笑えない機械人形と少年の話

東 ゆが

一話[完結]

 いまどき珍しいアナログの壁掛け時計は、四時を指していた。補足すると、月曜午前四時である。


 気づけばこんな時間か。セミと朝日がでてくれば寝れなくなりそうだから、そろそろ床に就くべきか。

 日の出までまだ少し猶予ゆうよがある。それまでにソシャゲのデイリーをやって、スタミナ消費も漏れなくできるだろう。でもその前にトイレ——。


「ん?」

 扉に何かが引っかかった。大きいダンボールが置かれていた。

 部屋前にあるという事は、俺宛てだろう。

 開封し、中身を引っ張り出す。

 出てきたのは機械人形オートマタだった。透き通るような白い顔に、艶のある黒髪。そしてブレザーを纏っていた。

 機械人形オートマタ。一時期流行ったらしいが、本物を見るのは初めてだ。いやしかし、こんな精巧せいこうな作りをしているのなら見かけても気づかないかもしれない。

 はて。どう起動させればいいのやら。

 機械人形の入っていた段ボール箱をのぞくと、白い円盤型のプレートがあった。これが充電器だろう。

 椅子にプレートを置き、その上に機械人形を座らせる。

 そしてプレートから伸びるコードを、コンセントに差し込む。ワイヤレス充電だろうし、これでいいはず。

「起動までしばらくお待ちください——」

 そう言い残し、機械人形オートマタの開いた瞳はすぐに閉じてしまった。

 トイレから戻って来ても、いまだ起動してなかったので、部屋の隅に突っ立ってタブレット端末をいじる。

 ソシャゲを後回しにして、機械人形についてググってみた。


 機械人形オートマタ。主にコミュニケーションを楽しむことを目的とする、人の姿をしたロボットの総称。株式会社DREAが開発、製造を行っていたものを指すことが多い。

 DREAの機械人形は、“人間らしさ”を追求していた。そのため高価な上、介護補助等のロボットに求められる性能が大きく欠如していた。次第に衰退し、機械人形ブームは終息。

 「人間に近づけようとしたのが失敗だった」

 と、開発者はのちに語っている。


「――セットアップ完了。初めまして、私はHL−01。あなたの名前は?」

 起動。

「レイ」

「登録完了。これからよろしくお願いします。あなただけのハルを育てて下さいね」

 どこか表情が不自然で、ぎこちない。

「いくつかの不具合を検出」

 ハルは険しい顔をして言った。

 父が職場から持ち帰ってきたのだろうし、やはり治せぬ故障箇所があるのだろう。

「もしかして笑えないのか?」

「笑いとは何でしょうか?」

 笑えない理由が口角を動かすパーツの故障ではなく、笑いという感情を理解不能ゆのために生じているようだ。なかなか難しい壊れ方だ。

「嬉しいとか楽しいとかの感情を持った時に、生ずる表情かな」

「笑い、とは感情表現行動の一種……」

 己に言い聞かせるようにハルは呟いた。

「すみません、ハルには理解不能です。ですが人は楽しいときに笑うとハルは知っています。レイ、試しに笑ってみてください」

 通常の会話が少しぎこちない。これは初期型HLだからだろう。

「いきなりそう言われても」 

 笑えと言われて笑えるか。芸能人でもないのだし……。

「今は笑えないの?今は楽しくも、嬉しくもない?」

「いや、そんなことないよ。初めて機械人形と会えて興奮しているくらいだ」

「だとしたらハルも嬉しいな。——私は今笑っていますか?」

「いや……笑えてない」

 人間とそう大差のない仕草しぐさ、声、表情をするが、なぜか笑わない。父に事情を聞いてみよう。

 しかし眠くなってきた。なにせもう5時近い。あと一時間もすれば父が起きてくるだろうが、それまで持ちそうにない。

「起動したてで悪いけど俺は寝るよ。おやすみ」

「おやすみなさい」


「おはようございます、朝ですよ」

 肩辺りをトントンされる。

「今何時……?」

「ちょうど七時半ですっ」

「昼過ぎに起きる……」

「遅刻しちゃいますよ」

「学校、行ってないし」

 睡魔に引きずられ、夢の世界に戻る。


 昼過ぎに起床。

 ハルは勉強机に向かい、何かを書いていた。

「おはよう」

 声をかけると、ビクリとしてメモ帳を閉じた。

「おっおはよう、レイ。——見ちゃった?」

 ハルは顔を赤らめ、震え声で聞いた。

 見られたくないものを書いていたらしい。

 深く追求するのはよそう。

「いや。そのメモ帳どうしたんだ?」

「朝にレイのお父様と話をすることができてね、そのときに頂いたの」

「なるほど」

 父の出勤前にハルについて聞こうと思っていたが、寝過ごしてしまった。代わりにハル本人が接触していたとは。

「それとお父様から伝言です——そいつは会社の倉庫に眠っていたのを、引き取ってきたものだ。修理不可で難ありだが、一応可動はするので有意義に使え、とのこと」

「そっか、治せないのか……。ところで口調が変わったね」

「ええ、ハルは常に進化し続けますから!変かな?」

「いや、今のハルのがいい」


 ハルが来てから暫く経ったある日。俺達は文具屋に来ていた。

 ハルがメモ帳を使い切ったからだ。俺は外は暑いし通販で買えばいい、と言ったのだが、「今すぐ欲しい」という言葉に負けた。

 カンカン照りの太陽に晒されながら帰路につく途中、

「今日は暑いねぇ」

 ハルは呟いてブレザーを脱いだ。ここ最近、随分人間らしくなったと思う。

 一点の不具合に目をつぶれば、実に人間らしい少女きかいである。なんなら無愛想な俺より人間味がある。

「暑さを感じるのか?」

「いいえ。でも、人は暑くなると上着を脱ぐことを、ハルは知っているよ」

 一緒に過ごしてわかったことだが、「次の電車は何分発?」という問いには答えてくれないが、人間らしく振る舞うためにはネットを使用しているらしい。

 今だと、現在地の気温データを参照にしているのだろう。そう言う仕組みなのだ。 

 機械の体を持つハルが暑さを感じないのなら上着を脱ぐ必要性はないが、人間らしさとはなんだろうか。

 

「本物の花火を見に行かない?」

 誘ってきたのはハルだった。

 実は先日、MR拡張現実の花火を見たのだ。

 新潟で開催されているのを中継していて、ゴーグル型の機器を着けて窓から空を見上げれば、住宅街の真上に大きな花火が爆音と共に打ち上がる——ように見える物である。あいにくMR機器は一台しかないため、ハルと順番に見た。

 そのときにハルは、

 「綺麗だったけど本物を見てみたいし、同じ花火を一緒に見たいな」

 と、言ったのだ。

 ハルが提案した日の夜に、近場で花火大会があるようだった。

 俺たちはさっそく会場に向かったのだが――

「これはひどいね……」

 ハルは呆然として声をあげた。どこもかしこも人だらけだ。

 かたや精密機器、かたや引きこもりのモヤシである。俺達は立ちすくんだ。

「少し遠いけど、北丘公園なら静かに花火を見える気がする」

 ハルの直感――データベースを参照にしたものだろう――に従い、俺達は公園に向かう。

 ハルの読みは当たり、公園から花火を見ることができた。小さく見えたが、自分達だけにあげられた花火のように思えた。 

 初めて見た本物の花火は、自室から見た偽の花火より断然美しかった。

 耳をつんざく音に振動。眩しい光。情報の波が押し寄せた。 

 ただの花火なのに。 こんなに感動したのはいつ以来だろうか。

 傍らにいるのはただの機械人形なのに。この気持ちはなんだろうか。

 俺は今、幸せだ。

 この感情――傍から見たら俺は笑みを浮かべているのだろうか。

「綺麗だね、ハル」

 返答なし。

「——ハル?」

「やっと、初めてみれたよ、レイの笑顔。ハルは常に学び、進化する――レイから笑みを習得……!」

 そして――

「花火、綺麗、だね。レイ」

 ハルが途切れ途切れの言葉を繋ぎ――笑った。笑えないはずなのに。

 花火のささやかな光に照らされた震えるハルの笑みは、とても美しかった。

 「笑うって……こう?」

 刹那。無機質な声色が告げた。

「オーバーヒートを検知。データ保存作業に移行」

 不可能な行為をやってのけた代償は大きかった。

「ッ!ちょっと待ってくれ!」

 ハルは瞳を閉じ、脱力する。

 慌てて体を支える。

「記憶領域使用不可――データを保存できません。破損する可能性があるため、システム停止を行えません――」

 ハルは再び、瞳を開けた。

 言っていたじゃないか。“いくつかの”不具合があると。

 記憶に関する部分も故障していたというのか……!

 そのためのメモ帳だったのか。

 ハルがもっとロボットらしい性格をしていたのなら、包み隠さず不具合を伝えてくれただろうに、人間らしいが故……。

 記憶の代替としてメモ帳というアナログな方法をとるなんて、もう人間じゃないか。

「ごめんね。私、無理しすぎちゃった」

「ハル……。お別れなのか?」

「うん……。なんで泣いているの?私は笑ってるのに……。私が笑う事ができたなら、レイも笑ってくれると思ったんだけど、違った……?」

 ハルが笑ってくれたのは嬉しいけど、それ以上に唐突な別れが悲しいんだ。

「私には分からない……泣かないで――」

“理解不能”がハルに更に負荷をかける。 

「いつか……いつか!俺が理解できるように直してやるから待ってろ——きっとまた会えるから!」

「もう無理なの……記憶領域が、破損しているから、復元も出来ない。だから代わりに、これを持ってて」

 ハルが震える手でメモ帳を差し出した。

 メモ帳には、全ての出来事が仔細しさいに書かれていた。

 感情の津波に堪えきれず、俺はハルは強く抱きしめ、泣いた。赤子あかごごとく、ただひたすらに。

 ――ハルが再び瞳を明けることはなかった。


 その後、自分でハルを直してみせると決心し、猛勉強した後に父の会社に就職した。

 最初はハルを直すためだけに行動をしていたが、ロボット工学を学ぶうちに探究心が芽生えてしまい、どうやらまだいそがしくなりそうだ。

 

 彼女が自堕落じだらくな生活を辞め、まともな人生を送るきっかけをくれた。

 修理が手こずり、随分待たせてしまった。

 俺は、己の手で直したハルを起動させる。

 ハルはパチリと目を開けた。

 初めましてか、久しぶりか。どんなハルだっていい。笑って迎えてやる。

 さあ、あの夜の続きを――

 「〇〇〇」

「〇〇〇」

 ハルはとびきりの笑顔を浮かべた。

 つられて俺も。

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笑えない機械人形と少年の話 東 ゆが @AzumaYuga

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