第44話 東征

 ロンサール公が北に兵を向けた頃、ベアトリクスはベイレフェルト辺境伯の子息エルベルトを出迎えていた。

「よく来てくれた」

 軍装に身を包んだベアトリクスが馬上で声をかけた。


同じく馬上のエルベルトは、ベアトリクスを上から下までじっと見る。

軍装に着られているなんてことはない。

むしろ板についている。

本当に二十歳の女性なのだろうかと疑うほど、歴戦の将軍と思えるような風格を身にまとっている。

まさに指導者の器。

ステフェンはそのような所感を得た。


「もう出撃で?」

「ええ、あなたも来る?」

 ベアトリクスの采配を直に見ることができるチャンスだ。

「もちろんです」

 エルベルトは二つ返事で答えた。


 ベアトリクス率いる五万人の軍勢は、ファン・デル・ホルスト辺境伯領へと侵入した。

領界にあるアーデルヘイト城周辺に着陣した。

城の包囲は先鋒のファン・フリートが完成させている。


「守備隊の人数は一万人と見られます」

 ファン・フリートの報告に、ベアトリクスは頷いた。

「籠城したということは、援軍の見込みがあるということか」

「それなりの規模の兵力がいるので、援軍到着まで持ちこたえさせるという意思を感じます」

「なるべく早く落としたいところね」

「陛下、街道を塞いで増援を阻止なさいますか?」

 ファン・フリートの提案を受け、彼女は三万人の兵を彼に与えた。


「ところでルクレールはどう?」

「敵の反撃を的確に封じ込めて、迅速に包囲を完成させる助けになりました。敵の動きがよく見えています」

 ベアトリクスは満足げに頷いた。

「将軍として一軍を率いるに足る器と思うか?」

「大軍勢でなければ、今の段階でも問題なく任務を果たせると思います」

「戦術家としては大丈夫そうだね。彼には戦略的な視点も養ってほしいね」

 彼女は満足げな表情を浮かべた。


 ファン・フリートから現場の指揮を引き継ぎ、ベアトリクスは包囲軍へ総攻撃の号令を下した。

攻城兵器と物量がアーデルヘイト城に襲いかかる。

防衛側も粘り強く戦い、攻撃を幾度も跳ね返した。

そのような状況が五日間続いた。


「ここまで敵が頑強とは思わなかった」

 予想以上の抵抗に、ベアトリクスは驚きを隠せなかった。

彼女の苛立ちを表すように、床几の端を指でコツコツと叩いている。


「先程入った情報ですが、十万人の軍勢がこちらに向かっているそうです」

 フェナの言葉に、ベアトリクスは思わず彼女の顔をパッと見たが、すぐに落ち着きを取り戻した。

「情報の精度が低いな。ファン・デル・ホルスト辺境伯にそれだけの兵力はないよ」

「そうなんですが、既に何人もの偵察兵から、同じ情報が上がっているのです」

床几を叩く指が止まった。


「すぐに全軍を引かせて!」

 包囲しながら自軍より大軍の相手はできないと判断を下した。

「スロース城まで撤退ですね?」

「いや、領界のミランダ城に撤退で」

彼女の指示はすぐに全軍に伝えられ、それはすぐに実行された。


 二日後、アーデルヘイト城に十万人の軍勢が進駐した。

「どうやら敵の半数近くは帝国の正規軍のようです」

 フェナの言葉に、ミランダ城の一室に集まった将軍たちは、表情に陰りが見えた。


「敵は城の防衛を果たしたので、こちらが引けば、自ずと敵も撤退するでしょう」

 ボックの言葉に、多くの将軍は賛同した。

「いや、敵は引かずに反撃に出るだろう」

「なぜです?」

「我らの領土が欲しいから、ファン・デル・ホルスト辺境伯側から攻め込んできて戦争が始まったんだ。負けないだけじゃ意味がない。我らを打ち負かし、領土を奪わないと戦争目的を果たせない。だから必ず攻撃を仕掛けてくる」

 一同はその言葉を聞いて納得した。


「では籠城しますか? それとも迎え撃ちますか?」

 フェナの質問には後者と答えた。

「数で負けているが、敵は私兵と正規軍の混成軍だ。そこに勝機がある」


「以前侵攻戦で大敗して消耗した敵は、正規軍を矢面に立たせるでしょう。スエビ川でロンサール公が他の貴族の軍を矢面に立たせたように。そうですよね?」

 オリヴィエの突然の発言に、ベアトリクス以外は驚いた。

「ええ、そうだよ」

 彼が答えるのをわかっていたかのように、ベアトリクスは平然と相槌を打った。


「ファン・デル・ホルスト辺境伯との戦いは、おそらくここが決戦場となるだろう。ここで敵を完膚なきまでに叩き、南方の戦争に終止符を打とう!」

「御意!」

 彼女に忠義を尽くす将軍たちの声が唱和した。

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