第15話 新時代の萌芽

 捕虜になったセドリックは、クロヴィスの元に引きずり出された。

帝国屈指の名門貴族が、縄で縛られ、クロヴィスの前で膝をついている。

唇を強く噛み締めて、何も言う気配がない。

強固な無言への意思をその身で示した。


「負けを認めるか? そうすれば命はある」

「この私に脅しか! 逆賊の子が黙れ! 口の聞き方をわきまえろ!」

 真一文字に結ばれていた唇の封が切られた。

「名ばかり貴族に膝をつくのが、名門の礼儀なのかい?」

 ベルトレが横から口を挟んだ。


「……講和の条件は何だ」

 侮蔑の大地でそびえ立つプライドほど、脆いものはない。

「今回の騒乱全体の講和条件は、ロンサール公と取り決めることになります。現在決まっているのは、現在こちらが占領している地域は総取りになります」


 クロヴィスは食料確保のために、シャンポリオン公領西半分の多くを占領している。

オレリアの決戦と、クロヴィス以外の北部のロンサール公側貴族と交戦するために、領内各地から軍を動かし、守りは極めて手薄になっていた。

奇襲によって各地を占領したが、攻撃を受ければ逃げるしかないほどの人数でしかない。

もし領土保全に注力していれば、食料確保を阻止して戦争に勝っていたのだ。


 それをいま悔いてもどうにもならない。

悔恨、怨嗟、羞恥。

あらゆる感情がセドリックの心を駆け巡り、心中を制圧した。

「わかった。受け入れよう……」

 彼は力なく答えた。


「ところでシャンポリオン公の身柄はどうしますか?」

 リュカの問いに、クロヴィスは細い指を顎に当てて考えた。

「そうだな……しばらくここでゆっくりしていってもらおう。負けを認めた以上、公爵の命は保証する」

「なぜだ! 講和条件は飲んだ! それなら身柄を解放するのが道理ではないか!」

 縄で拘束された体をジタバタとさせる。


「私自身に、講和を取り決める権限はありません。公爵は当家とロンサール公との条約に同意しただけです」

「ば、馬鹿なことを言うな!」

 何がどうおかしいのか、それを理論的に問い詰める冷静さが霧散した。

「嘘はついていません。この条約を認めることは、敗北と同義でございますゆえ」

「詭弁だ! 貴様、許されると思うな!」

「ベルトレ、公爵を安全なところへ移してくれ」

 クロヴィスに命じられ、ベルトレは暴れるセドリックを抱えて移動した。


 先程からうって変わり、静寂が訪れた。

「なぜ身柄を解放しなかったのですか?」

「主不在のシャンポリオン家はどう動くと思う?」

 クロヴィスが逆に質問をした。


 少し考えたリュカが答えを出した。

「有力者が指揮の代行をするか、新しい当主を擁立するでしょう」

「シャンポリオン公爵が捕虜になったことはわかっていても、その後の生死まではわかっていない。有力者が混乱につけ込んで、新しい当主を擁立し、権勢を得る絶好機になる」

 考えていることが同じとわかったのか、リュカの顔がパッと明るくなった。

「新当主が擁立されたタイミングで、公爵を解放するのですね。新当主擁立に消極的な人物や、擁立した人物の政敵は公爵側につき、内戦を引き起こす可能性は高いでしょうから」


 クロヴィスは無言でうなずいた。

「擁立に動いた人間が、帰ってきた公爵を受け入れられるはずがないな。公爵からしたら、反逆者になるのだから」

「しかし、内戦を引き起こしてどうするおつもりなんですか?」

「他の北部の貴族を巻き込んで、内戦に介入する。帝国北部はこれを機に、我らの覇権を打ち立てる。中央政界に乗り込むにしても、実力がないとだからね」


 リュカはほっと胸をなでおろした。

「安心しました。玉座を奪うおつもりなのかと思いましたよ」

 あまりにも大それた勘違いに、クロヴィスはキョトンとしてしまった。

「力を持って、腐った政治を刷新する。その志に変わりはないよ」


 それから一週間、シャンポリオン陣営は混乱の渦中に叩き込まれた。

戦争中にもかかわらず、最高司令官が捕虜になり、しかも所領の半分を失い連敗を重ねている。


シャンポリオン家では家宰のバロワンが会議を開いた。

「救世の教団が、教祖フランソワ・ダルトワの指揮のもと、息を吹き返して我らの軍隊を撃破している。だが本土がこの状況で、遠方の西部のことに注力している場合ではない」

 会議参加者は危機的な状況という認識は共通しているため、この発言に一同うなずいた。


「これ以上の体制弛緩を防ぐために、現当主の幼弟ブリスの擁立を提案する」

 議場はざわついたが、それはすぐに収まり、賛同の拍手に取って代わられた。

傀儡当主なのは明白だが、セドリックの杜撰な戦争指導が終わると思えば、擁立を支持する他にない。


 新当主擁立というタイミングでセドリックが帰ってきた。

捕虜になり、生死不明になっていた彼が衆目に姿をさらすと、擁立に反対していた勢力が彼に接触して、事態はクロヴィスが意図した通りに展開された。


 状況を、オレリア渓谷近辺の村で見守っていたクロヴィスは、立ち上がって言った。

「ここまで予想通りだと怖いぐらいだな。とはいえ理想的だ。わたしとリュカは出かけるところがある」

「え、わたしもですか?」

 彼は何も聞いていないし、クロヴィスは何も伝えていない。

「リュカに行ってもらいところがあるんだ」

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