第82話 焦燥感

 クロヴィスは帝都エティエンヌの宮殿の一室で、リュカの勝利とウスターシュの敗死の報告を聞いた。

勝報を聞いても彼の表情は全く変わらない。

固い表情を崩さず、次の事を考えた。


「ベアトリクス、いや、リーベック軍はどこまで来ている?」

 クロヴィスはシュヴァリエに尋ねた。

「南方の中枢まで来ています。彼の地の失陥は免れ得ないものと思います。西方では反乱軍と合流し、レジーヌ要塞での交戦はすぐでしょう。東方はすでに防衛線を突破したと、ボワイエ家のブノワなる人物から、先ほど連絡がありました」

 滅亡の危機にもかかわらず、シュヴァリエは冷静に事実を伝えた。


「ボワイエ家か……そこの残存部隊はどうなっている?」

「アランブール将軍により回収されています。それらの部隊とともに新たな防衛線を築くものかと思われます」

「大変だろうな。リュカに増援を頼めない以上、今いる兵隊だけで主力を迎え撃たないといけない、というわけか」

 嘆息するクロヴィスにシュヴァリエは首を横に振った。

「中央の臣民を徹底的に徴兵しましょう」


 統治の安定化のために、今までクロヴィスは旧ロンサール公領から徴兵をほとんど控えていた。

「これを機に待遇差を解消し、従来の所領と、旧ロンサール公領が一体になる機会でもあります」

「背に腹は代えられないな。徴兵を許可する。だが徴兵するにも時間がかかる上に、練度はどうなんだ」

 この質問には、シュヴァリエは口を歪ませた。

「練度は元ロンサール兵も多いので大丈夫でしょう。ですが時間はかかるのは否めません」


 クロヴィスは顎に指を当てて考え込んだ。

「仕方ない。今ここにいる兵力だけで時間を稼ぐ。その間に兵を集めて欲しい」

「確かベルトレ、バゼ-ヌ両将軍がカークス城から連れてきた三千人ほどしかいないはずです。それだけで十万を号する大軍に立ち向かうというのですか!」

 これには思わずシュヴァリエは驚いた。


「守勢でベルトレでは、彼の持ち味は生かされないだろう。バゼ-ヌは幕僚として結果を残しているが、自ら指揮を執ることに関しては未知数。ならば私が行くのが妥当だと思う」

「ご自愛してください」

「そんな余裕はない」

 クロヴィスは椅子から立ち上がり、軍装を纏いに向かった。


「なるべく早く兵を集めてくれ。早さが勝利に繋がるぞ」


******


 ベアトリクスはジスカール朝の内戦が終結したことを、敵地で知った。

「早すぎる」

 ぽつりと彼女はもらした。


 西部での反乱に呼応する形で戦争を始めたが、彼女の意図しない形で、新しい内戦が起こった。

ベアトリクスにとって僥倖であったが、それはあっけなく終結してしまった。


 ウスターシュの乱を想定して動いているわけではないから、行動は変わらない

それでも好機を逸した気になり、落胆してしまった。


 それよりも、もっと気がかりなことがある。

三十万人もの大軍勢を動員して、補給に余裕があるはずがない。

一戦ですべてを終わらせるために、これだけの大軍勢を率いてきた。

早く決戦をして戦いを終わらせないといけない。


「東西の戦線はどうなってる?」

 主力軍に従軍しているファン・デールセンを呼んで尋ねた。


「東西どちらも国境を突破しています。西部では反乱軍と合流し、東部では国境の軍勢三万人を交戦したそうです。ですが相手は大規模な戦闘に入る前に撤退してしまいました」

 そう聞いて、彼女は物足りなさを覚えた。


「前哨戦の段階で打撃をほとんど与えられていないのは、ちょっと手痛いね」

 余裕を見せたものの、主力同士の予想戦闘地域を考えなくてはいけない。


 全戦線で国境を大きく突破したため、ベアトリクスが当初考えていた主戦場を既に通り過ぎている。

帝都近郊での戦闘が最初の大規模な主力部隊の戦いになる可能性だってある。

その場合、補給線は大丈夫なのかなど、ベアトリクスの頭が休まることはない。


 ファン・デールセンを持ち場に帰し、心をかき乱す焦燥感と向き合うことにした。

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