第16話 シャンポリオン家内戦

 リュカはクロヴィスに命じられ、帝国東部に小部隊を率いて布陣している。

「なにゆえこの方面での戦闘に参加するのだね」

 会戦前、ロンサール公に尋ねられた。

彼の目は怪訝なものを見るようである。

「切り取り自由という大恩に報いるためです」

 救世の教団が息を吹き返して暴れている西部に参戦し、おそらくロンサール公の想像以上に領土を占領していることの恐怖感を和らげようと、クロヴィスによって彼はやってきた。


「ちょっとした手土産として、シャンポリオン公とその一族郎党は、ロンサール公に引き渡します。ライバルの身柄を手中に収めることは、どれだけの権威がもたらされるか、公爵ならご理解いただけるものと思います」

 中央政界での独裁体制の確立。

ロンサール公の脳裏に、野心がきらめいた。


 それに南方八旗が不穏な動きをしている。

救世の教団の反乱長期化に乗じて、政変を狙っている可能性もある。

たとえ寡兵でも、戦力になるというのなら歓迎するのがよいだろう。

そんな考えが瞬時にロンサール公の脳内を駆け巡った。


「わざわざ来てくれたことを感謝する」

 ロンサール公はリュカの肩を叩いた。 


******


 クロヴィスもまた、交渉の場にいる。

相対する者の地位もリュカと同等。

シャンポリオン公領の某所で、セドリックと相対している。


「公爵、ご自身の置かれた状況が、いかに不利かはご存知ですね?」

「わかっている! 大半が反逆者の側についたということぐらい!」

 焦燥した眼をクロヴィスに向ける。

クロヴィスはそのようなことにかまうことなく話を続ける。


「勝って御身を全うしたいか、それとも逃れて全うしたいか、どちらを望みますか?」

「勝利しか望んでいない!」

 クロヴィスはにやりと笑みを見せた。

「公爵に従う他の貴族や、麾下の戦力は西部の反乱鎮圧もありますが、現状を見て日和見を決めて動く気配はありません」


 忌々しげにクロヴィスを睨んで言った。

「あてになるのは自分たちだけだと言いたいのだろう? 足元を見るとは卑劣な……」

 それぐらい駆け引きの基本ではないか。

このお坊ちゃんはそれぐらいもわからないのかと心の中で毒づいた。


 クロヴィスは密談から帰ると、速やかに軍を用意させた。

あまり時間はかけられない。

これ以上兵士に負担を強いるのは、避けたいと彼は思った。

「シャンポリオン公領中枢に進軍せよ!」


 号令一下。

整然と、かつすばやくシャンポリオン公領へと兵を進めた。


 士気モラルの維持もこのあたりが限界なのを改めて感じる。

兵士たちの目は憔悴の色が見え始めている。

一戦で勝負を決めなければいけない。

決戦を要求されてばかりの情勢と国力を思うと、自嘲したくなる。


 傍らに控えている男、ギュスターヴ・バゼーヌに目をやった。

先の戦闘で投降して鞍替えした人物だが、実際の所、どれほどの才覚の持ち主なのかは計り知れない。

このあたりで彼の能力を見定める頃合いだろうと思い、バゼ-ヌに声をかけた。


「バゼーヌ将軍、敵は我が方と同等の戦力を向かわせている。貴公ならどう動く?」

「同数しか動かせないのは、国内の地盤をまだ固めきれていないことの証左でしょう。とはいえこちらも補給に難があるので、速やかな決着が求められます」

 思うことは同じなのだと、クロヴィスは感心した。

「敵も不安定な領内を安定させたいから、勝利を急いでいるだろう。ここは相手を誘い出すのがいいだろう」


 二日間の行軍で、クロヴィスは敵軍を捕捉した。

「どのように敵を動かしますか?」

 バゼーヌが、返ってくる答えをにっと笑い待っている。

先程のやり取りで、彼もまたクロヴィスの才覚を理解したのだろう。


「左翼を先行させて敵を引きつけてもらおう」

「その方面はベルトレ将軍の部隊ですがよろしいのですか?」

 セドリック麾下の部隊を動かして、自軍の損害を押さえるべきではと言いたいのだろう。

「危険な役回りを信用できないものに任せられない。危機に直面すればあっという間に瓦解するだろう。それにきっちり引きつけてもらいたいからね」


 クロヴィスの命を受け、オーギュスト・ベルトレ率いる左翼が急進した。

素早く、かつ秩序を維持しつつ敵の前に躍り出てみせた。

「さて、小手調べといこうか」

 不敵な笑みを浮かべると、進軍速度を落とすことなく、多数の敵軍に突撃を敢行した。

雄叫びを上げ、血走った眼光を敵に向ける。


 鎧袖一触。

固められた敵陣に剣戟を振るい、哀れなシャンポリオン兵を屠る。

人間屠殺場とばかりに、死体を量産し、生産物を踏みつけて先へ進む。


「どうしたどうした! こっちより多いくせにこの程度か! この俺に手傷を負わせてみせろ!」

 ベルトレは大剣を枝を扱うように振り回す。

大剣一振りすると、彼の周りに立っている者は誰もいない。


 見渡せば遠くから新手が押し寄せてきている。

土煙が津波となって、飲み込もうとしているようだ。

「血煙が天を覆うまで斬って斬って斬りまくれ!」

 鼓舞に答える兵士の声が戦場に轟く。

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