいに死ねたら。私は、うれしい」

 瞬間。今日一番に高く花火が打ち上げられる。煙を尻尾のように伸ばしながら高く高く舞い上がる。

 そして、夜空に赤い花が咲いた。

 大きな花弁を広げて華々しく一瞬の命を誇示する。

 その激しい激しい爆発は刹那の沈黙を掻き消すように、最後の存在証明を響かせる。

「綺麗……」

 無意識に私はその花に手を伸ばした。

 一瞬で燃え尽きてしまうその儚く激しい花に手を伸ばす。

 ただ、私の左手はその熱を掴むことは出来ずに、夏の空気をかき混ぜた。

「麻里さん……?」

 気が付けば私の目からは一筋の涙が伝っていて、慌てて右手の指でそれを拭う。

「ねぇ、麻里さん。……大丈夫ですか?」

 私は虚しく散った空の花と、隣で咲く激しい命、その両方に目を向けることが出来なくて、その場で静かに視界を手の平で覆った。

「大丈夫。ちょっと、眩しかっただけ」

 感情を落ち着かせようと大きく吸い込んだ空気からは、確かに夏の匂いがした。

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