第83話 彼女との決別

 クロヴィスはベアトリクスと本当に戦うべきか、この期に及んでも迷いがあった。

彼も彼女も民のためという理想は同じだ。

情勢が戦いに導いているから、このようになっているに過ぎない。


「具体的な動きはどのようになさいますか?」

 足止め作戦に参謀として同行しているバゼ-ヌが、クロヴィスに質問を投げかけた。

「ん? ああ、そうだな」

 思案の海から、クロヴィスは急浮上させられた。


 彼らと三千人の兵士は、広大で鬱蒼と茂った森にいる。

この森はリーベック帝国軍の進路上にあり、作戦を発動するならここしかないと判断してここにいる。


 そこでクロヴィスは森を主力軍が通過するタイミングで火計を仕掛ける算段だ。

もしも奇襲を警戒して森を通過しなかったとしても、広大な森を迂回すると時間がかかる。

どのみち時間稼ぎという目的は達成されることになる。


「ひとつ進言がございます」

「言ってみろ」

 バゼ-ヌはよくぞ聞いてくれたとばかりに、ニヤリと笑みを浮かべた。

「偽の投降をするのです。閣下と偽帝の会談を申し込み時間を稼ぐということです。それだけでも十分ですが、会談場所を帝都にでも設定して、そちらへ誘導できるなら火計も合わせて森で奇襲し、偽帝も大軍も討つことが可能です」

「欲張りな作戦だな」

「状況を打開するには、これくらいが丁度いいというものです。いかがでしょうか?」


 自信に満ちた表情でクロヴィスを見る。

しかし彼はバゼ-ヌから視線を逸らした。


 ベアトリクスとは命令で一度は軍を率いて干戈を交えた。

そして命令を下した皇帝に命を狙われた。

忠義を誓っている主君に暗殺されそうになっているのに、志を同じくする者と戦うべきなんだろうか。


 しかしクロヴィスは皇帝を支え、帝国を民衆のための政治を行う国に改革することが目的だ。

それが父が為そうとしていたことで、クロヴィスも同じ願いを抱いている。

民衆のためという目的でベアトリクスと一致しているが、彼女に下れば初心から外れてしまう。


「閣下、まさか偽帝ベアトリクスと対峙することを恐れているのですか? かの女性とは学友であったと聞いていますが、そういうことでございましょうか?」

 バゼ-ヌの目は迷える主君への疑念ではなく、不安げな眼差しであった。

「恥ずかしながらそうだな。一度戦っているのに、まだ決心がついていない。彼女の元で、改革の断行を支えた方がいいのではないかとさえ思えてしまう」


 リュカ以外にここまで弱音を含めた心中を吐き出したのはいつぶりだろうか。

こんなことを言っては、彼に幻滅されるかもしれない。

そうなれば、臣下からの信望を無くして戦うことができなくなり、迷うわずベアトリクスの軍門に降れる。

そんなことが心をよぎった。


「改革の断行は無理でしょうね」

「えっ?」

 あっさりと返事をされて、クロヴィスは間抜けな反応をしてしまった。

「あの国は二つの大貴族による婚姻によって成り立っています。偽帝が改革を望んでも、一方が反対すれば何もできません。改革をしたいから婚姻したわけではありませんからね。一方、閣下は集権化を進めており、命令が行き届きやすくなっております。閣下にとって、どちらが望ましいかは明白です」


 クロヴィスにとって、それは新鮮な意見だった。

リーベック帝国はデ・ローイ家とベイレフェルト家で成り立っている。

対ロンサール公との戦いで同盟した両家は、婚姻という形でその関係をより強固にした。


 ベイレフェルト家は対北部という点でベアトリクスと利害が一致しているが、改革ではどうだろうか。

帝国の中枢を握るための婚姻ではないのか。


 ベアトリクスもそれはわかっているはずだ。

なのに婚姻を結んで玉座へと上り詰めた。

彼女は改革を実現できるのか、そもそもするつもりなのか。

クロヴィスの中で、疑念が生まれ始めた。


かつて酒場で目を輝かせて理想を語った彼女と、今の彼女は同じなのだろうか。

エブロネスの勝利からの急成長で、理想が権力で濁っている可能性が、クロヴィスの中で渦巻きだしている。


「現状、権力のために戦っていると見てよろしいかと。身中にあのような巨大勢力があって何ができるというのですか」

 改革の基盤をクロヴィスは築きつつある。

ベアトリクスの基盤は国内にそれを揺るがせる実力者がいる。

本当に改革を望むなら、獅子身中の虫を倒し、集権化した状況で実行すべきなのではないか。


 クロヴィスはバゼ-ヌの目をしっかりと見た。

「彼女に改革はできない。できるのは私だ。情けない姿を見せて申し訳ない」

「戦う決意をしてくださり、なによりです。そうでなくては、主君を二人続けて選び間違えた男になるところでしたよ」

 バゼ-ヌは元主君であるシャンポリオン公セドリックを引き合いに出した。


「作戦はバゼ-ヌが提案したものに変更する。この策で勝利を引き寄せるぞ」

 弱気なクロヴィスはどこにもいない。

彼の力強い言葉に、バゼ-ヌは深くうなずいた。

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