青いジャンパーの女

@12-kokoro-24

青いジャンパーの女

 これは私の父の身に起きた本当にあった怖い話。


 父は朝、家族より少し早く起きてそっと家を出る支度をすると仕事へ向かいました。

 これは冬の平日の朝、いつもと変わらない一日が始まるはずでした。

 家から歩いて15分ほど、父は地下鉄の改札を通り電車に乗ります。途中の駅で仕事の仲間が乗ってきました。

「今日も寒いですね。」と何気ないやり取りをしながら仕事場のある駅で二人は電車を下りました。

 朝の通勤ラッシュでホームはごった返しています。

 早めに家を出たので今日はいつもより30分も早く駅に着いてしまいました。

「ちょっと早かったですね。」と仕事仲間と話しながら人の波に乗って階段へと向かいました。

 その駅は乗換駅でより人の行き来が多い場所です。しかしその階段の横幅は狭く人が4~5人並べばいっぱいです。だから右は上り、左は下りそれぞれ二組の列になって進んで行きます。

 父は仕事仲間の後ろを着いていくかたちで階段を上り始めました。


 その時、混み合う駅内をものすごい勢いで走る女性がいました。

 女性はものすごく急いでいたのでしょう。何に急いでいたのか誰も知る由もありません。

 女性は階段のところに走ってくると、なんと上りの人の列に突っ込みました。

 驚いた人たちが女性を避けて行きます。

 父はまだ気がついていません。

 何故なら前に仕事仲間の人が居たから、その人は身長はさほど高くはありませんでしたが、体格の良い人だったのと高低差があったので父の視界は完全に塞がれていました。

 女性は凄い速さで階段を駆け下ってきます。ついに父の仕事仲間の前に来ました。

 父の仕事仲間もその女性に驚き、避けるためサッと手すりの方に動きました。

 その女性は父の前に現れました。そして父にものすごい勢いでぶつかりました。

 直前まで視界が塞がれていたので父は女性を避けることが出来ませんでした。

 女性はハッとするほど青いジャンパーを着て、そして顔は長い黒髪で覆われまったく見えませんでした。

 女性は階段を下を向きながら駆け下って来ていたのです。それでも父の方が階段の下に居るのに、その顔はまったく見えません。

「あぶないじゃないか!」咄嗟に叫びました。ぶつかられた父は階段から落ちる、そう思いました。

 階段の中ほどまで来ていたので落ちれば大けがでしょう。「打ち所が悪ければ死んでしまうかもしれない。」そんな考えがよぎりました。

 そのとき、誰かが父の背中を支えてくれました。

 背中の真ん中を手のひらでグッと押し上げてくれたのです。そのおかげで父は態勢を立て直すことが出来ました。

 ぶつかった女性の顔を見ようと振り返りました。青いジャンパーのおかげですぐ女性は見つかりました。しかしもうその女性は電車に乗ってしまっていました。

 女性は満員電車の中、手すりにつかまりドアに張り付くように立っています。

 顔はやはり長い黒髪で覆われ、見ることは出来ませんでした。

 これは父が体験したほんの数分の出来事、言ってしまえば「女性にぶつかられ階段から落ちかけた」よくある話でしょう。

 この女性は仕事仲間にもちゃんと見えていました。仕事仲間も「あぶないな。」憤っていたそうです。けれど父は言いました。「あの角度で顔が見えないはずがない。あれは何かとても不思議な感じだった」

 父はお化けだの幽霊だのオカルトにはまったく興味が無く心霊番組も嫌いです。「こんなのインチキだ。」といつも言っています。

 その父が言うのです。「あれはきっと顔が無かったんだ。だから見ることが出来なかった。」

 私もきっとのっぺらぼうの通り魔なんじゃないかと思ったりもしています。

 父はそれ以来その駅に行くたび、あのハッとするほど青いジャンパーを探しましたがもう一度見ることはありませんでした。


 この話には不思議なところがもう一つあります。父が階段から落ちかけたときに支えてくれた「手」です。

 その手は階段から落ちる父を片手一本で支え元の位置まで持ち上げてしまったのです。

 父は身長が180cm近いとても大きな人です。後ろが将棋倒しになっておかしくありませんでした。

 抱えて受け止めるでもなく片手で持ち上げてしまう、とても力持ちの人だったのかもしれません。

 父はその手のひらの間隔をしっかりと覚えているそうです。「神の手に救われた。」なんて言っています。

 その命の恩人の顔も父は見ていないのです。


 これが父の身に起きた本当にあった怖い話です。

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