乱世のカレイドスコープ
鳴河 千尋
1章 乱世の幕開け
第1話 馴れ初め
小高い丘を、初夏の爽やかな風が吹き抜けていく。
丘の上に立つ軍学校は、貴族の子弟で賑わっている。
賑やかな軍学校の片隅で、緑風に赤髪をなびかせながらクロヴィス・ラグランジュ子爵はベンチに腰掛けて、行き交う人々をぼんやりと見ていた。
そんな彼に対して、周囲は侮蔑の目線を送っている。
「クロヴィス様、見晴らしがいいと視線が集まってしまいますね」
「リュカ、別に気にしていないよ」
サラサラの黒髪を揺らすリュカ・アランブールに返事をした。
彼はラグランジュ家に仕える家宰の息子で、クロヴィスの付き人として一緒に学校へ通っている。
クロヴィスが幼いときから、臣下というよりも、同い年の友として今日まで過ごしてきた。
「ん?」
ぼんやりと眺めているだけだったクロヴィスの視線は、一点に集中された。
その視線の先には、木立の下に座り、金髪を短く切った女性が黒髪ボブヘアーの女性に、親しげに話をしている。
金髪の女性は座っていてもすらりとした背中から、背丈の高さをうかがわせた。
クロヴィスは男社会の軍学校に、女性がいるということに驚いている。
もとよりこの国、ジスカール朝ベルガエ帝国の軍人に女性がいない。
過去にいたことだってないほどだ。
クロヴィスは金髪で背の高い彼女が気になって仕方がない。
話しかけてみたいが、何を話せばいいのだろうか。
「金髪の彼女が気になるのですか? 女性で軍人を目指すのは珍しいですからね」
リュカにはクロヴィスの視線の先がわかっていた。
話しかけろと急かされてるようにしか思えない。
「あの子は……どこの家の人だったか」
「デ・ローイ辺境伯の子女のレディ・ベアトリクスです」
デ・ローイ辺境伯は、帝国南部にあるリーベック地方に勢力を置く家で、南方八旗と呼ばれる八つの辺境伯のうちのひとつだ。
「南部の大貴族か。確か帝国の建国戦争で歯向かった家の流刑地だったか」
「そうですね。同じ逆賊でも、ラグランジュ家とは違いますね」
リュカの言葉に、クロヴィスは何か気の利いたことを言ってやろうとしたが、何も出てこなかった。
「父上は陛下を軽んじ、民をないがしろにする悪臣を討つために挙兵したんだ。敗れて処刑されたが、陛下も心情をわかっているのか、所領を全て奪わなかったし、家も残してくれた」
「だから陛下と帝国への忠義は揺るがない、他の逆賊とは違うということですね?」
クロヴィスは黙ってうなずいた。
「辺境伯はみな強大で、帝国も警戒しているそうだよ。没落させるために貧しい南部に追いやったはずが、土地を豊かにして北部を窺っているのだから」
「民を豊かにしているのですから、それはそれで良いものかと思いますが」
クロヴィスは難しい顔をした。
「確かに、民を豊かにするという父上の、私の理想に合っているね。だけども、陛下をないがしろにしていないか心配だ。それにここへ通っている大貴族の子弟は、帝国の正規軍じゃなく、自分たちの私兵を動かす能力を身につけるために来ているじゃないか」
リュカは何かひらめいたと言わんばかりの表情を見せた。
「では話しかけて、実際に確認すればいいじゃありませんか」
「いや、爵位は彼女の方が上だ。いきなり話しかけるのは無礼じゃないかな」
「まさか……臆したんですか?」
見え透いた挑発だが、臣下に煽られて何もしないのはだめだ。
メンツがクロヴィスの背中を押した。
席を立ち、彼女たちのもとへ足を進める。
「こんにちは」
まごうことなき平凡な挨拶から入った。
いきなり話しかけられたからか、キョトンとした表情を見せる。
「どうかしたの?」
爵位の割に気さくな喋り方をする。
もっと堅苦しいものを想像していたから、クロヴィスまでキョトンとしてしまった。
「あの……綺麗だと思いまして」
初手でクロヴィスの意表を突かれたため、変なことを口走ってしまった。
ベアトリクスは笑って彼の目を見た。
「もしかして口説いてるの?」
彼女の帝国への忠誠心やら、民衆のことを聞くはずが、あらぬ方へと話が転がった。
「軍学校に女性がいるのが珍しいのでつい……」
ベアトリクスは納得したように、何度もうなずいてみせた。
「私だって大貴族の子女なんだよ。跡取りたるもの、兵法ぐらい知ってなきゃね」
ラフな口調で彼女は言った。
「あ、私の名前はベアトリクス。あなたの名前は?」
「クロヴィス・ラグランジュです」
二人の会話に介入するように、黒髪ボブヘアの女性が間に入った。
「お嬢様がいろいろ不躾ですみません」
ベアトリクスのそばにいた女性だ。
「申し遅れました。私は付き人のフェナ・ヘンドリックです。以後お見知りおきを」
「こちらこそよろしくお願いします。こちらの者は付き人のリュカ・アランブールです」
リュカは細い黒髪を揺らして一礼した。
何か思い立ったように、ベアトリクスが目と口を大きく開けてしゃべりだした。
「今度の休みにさ、一緒に街に繰り出さない?」
学校がある丘のふもとには、規模の大きな繁華街がある。
そこに行こうと誘っている。
フットワークの軽い貴族の娘だ。
「私で良ければ」
両手を上げて喜ぶ彼女を尻目に、事の動く速さにクロヴィスは困惑してしまった。
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