15日目「スカート」

「麻里さん。これどうですか?」

「んー。可愛いじゃん」

「こっちは?」

「可愛い」

「もう!」

 適当な相槌を打つ私に莉緒は地団太を踏み、灰色のニット帽を揺らす。

 周囲の視線が私達に集中した気がして心地悪い。

「服なんてただの布って言ってたの莉緒じゃん」

「言いましたけど!」

 夏も本番。外に出ればすぐに汗が流れ出す。

 朝の散歩に出ただけで服は濡れ、洗濯機はフル稼働する。

 昨日、何とかノートに書く項目を増やそうと頭を捻りながら書いた「服をもう少し増やしたい」なんていう、なんともしょうもない願いを莉緒に見つかり、こうして今私達は外にいる。

「だって莉緒、何着ても似合うんだもん」

「それにしたって返事に熱が無さすぎるんですけど」

「褒められたところを否定しないところ好きだよ」

「私も私のこういうところ、好きです」

「なんだかなぁ」

 皮肉を含めた言葉を笑顔で頷き咀嚼する彼女に、私は珍しく溜息をついてみたり。

 最寄りの商業施設内にある服屋。服を悩んで「似合う?」なんて、恋人のようなことをするには少し不釣り合いな客層の店。日中だからか隣には老夫婦と子連れの女性が買い物をしている。

「じゃ、これ買ってきます」

「はーい」

 結局彼女は、悩んでいた二着を両方ともカゴに入れレジへ向かう。

 そんな彼女を見送りながら、私は私で適当に夏服をカゴに放り込んでいく。彼女も自分の買い物の速さには自信を持っていたけれど、私の方が早いかもしれない。服に頓着がないのはお互い様だ。

「どうせ部屋と近くの公園に行くだけだしな」

 汗をかいても目立たなそうな色の服がカゴの中に増えていく。こうして人間は年に比例してデザインセンスが変化していくんだ。幼い頃は軽蔑さえした服装に一歩ずつ近づいて行っている。

 まぁ、だからと言って若い格好をする気力もなく、私はどんどんと人生に落ち着いた人達のような服装に寄っていく。

 薄手のシャツ。軽い素材のデニム。私は店内を物色しながら他に必要な物を探してうろうろと歩き回る。

「こんな服、着れないよなぁ」

 店の各所でポージングするマネキンたちは煌びやかな服を身に纏っている。私には縁遠いそれらをぼーっと見上げてみる。こんなふわふわとしたスカート、履いたこともない。

「そういえば麻里さん。スカート持ってないですよね」

「――っ。びっくりしたぁ」

「ごめんなさい。マネキンに憧れの目を向けてたので、つい」

「憧れてないし」

「本当ですか? 実はふわふわな服を着てみたいなとか思ったことありません?」

「そんなこと思ってたらもっと美的センスも磨かれてる」

 学校にだってパンツスーツを着て行ってるくらいだ。そもそもスカートを履かない。

「莉緒こそスカート履かないの?」

「私ですか?」

「莉緒だってスカート持ってないじゃん」

「履いてほしいんですか?」

「だって、女子高生って」

「そうやってすーぐ女子高生はって言いますよね」

「だって……」

「教師として駄目だと思いますよ? もっと個々を見た方がいいです。一括りにして欲しくありません」

「じゃあ、聞かせてよ。莉緒はなんでスカート履かないの? 参考までに」

「好きじゃないから」

「……それだけ?」

「そんなもんですよ」

 莉緒はハンガーラックに掛かった短めのスカートを一枚手に取ると、自分の腰に当ててみる。

「麻里さんが履いてほしいって言うなら履きますけど?」

 ひらひらと体を揺らす莉緒を見る。また適当な返事をしたら怒られそうで、少しはまじめに考える。それでも、私に女子高生のファッションなんて分かる筈がない。

「ごめん。よくわからないや」

「もう!」

 莉緒は荒々しくスカートをラックに戻して私を睨む。

「ごめんって。だってよく分からないんだもん。全部似合うから余計に莉緒に合ってるのか分からない」

 莉緒はここが店内だと忘れているような大きさで溜息をつく。

「麻里さんって本当に自分の意思がないですよね」

「だって、私以外が見て変に思ったら、責任取れないし」

「別にいいんですよ。他の人の目なんて。麻里さんが私に合うと思うならそれでいいんです」

 彼女の怒る姿は何度見ても可愛らしい。それだから余計に先日声を荒げた彼女の怒りが際立って見える。私をまっすぐ叱った彼女の顔が脳裏を過った。

「だって服なんて麻里さんにしか見せませんもん」

「ここにだっていっぱい人いるけど?」

「あんなの空気だと思えばいいんですよ。視線が怖いので他人は空気だって思うようにしてます」

「大胆な考え」

「だから私の世界にはずっと麻里さんしか映ってないんですよ?」

 大胆な告白のようなセリフに私はたじろぐ。

 どぎまぎとマネキンに視線を逃がす私を見て面白そうに笑う彼女は、何かを思いついたかのように両手を胸の前で合わせた。

「そうだ。ねぇ、麻里さん。私の全身をコーディネートしてくださいよ」

「え?」

「よく番組とかでやってるじゃないですか」

「いや、無理無理。スカート一つ分からないんだよ?」

「だから余計面白そうじゃないですか。すぐにやろうとは言わないので。数日後またデートしましょ? 買い物デート。それまでに勉強しておいてください」

「えぇ、めんどくさい」

「言うに事欠いてめんどくさいは酷くないですか? 麻里さん好きでしょ? 勉強」

「都合のいいことばかり言うんだから」

「私らしいでしょ?」

「そうだけど」

 言葉が少しだけ砕け始めた莉緒はあざとく私を見上げる。

 この面倒な感情も、多分良いものだ。だって心のどこかで、そのデートを楽しみにしている私がいる。

「しょうがないなぁ」

「やった。私の一張羅にしますね」

「そんなこと言うと、オーダーメイドのスーツとかにするよ?」

「つまんない」

「じゃあ、あまり期待しないでね」

「はーい」

 家に帰ったらまずは女子高生の私服を色々と検索しよう。駅前で雑誌を買ってもいいかもしれない。そして。

 色々な策を巡らせる私は、不意に笑う。

「どうしたんですか?」

「いや、なんでも」

 やっぱり私は勉強が好きなんだと自覚して、少し嬉しかっただけ。

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