第53話 虚栄心
「ラグランジュ伯は兵力を結集させ、帝都を目指し川を越えようとしています。叩くなら今しかありません」
ブランシェ伯が武装して準備万端なロンサール公に奇襲を説いた。
「数は互角で、ラグランジュ伯軍と帝都の間は、川を除くと小高い山しかありません」
言葉を続けようとするブランシェ伯を、ロンサール公は制止した。
「言いたいことはわかった。渡河の最中を狙えということなのだろう?」
「その通りでございます」
「提案は却下だ」
ブランシェ伯は驚き、目を
「なぜです! 勝機は十分にある作戦ですよ!」
「それはわかる。だがただ勝つだけではいけない。正々堂々と勝負して勝たなくては意味がない」
「そ、そんな悠長なことを言っている場合ではないですよ!」
「ロンサール家は自他ともに認める名門である以上、背負っているものがある。ラグランジュ伯はそんなものはない。それが却下した理由だ」
この期に及んでも、まだメンツにこだわっているロンサール公に、ブランシェ伯は内心呆れてしまった。
戦場で、かけなくてもいい情けをかけている。
それが戦いでは命取りになる。
この温室育ちには、それがわかっていないのだ。
「ローズモンド山に布陣する」
ロンサール公が言った山は、帝都と川の間にあり、最終防衛ラインである。
標高はそれほど高いわけではないが、周囲が平地なので敵の動きは見て取れる。
帝都の最終防衛ラインということもあり、要塞化されて堅固ではある。
そんなローズモンド山にも欠点がある。
「しかしあそこは水源が麓にあります。包囲戦になったときに水源を絶たれる可能性があり、極めて危険かと思われます」
ロンサール公は露骨に嫌悪感を示した。
「もう貴様の言葉など聞きとうない! 帝都で留守番でもしておけ!」
ブランシェ伯を残し、彼は帝都から出撃していった。
******
数日後、両軍はローズモンド山で対峙した。
両軍ともに八万人を擁している。
クロヴィスは山から離れた小高い丘に本陣を置き、幕僚と作戦について話し合っている。
「渡河中に奇襲を仕掛けて来ると思い警戒していたが、そんなことはなかった。所詮旧時代の凡愚よ」
フランクールは侮蔑するように言い放った。
「まあおかげで余計な戦闘をせずに済んだわけだ」
フランクールの刺々しい物言いで、場がギスギスしないよう、クロヴィスは気を遣った。
「ところで、何か作戦はあるのですか?」
フランクールの問いかけに、クロヴィスは地図を見ながら考えた。
「そうだな。山は要塞化されているし、わざわざ固いところにぶつかる必要はないだろう」
「それでもここで雌雄を決するおつもりなのでしょう?」
「そのつもりだ」
二人のやり取りを聞いていたリュカが話に割って入った。
「ローズモンド山の水源は麓にあります。それを奪取するという手があります」
「それは相手に読まれているのでは?」
フランクールが半ば呆れ気味に言った。
「ならば山を無視して、帝都を目指す素振りを見せるのです」
「誘い出すのか。のこのこと出てきたところを叩き、山に籠もらせる。それでも帝都侵攻を阻止するために、何度も突破を試みるだろう」
「そして疲弊した頃に水源奪取を目指すのです。後はゆっくりと締め上げるだけで勝てます」
フランクールは笑みを浮かべた。
「伯爵殿、我らの勝利は固いですね」
「気が早いな。敵を侮ると足元を掬われるぞ。だがその作戦はいい。それでいこう」
翌日、戦端は開かれた。
同数の軍勢がぶつかり、一進一退の攻防が続いている。
勝利の女神はどちらに微笑もうか、決めかねているようだ。
「どうやって山に籠もらせるか、難しいものだな」
クロヴィスは口ではそう言うが、作戦は頭にある。
「左翼のベルトレを突撃させろ。彼の突破力なら止めるために他から兵を割くだろう」
クロヴィスの命令を受けて、ベルトレが前進を開始した。
「まったく、無茶を言うお方だ」
「でもできるじゃないですか」
バゼーヌが冷静に言った。
「まあそうだな。当然のことだ」
自信満々に言うと、大剣を抜き敵陣へ自ら突っ込んだ。
「少しは後ろを預かる私のことも思いやってほしいですけどね」
愚痴っぽく言うバゼーヌだが、これが自分の仕事だと言い聞かせ、守備隊の配置を速やかに終えた。
ベルトレ率いる突撃隊は、いとも簡単に敵陣に楔を打ち込んだ。
クロヴィスに従い、敵陣強襲を繰り返してきた彼とその手勢は、百戦錬磨の精鋭である。
そう容易く勢いは止められない。
「どうした! この俺を止めてみろ!」
大剣を棒きれを扱うように、軽々と振り回す。
彼の自陣での無双を、ロンサール公は指を加えて見ているわけにはいかない。
「他から増援を右翼に回せ!」
自分で命令を下してから、彼はひらめいた。
「いや、右翼ではなく敵左翼を攻撃しろ! こっちに突撃してきている部隊じゃない、その後ろで待機している部隊にだ!」
いくら最前線で武勇を振るおうとも、後方を遮断されれば、ただの孤立した部隊。
いずれ攻勢の限界に達し、退却することもできず壊滅するだけ。
「あの小うるさい男がいなくても、勝てるということを証明してみせよう」
ロンサール公は
まだ見ぬ勝利を思い浮かべ、目を爛々と輝かせた。
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