ああ、未完成な人の子よ(お題『コスモス』『階段』『ふわふわ』)

 花壇にはうす桃色の花が咲いている。

 その花は『秩序コスモス』という。咲き誇るその様に何某かが秩序、完全なる調和を見出だした果てに、花はその名前を戴いたと聞く。誰に聞いたのかといえば、それはまさしく彼女の受け売りだ。

「思えば君はもう十何年も、飽きずにその花を好きでいるね」

「当然。だって本当に好きなのだもの」

 彼女はほうと息を吐いた。

 弱々しいその息は、たぶん秋風に負けてしまって、コスモスにはちっとも届かない。

 ただ自然と、花は風に揺れている。

「寒くないか」僕が言うと、「平気」と答えて彼女は笑った。

「でも、早めに戻ったほうがいい。今日はとくに風が冷たいから」

「看護師さんみたいなこと言うのね」

 しかし看護師にするように駄々をこねたりはせず、彼女は大人しく腰を上げて、石畳の階段を登っていった。

 僕はそれに続いて一歩二歩と踏み出して、ふと後ろを振り返った。

 コスモスが咲いている。

 ゆらゆら、ふわふわ、風に揺れて、けれど変わらずそこにある。コスモスは強い花だから。美しく力強く完璧だから、きっと来年もこの花壇にはコスモスが咲いている。

「なにしてるの」

「ああ……」

 既に病棟の入り口にたどり着いていた彼女は、ずっと高くから僕たちを見下ろしていた。

 迷惑そうに閉じてはまた口を開く自動ドア。背後で咲き誇る完全性。

 僕は階段を駆け登って、彼女と病棟の中に戻った。

 コスモスは咲いている。欠落のない完成は煉瓦の花壇の中にある。

 来年も、再来年もその先も。

 彼女はきっとそのときも、まだコスモスを好きでいる。

 きっと好きでいる。

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