第43話 高貴なる初陣

「 モントロン侯は北部と中部を隔てる川を渡り、我らが布陣しているブルーノ峠へ向かって進んでいるそうです」

 バゼーヌはウジューヌやベルトレに報告した。

「伯爵殿のほうがやばそうだな。平地で奇襲は難しく、せいぜい小高い丘があるくらいだろう」

「ベルトレ将軍、まず任されたこちらのことを考えましょうよ」

「ああ、そうだな。だが峠は敵にとっての死地になっているんだろう?」

 ベルトレが獣のような歯を見せて笑った。

「ええ、その点は抜かりありません」


「問題は峠ではなく、峠を迂回する動きではないのか?」

 ウジューヌの問いかけに、バゼーヌはうなずいた。

峠はそれなりに距離はあるが、時計回りに迂回するルートがある。

「だったら俺が先手を打って迂回路に出撃して叩いてしまおう」

 ベルトレの発言に、ウジューヌは訝しんだ。

「この戦いの目的はロンサール公を討つことだ。ただ迂回してくる敵を防ぐだけでは、負けないというだけになる。そうではないのか?」

彼はバゼーヌの方を見た。

「ええ、確かにそうですね。では迂回してくる敵を壊滅させるくらいはしないといけませんね」

「それはこっちのやりよう次第だ。だが主力はどうする?」

「私に考えがあります」

 バゼーヌは二人に作戦を話した。

それに二人は深く頷いて、賛同の意を示した。


「ともかくまずは迂回してくるであろう敵を迎え撃つ準備をしないとな」

「一万人の兵を預けます」

 バゼーヌの返事に、ベルトレは驚いた。

「たった三万人でここは大丈夫なのか?」

「ここは敵にとっての死地になっているのですから」

「それもそうだ。では一万人を預かろう」

 バゼーヌは一万人の兵士を率い、ボワイエ家の赤い三日月の旗が風にたなびく陣地を出た。


******


「ブルーノ峠は一本道で、敵の守りは固いものと思われます」

 モントロン侯は幕僚から説明を受けている。

「それがどうした。数で倍以上なのだから、総攻撃を仕掛ければ勝負はつく」

「ですが勝っても損害が大きすぎます」

 諌める幕僚を、顔の周りを飛ぶ蚊を見るような眼差しで見た。

「大軍に兵法無しという言葉を知らないのか?」

 幕僚にこれ以上諌める言葉はなかった。


 幕僚を論破したことに気分を良くしたモントロン侯は全軍に突撃を命じた。

圧倒的な大軍が坂道を駆け上がり、急坂の先にある陣地を目指す。


「ついに来たか」

 陣地から敵を見下ろしているウジューヌが言った。

「ですが備えは万全です」


 その言葉を証明するように、モントロン侯の兵隊がバタバタと倒れていく。

矢が三方から降り注ぎ、陣地からは石が落とされる。

「ここから敵陣に向かって、迫る敵兵を翼包囲するように崖がせり出しています。さらに陣地手前は急坂で敵の勢いは鈍り、的となるのです」

「効率のいい殺人システムだな」


 接近するモントロン侯軍の背後が乱れているのが、陣地からでも見られた。

「伏兵が動いたか」

「そうです。森の中に隠しておき、敵が陣地に迫った頃に中軸を狙わせるよう指示を出しておきました」

「抜かり無いな」


 中軸の混乱が前衛にまで広がり、後ろに下がる気配が見られた。

「今です、打って出て前衛を突き崩しましょう」

 ウジューヌは頷いて出撃を命じた。


 門が開き、戦果に飢えた兵士が飛び出した。

槍で状況を掴めないでいるモントロン侯兵を突き刺していく。

たまらず逃げ出そうとするが、弓兵はそれを許さない。

退路に矢嵐を浴びせかけ、逃げる兵士を餌食とする。


 混乱ぶりにモントロン侯は苛立ちを顕にした。

「何をしている! 不甲斐ない者共が。初陣に傷をつける気か!」

「敵陣周辺は防衛側に有利すぎます。単なる力攻めでは落とすことは難しいかと」

「ではどうしろというのだ」

 

大軍に兵法無しと言い切ったことを忘れて、彼は幕僚に詰め寄った。

「左翼から峠を迂回して敵の背後を遮断するのです。そうすれば、敵は打って出て決戦に出るか、餓死するしかありません」

「大貴族たる者、敵と堂々と戦い、打ち破りたいものだ。それが名門の血に恥じぬ戦いというものだ」

「ですが……」

 幕僚はやや呆れ気味に言う。


「だがこのままでは埒が明かない。その意見を採用しよう。二万人の兵で迂回して、敵を打ち砕く」

「了解しました。ですが正面攻撃を全くしないのは、敵に迂回が見抜かれる恐れがあります」

「結局今日のように、突撃はするのではないか」

 幕僚に冷ややかに言い放った。

「あくまで本命は迂回して背後を取ることです」

「まあいい。迂回部隊に二万人を与える。これでよいな?」

「十分であります」

 部下の進言も聞く度量のある指揮官として振る舞えたと、モントロン侯は内心大きな満足をしていた。


 翌日、二万人の軍勢が迂回のために出撃した。

そして二度目の総攻撃の準備も完了させた。

「敵を拘束しつつ、そして出血を強いる。これでよい。勝利の美酒を用意しなくてはな」

 大軍に囲まれ、モントロン侯は勝利の幻影を見て、ひとり愉悦に浸っている。

この先にある罠の存在も知らず、彼は未来の勝利に高揚した。

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