第36話 敵地侵攻

 討伐軍が川を渡り、シャンポリオン軍へと攻撃を開始した。

倍の数を相手にしているシャンポリオン軍だが、強固な陣地を敷いて、容易に突破を許さない。

熊の旗を掲げ、頑強な戦いぶりを見せている。

「衰えたとはいえど、軍は健在だな」

「そうですね。別働隊が戦いやすいよう、ここで激戦をしないとですね」


 リュカの言葉に、クロヴィスは黙って頷いた。

彼の視線の先に広がるのはデボラ川を越える自軍。

川岸から少し引いたところに敵軍の陣地がある。

対岸に踏み入れた者たちを、矢を浴びせ、陣地に接近した者を槍で突き刺していく。


 無論シャンポリオン軍も出血を強いられているが、討伐軍からすれば効率が悪い。

ただ勝てばいいわけではないのだ。


「陣地の後背に右翼から回る動きをしろ」

 クロヴィスは命じたはいいが、横に長く伸びた陣地を回り込むのは難しいのはわかっている。

シャンポリオン軍は動きを読み、背後に回ろうとする部隊を叩いた。


「そろそろいいだろう。全軍後退しろ」

 潮が引いたように、討伐軍は川を渡って撤退していった。

「これで大丈夫ですかね」

 リュカは心配そうにクロヴィスを見た。

「あの男のことだ。前回対戦したときよりも功名に焦っているだろう。それにひたすら守るだけというわけにもいかないだろうからな」

 クロヴィスはシャンポリオン軍が攻勢に転じるのを待っている。

「それと、ボワイエ侯爵軍とこっちの部隊の間に隙間を作ってほしい」

「なんとまあ意地悪な誘いで」

 リュカは思わずニヤリと笑った。

こうして主力の攻撃は日没には終結した。


 一方ベルトレ率いる五千人の別動隊は、何一つ妨害を受けずデボラ川を渡河することに成功した。

「おいおい、出迎えも無しか?」

 ベルトレは大剣を肩でトントンと気だるげに叩きながら言った。

「無い方がいいに決まってるじゃないですか」

 呆れた顔で参謀役のバゼーヌが言う。

「ま、それもそうだな」

 豪快に笑い飛ばして馬を走らせた。


「やるなら一気に本拠地強襲だよな。その方がインパクトがでかい」

 バゼーヌは難しい顔をする。

「こちらの数は多いわけではないですから、山や森を抜ける必要がありますよ」

「それは構わん。デボラ川から本拠までの距離は大してない。それはバゼーヌが一番よく知っていることじゃないか?」

「そうですね。ではここから本拠まで行ける最短ルートを案内します。悪路ですが、この数ならギリギリ大丈夫でしょう」


 別動隊は日が落ちて、木々が鬱蒼と生い茂る森の道へと入っていった。

バゼーヌの案内がなければ、確実に迷子になっているであろうほど暗い道だ。

日の当たらない道はぬかるみが多く、馬の脚を捉えようとする。

「なんてひどい道だ」

 別動隊一同は悪路に苦戦している。

「深夜にはここを抜けられます。あと少しの辛抱です」

「あいよ」

 手綱を華麗に操り、ぬかるんだ悪路を進む。


 悪戦苦闘を続けながら進むと、道の先にわずかながら月明かり以外の明かりが見えた。

ベルトレらはそれに心躍り、少しでも早く前へ行こうとする。

そして道の先に広がる光景は、ベルトレが待ち望んだものだった。


 森の先は小高い丘で、本拠地を一望できる地点だ。

街の明かりがベルトレの士気を最高潮に高める。

「案内ありがとよ」

「いえいえ」

 バゼーヌが馬上でできる範囲で礼を示した。


「ここまでのイライラを、この戦いにぶつけるぞ!」

 大剣が三日月に掲げられた。

「我に続けー!」

 ベルトレが先陣を切って丘を駆け下りた。


 思うように進めなかった悪路のことを忘れようとするかのように、ものすごいスピードで斜面を駆る。

後続の兵士もそれに負けじとベルトレに続く。

「やりやれ、猪を手懐けるのは骨が折れますな」

 疲れた表情を見せるバゼーヌは、後方をゆっくりと降りていく。


街の入り口に立つ衛兵を斬り捨てると、無警戒に開いていた城門を一気に駆け抜けた。

圧倒的な破壊力を見せつけ、狼狽する敵兵を次々に屠っていく。

熊の旗が汚れた地面に捨てられる。

「守りが薄いぞ!」

 どんどん街の奥深くへと侵入していく。

前線に兵が出払ってベルトレたちを防ぐ手立てがない。


「将軍、占領が目的ではないので、このあたりで良いのでは?」

 バゼーヌの進言を受けて、ベルトレは周囲を見た。

街のあちこちから火の手が上がり、混乱の渦中にある。

「十分荒したかな。これで連中は尻尾巻いて逃げ帰るだろうよ」

夜なのに街は火の手であまりにも明るくなっていた。


******


 本拠地が奇襲されたことを知らないシャンポリオン公セドリックは、川を渡り討伐軍を追撃していた。

討伐軍主力のクロヴィスと、ボワイエ侯の部隊の間には隙間がある。

夜陰に紛れて少数の部隊で隙間に突入すれば、劣勢をひっくり返して勝利することも可能かもしれない。

それしか手段はない。

守っているだけではジリ貧になって敗北するだけだ。


 誰かにはかるでもなく、隙間への集中攻撃を命じた。

4万の軍勢が活路を求めて夜間に猛然と突撃を開始した。

その勢いに気圧され押される討伐軍。

クロヴィスは戦況を見守っている。


「隙間を狙ってきたな」

「そこを重点的に攻撃しています。予定通り敵を引き込み、突破していると思い込ませています。それと奇襲成功です」

リュカの報告に、クロヴィスはおもわず膝を叩いた。

「我らの勝ちだな」

 シャンポリオン軍の背後では、ぼんやりと明るい光が輝いている。

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