第37話 名門の最期

 黄金の鎧に身を包んだシャンポリオン公は勝利を確信している。

討伐軍の陣形にあった間隙を見逃さず、そこに攻撃を集中させた。

情報通りなら、本陣とボワイエ侯の陣地だろう。

爵位が下のラグランジュ家が軍を動かしていることが気に入らず、不和が生じていることの現れだろう。

シャンポリオン公は劣勢の中に希望の光を見出し、思わず笑みがこぼれた。


 攻撃を命じた自軍は間隙を穿つように侵攻し、討伐軍は引き裂かれようとしている。

「勝った!」

 思わず馬上で拳を天に掲げた。


 だがその時彼は見てしまった。

崩されていたはずの討伐軍の動きがにわかに変わり、間隙に飛び込んだシャンポリオン軍を締め上げ始めている。

苛烈な反撃が攻撃軍の側面を突き、退路を遮断しようとする部隊もいる。


「間隙に突入した部隊は両翼の圧力に対抗しつつ後退を。他は突入部隊の退路を確保せよ」

 指揮官が慌ててはいけない。

そのことを気に留め、落ち着いた指揮官として振る舞った。


 だが彼の理性を破壊する情報が、早馬からもたらされた。

「本拠が強襲されただと!」

 シャンポリオン公は後ろに振り返った。

本拠の方角が煌々としている。


 彼は怒りのあまり、豪奢な兜を脱ぎ、地面に叩きつけた。

「なんたるザマだ! 全軍撤退!」


 先程までの理性的な指揮官の姿はない。

背後の本拠を攻撃されたという事実が、彼の判断を狂わせた。

突入部隊は緩やかに後退するはずが、問答無用の撤退司令が混乱に陥れた。

退路を確保するはずの部隊は、本来向かうはずの進路から回頭し、敵に背を向けた。


 狂奔するように撤退を始めたが、彼らは川を越えなくては本拠に戻る事ができない。

川のほとりに達したシャンポリオン公は下唇をギュッと噛み締めた。

薄い唇から、鮮血が流れ落ちる。


 背後から討伐軍の追撃が迫る。

鳴り響く地響きが、シャンポリオン軍将兵最後の理性を奪った。

我先に船に乗り込もうとして、自軍の兵士同士で戦闘が発生する。


船が岸を離れても、取り残されまいと兵士が船べりにしがみつく。

バランスを崩し傾く船に、船員は恐怖した。

恐怖は倫理観をめちゃくちゃに破壊し、船べりを掴む兵士の指を剣で斬り捨てた。

川に沈む兵士。

船にぽとりと落ちる五本の指。

そんなこと誰も気にしない。

人と指を満載にした船が対岸を目指して、デボラ川を進む。

シャンポリオン公ももちろんその中にいる。


 彼の目には岸に取り残され、無残に殺されている兵士が写っている、

悔しさが昂ぶり、腰に佩いた剣を討伐軍に向けて抜剣した。

「この外道が! ロンサールなどという凡愚の手先に成り果てた者共が! 次の一戦で屠ってくれるわ!」

 激高がシャンポリオン公に、生まれの良さを感じさせないほど強烈な言葉を使わせる。


 剣を討伐軍の方角に向けたとき、その方から一本の矢が飛来した。

それは迷うことなく、一筋の軌跡を描いてシャンポリオン公の眉間に突き刺さった。

「あっ」という言葉も上げることもなく、彼はバタリと後ろに倒れた。

 

船員たちは気づいていない。

誰もが皆、逃げるのに必死で、シャンポリオン公が静かにあっけなく死んだことを気づけなかったのだ。


 必死で逃げた先には、騎兵で駆け抜けてきたベルトレ率いる別働隊が待ち受けていた。

「兵力ならまだそっちが多いだろうが……勝てるか試してみるか?」

 ベルトレが大剣を振り回し、手始めに敵兵一人を軽く討ち取ってみせた。


 ほうほうの体で逃げ帰ってきたシャンポリオン軍にとって、兵力がどうであるか関係がない。

もう士気が低下している。

将校たちは相談せずとも、申し合わせたようにみんな指揮下の部隊ごと投降した。


「随分な手土産ができたな」

 ベルトレは隣にいるバゼーヌに話しかけた。

「いい報告ができそうでよかったです」


 対岸のクロヴィスも敗残兵の投降を受け入れ、勝利を確信していた。

「後はこのまま進軍して、当主を失った者たちを受け入れるだけだな」

「そうですね。事務処理が大変そうですが」

 リュカの言うように、これからが大変になる。

元が弱小貴族だから、戦後処理に回せる行政官が限られている。


「戦後処理は私が引き受けておきます」

「リュカ、助かるよ。対外的なことは自分でするよ」

戦後処理に取り掛かろうとする彼らに、密やかに謀略が近づいている。

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