第54話 損得勘定

「予想通り来ましたか。勢いのある敵に正面からぶつかるのは愚行ですからね」

 迫りくるロンサール公の軍勢を見ながらバゼーヌは呟いた。

「事前の手はず通りに頼みますよ」


 突撃してくる多勢のロンサール公軍に矢を射かけた。

しかしそれを物ともせず肉薄する。

「なるべく頑強に抵抗してください。柵は三重に設置しているのです。そう簡単に崩壊しません」


 バゼーヌの言う通り、前衛が突破されても、その次の柵で勢いは削がれる。

その上激しい抵抗を受け、勢いに陰りが見え始めた。

「このあたりが敵の限界でしょう。反撃に転じてください」

 柵を飛び出し、今までの鬱憤を晴らすかのように、猛然と敵軍に突っ込んだ。


 勢いを失ったロンサール公軍に対抗する力はもうない。

あっという間に陣形はズタズタにされ、部隊が瓦解していく。

たまらず退却したが、バゼーヌは追撃しなかった。

「今回の仕事は留守番だ。留守を守るものが動いてはいけない」


******


 左翼攻撃部隊の敗報に接したロンサール公は激怒した。

「やくたたずどもが!」

戦闘に無関係な伝令の頬を引っ叩いた。

周りの人は関わりたくないため、ロンサール公と伝令から顔を背け、遠ざかっていた。


 怒りに震えるロンサール公だが、右翼がいよいよ崩壊寸前という事実に向き合わなくてはいけない。

顔をしかめた彼は、全軍ローズモンド山に撤退させた。


 撤退させたが、彼にはこれ以上のプランは無い。

要害の地に拠り、撤退するのを待つだけ。

外部から大軍がローズモンド山に来るわけでもないため、クロヴィスが音を上げるか上げないかが全てである。


 そんなロンサール公の元に、右翼の指揮官のクレマンソー伯が訪れた。

「なんの用だ」

 不機嫌さを隠す気すら見せずに出迎えた。

「いったいどういうことですか! 右翼を放置するとはどういう了見で?」

 クレマンソー伯には左翼を攻撃したことを伝えていない。

「黙れ! 軟弱な右翼が悪い。あの程度の攻撃も支えきれない貴様の指揮に問題がある」

「ならば前線にお立ちになられますか?」

 ロンサール公は思わず鼻白んだ。

「総司令官が前線に出てどうする! その程度のこともわからんのか!」

 そう言い放つと、クレマンソー伯を追い返してしまった。


 クロヴィスはローズモンド山を囲んだが、やるべきことはまだある。

「麓の水源をなんとしてでも奪取する。そうしないといつ陥落するかわからん」

 籠城側が大軍故に補給が逼迫するのは、クロヴィスはわかっている。

しかしそれがいつになるのかは、兵糧の備蓄量が不明なため、時期はわからない。


「まず水源奪取を試みる。それに失敗すれば帝都に一部の部隊を向かわせて、攻撃するフリをする」

 手始めに水源に攻撃を仕掛けたが、頑強な守りに阻まれて、撃退されてしまった。


「フランクール侯!」

 クロヴィスは深夜にフランクールを本陣に呼び出した。

「もう臣下なのです。呼び捨てで構いません。して、ご用件はなんでしょう」

「別働隊を率いて帝都を目指して欲しい」

「かしこまりました」

 フランクールは命令を受けると、すぐに帝都へ出撃していった。


その動きはロンサール公にも察知された。

「クレマンソー伯に名誉を回復する機会を与えてやろう」

 彼に帝都攻撃部隊の追撃と、帝都にいる部隊と補給物資を持って帰ることが命じられた。

包囲突破のため、包囲網の一部に総攻撃をかけた。

一時的に包囲網に穴を開けると、そこからクレマンソー伯率いる追撃部隊が抜け出した。


「敵の数は五千人か。少ないな」

 大勢を釣りだして、殲滅して敵軍の戦力を削ることが今回の本当の目的だ。

それに失敗して、フランクールは舌打ちした。

「だがこっちは一万人。その半分ということは、帝都にも伝令を出して、挟み撃ちにするつもりだな」

 フランクールは進軍を止めて、来た道を戻り始めた。

「挟まれる前に、各個撃破してしまえば何の問題もないな」


 ローズモンド山方面に全速力で突き進むと、クレマンソー伯率いる部隊と遭遇した。

「策を弄する必要はない。突撃!」

 

予想した地点より手前で遭遇してしまい、帝都から出撃した部隊が到着するまで、時間がかかってしまう。

防戦して耐えるということもできなくなってしまった。


 そうこうしているうちに猛攻を受けて、兵力で劣るクレマンソー伯軍は崩れようとしている。

「やむを得ん、退却だ!」

 彼はローズモンド山へ撤退していった。


「追撃はするな。帝都から来る部隊を迎え撃たなくては」

 部隊を森に隠して、敵が来るのを待ち構えた。


一方クレマンソー伯は、追撃を受けることなく明朝にローズモンド山の麓に戻ってきたが問題がある。

山に戻るには、包囲網を突破しなくてはいけない。

行きと同じような方法で戻るために、山にいる本軍の出撃の合図になる、狼煙を上げた。


 狼煙が上がったことは、山上のロンサール公にも報告された。

寝ていたところを起こされ、機嫌の悪い彼はふと思った。

クレマンソー伯は任務を達成したのだろうか。

「クレマンソー伯の戦力はどれだけいるか見えるか?」

「四千人より多いという程度です」

 見張り台で狼煙を見た男は答えた。


「任務は失敗か」

 そう呟くと、今度は幕僚が彼の元へ来た。

「包囲網突破の用意は整いました」

「出撃の必要はない。たかだか四、五千人のために、それ以上の犠牲が出る可能性があることはできない」

 ロンサール公は冷たく言い放った。

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