ラスト・マイライフ
ねこなべ
第1話「就活生・木村佑樹」
【いい日は幾らでもある。手に入れるのが難しいのはいい人生だ】
アニー・ディラード(アメリカ/作家)
朝の目覚ましが鳴り響く、朝6時半。天気は晴れ。また今日という素晴らしい1日が始まる。僕の名前は、
「よーし!今日も1日やってやるぞー!」
「佑樹、朝ご飯できたわよー」1階から母親の声が聞こえる。
「はいはい!今降りるよー」
僕は1階に母親に聞こえるように返事をした。
リビングには、母が作った朝食の匂いをほのかに感じた。
「いただきまーす」
「こら佑樹、もっと落ち着いて食べなさい」と母親が言った
「今日も美味しい朝食、ありがとう!」
「はいはい。いっぱい食べなさい」と笑いながら返事をした母親は台所へ戻り、作り途中だった親父と妹のお弁当を作りだした。
「もう、お兄ちゃん、毎朝元気良すぎでしょ」と少し呆れ気味の妹が、2階から降りてきた。妹の
「もう、お父さんからも何か言ってよ」
「佑樹はお父さんに似て、元気ありすぎるからな!いいってもんよ!」
「呆れた。もう親子揃ってバカなんだから」
僕の両親は、同じ職場で出会った。親父が母親の6つ上の上司だった。今は、母親は専業主婦に。親父は若くして部署の部長として仕事をしている。
「それにしても佑樹。今日が最終面接ね。なんかお母さんまでドキドキしてきちゃった」と母親は少しそわそわしながら言った。
「大丈夫だって。佑樹なら最終面接も受かって、バシッと決めてくれるさ。なっ、佑樹!」と言った。母親も親父も、僕のことを応援してくれて、とても心強い。
「今の調子なら、行けると思う!内定祝い準備しといていいからね!」と、つい調子の良いことを言ってしまう自分。
「ふふふ、全く調子の良い子なんだから」
「あっ、もうこんな時間。お母さんお弁当!」と妹が急いで仕度を始めた。
「それと、お兄ちゃん。面接頑張ってよね。面接の時くらいバカやってないで、ちゃんとしてよね」と、珍しく妹が激励の言葉を言ってくれた。
「大丈夫だって。それくらいわかってるって」
「じゃあ、私もう行くから」と妹が言うと、母が作った弁当を持ち、駆け足で家を出て行った。
「おっ、もうこんな時間か。俺もそろそろ行かないとな」と親父も仕度を始めた。
「はい。お父さんもお弁当」
母は親父にお弁当を渡し、見送りに向かった。いつもと変わらない朝の風景はとても落ち着く。家族がリビングからいなくなり、僕は朝食の片付けをしながら、ニュースを見るためにテレビの電源を入れた。チャンネルをザッピングをしていると、あるニュースが目につき、手が止まった。
「小学生児童5人が、通学中に交通事故に遭う」というニュースだった。
車の運転手は30代前半の男性。
通勤中に急いでおり、歩行者への安全確認の不注意が事故の原因だったという。
しかも、僕が住んでいる町の隣町あたりと近い場所だということも分かった。
『こんなにも若い命が奪われるなんて、悲しいことだな…』と
少し気持ちが沈んでしまったが、手を止めていた片付けを再開させた。
朝のニュースが続き、次に今日の運勢占いが始まった。
2位から順々に発表されていく。
10位、11位まできて、自分の星座がまだ呼ばれていない。
1位か12位…
『今日の自分の運勢はどうだ…!』
「1位は、おひつじ座のあなたです!」
『やった!1位じゃん!』
「1位のあなたは、一生に一度しかない素晴らしい1日になるでしょう!」
「積極的な行動が吉。だけど、油断は禁物ですよ!ラッキーアイテムは黒色の腕時計…」
『一生に一度しかない素晴らしい日』か。
僕の最終面接を応援しているかのように感じた。
ここまで、いろんな努力をしてきた。
バカな自分なりに就職活動に専念してきた。
今日はその努力が実る日に違いないと、自分に言い聞かせた。
「佑樹、時間は大丈夫なの?」と母が言った。
『うわっ、もうこんな時間か!』
時刻は8時になろうかとしていた。
『ありがとう。仕度する!』と僕は言い、最終面接に向けて仕度を始めた。
クリーニングに出しておいた、リクルートスーツを出した。
親父が買ってくれたスーツ。企業説明会や、面接。
このスーツを着て就活に励んでいた日々を思い出した。
『大変だったけど、今日で決めてやるぞ』と心の中で決意した。
財布、面接時に必要な書類、ハンカチ、ティッシュ…
一式確認をした。
『あとは…』
僕は机の引き出しの中に入れておいた、お守りを手にした。
『あった、あった』
このお守りは、母からもらったものだ。
就職祈願のお守りを、張り切ってわざわざ遠くの県まで出かけて買いに行ったという。何もそこまでしなくてもと思ってしまったが、少しオーバーな母が、
僕のためを思ってかもしれない。
鞄の中は完璧。
姿見を見てネクタイを直し、ワイシャツの襟を直した。
『よし、準備完了と』
準備も済ませ、一階へと降りた。
玄関に向かうと母が立っていた。
「靴磨いといたわよ。第一印象は大事って夕方のニュースでも言ってたから!」
そう母が言った足元には、ピカピカに磨かれた革靴があった。
『ありがとう。なんかこう、気合い入ったかも』
「それは良かったわ。面接、頑張りなさいよ!」と
母が激励の言葉をかけてくれた。
僕はその革靴を履き元気よく挨拶をした。
『行ってきます!』
駅へ向かう道中。
面接のことで頭がいっぱいだった。
この質問をされたら、こう答える。
この場面はゆっくり落ち着いて、自分の意思をはっきり伝える。
駅に近づくたびに、不安とプレッシャーで押しつぶされそうになる。
『あー、ダメだダメ! ポジティブにいこう!』
そう自分に言い聞かせた。
スマホを開き、もう一度電車の時刻表を見た。
『この時間に乗って…よし、余裕持って着く。大丈夫だな』
あと10分ほどで最寄り駅に着くというところだった。
僕は手帳型のスマホケースを閉じた。その時だった。
目の前から、一台の乗用車がこちらへ向かって走ってきた。
最初は何も思わなかったが、近づくたびに様子がおかしいことに気づいた。
そして、その車は自分の目の前にいる、一人の小学生の方へ向かっている気がした。
『ヤバい…!』
自分は、その小学生の方へ必死になって走った。
『車が来てるぞ!逃げろ!!』と声をかける自分。
僕は大声をあげた。しかし、その小学生が動けないでいた。
その小学生は、突然の出来事で動けなかったのだ。
『クソッ!このままじゃ、あの小学生にぶつかる』
僕は必死になって走った。
そして、僕は小学生をその場から突き飛ばした。
多分、これであの小学生が事故に巻き込まれることはない。
僕は迫ってくる車の方を向いた。
どう考えても自分にぶつかる。ここで死ぬ。
僕は目を閉じた。
『今日は最終面接だっていうのに』
『今日も素晴らしい1日にするはずだったのに、僕の人生もここまでか』
そうしたら、真っ暗な瞳の中にいろんな思い出が蘇ってきた。
『ああ、これが走馬灯ってやつか。本当にあるんだ』
『これは、母親に怒られた時だ』
『あっ、賞を獲って親父に褒められた時だ。嬉しかったな』
『いやー、短い人生だった。これから自分が日本を動かす若い戦力になるはずだったのに。』
『あの小学生は無事だったのかな。無事だったら、それでいいか』
『あれ、いつまで続くんだ?自分は死んだのか?』
僕はやたらと長い死までの時間に疑問を感じた。
そこで恐る恐る目を開けてみた。
すると、目の前には真っ白な空間が大きく広がっていた。
僕はその空間に横たわっていた。
そして不思議なことに血の跡もなく、怪我も何一つしていない。
疑問だらけだった。
『ここが死後の世界か…?』
不思議に思っていると、後ろから黒服の男性3人が現れた。
3人は黒いサングラスをかけていた。
3人のうち、2人は外国人。しかも体は鍛え上げられており、並みの人では到底勝てっこない風貌。屈強な男とは、まさにこのことだと思った。
そして最後の1人。50代くらいのおじさんで禿げていた。
しかも、少しおどおどした感じでいた。
『なんだ、この采配ミスは。でも、なんだかんだで絶妙なバランス感覚』
そんなことを思っていると、そのおじさんが屈強な男2人を引き連れ
銀色の小さなアタッシュケースを持って近づいてきた。
何も言わずに僕のところへ近づき、アタッシュケースを開いて見せた。
その中には「黒色の腕時計」が入っていた。
そして、そのおじさんが腕時計をつけるようジェスチャーをし始めた。
『これをつけるのか?』
僕がそう聞くと、3人が同時に頷いた。
指示通り、腕時計を付けた。
そしておじさんから、1枚の紙を渡された。
そこには、こう書かれていた。
『あなたは、死にました。残された時間は、その腕時計に記された数字となります。この時間を有効活用してください。また、私たちセキュリティはあなたの行動に違反がないよう監視します』
紙に書かれていることを読み上げた僕は、腕時計を確認した。
腕時計は、今日1日が終わるまでをタイムリミットとしていた。
僕は、だんだんと理解し始めてきた。
すると、目の前にいた黒服3人集が、ジェスチャーで僕が死んだ時の状況を
説明し始めた。
1人の屈強な男が車の運転をするジェスチャーをした。もう一人の屈強な男が小学生役を。そして、おじさんが僕の役でミニコントがスタートした。
『まず、小学生が歩いていて』
『そこに車を運転している人がやってきた』
『それで、えーっと、運転手がウトウトしてて、小学生にぶつかりそうなところに、僕が間一髪で救いに入った』
『つまり、居眠り運転で事故が起こったってこと?』
「正解!」と言わんばかりに、屈強な男とおじさんが僕にアピールをしてきた。
うまく伝わったことが嬉しかったのか、3人はハイタッチをした。
連携のとれた動き。何気に仲良しトリオなのか?という多少の笑いはあったが。
そういうことだったのか。
『ちなみに、小学生は助かったのか?』と黒服の男たちに質問をした。
「大丈夫だ」と言いたげに頷いた。
『そうか。無事だったのか』と一安心をする自分。
そして、今の状況整理をした。
『要するに自分は死んだけど、あんたたちのおかげで今日1日だけ生きれる
猶予をもらったってこと?』
「そうだ」と言いたげに頷く。
そして、おじさんがある方向を指さした。
そこには、真っ白な空間なのだが、一つの扉があった。
扉の上には非常口の緑の電光看板が付いていた。
『ここから、現実世界に戻れるんだな』
全てを理解した自分。
「時間がないぞ!」と急かす黒服3人集。
僕はネクタイを締め直した。
『まさか、最終面接の日が人生の最後の日になるとは…』
僕はドアノブに手をかけ、扉を開けた。
「今日しかできないこと」を果たすために、一筋の光を浴びたのだ。
扉の先は、最寄り駅の目の前へと繋がっていた。
時刻は乗る予定だった電車が発車する2分前。
『よし、何とか間に合ったな』
鞄からICカードを取り出し、改札口へ向かおうとした、その時だった。
肩をトントンと叩かれた。
『誰だ?』と振り返ると、そこには黒服3人集の姿が。
『そうか、あんたたちも来るのか』
「もちろんだ」といった感じで、まるでSPかのように自分の周りを囲った。
『それ、僕が事故る前にやってほしかったな…』と呆れる自分。
しかし、こんな変な3人集がいるのに、周囲の人たちは全く気付かない。
『どうやら自分だけにしか見えないようだな』と把握した。
とにかく、面接会場へ向かわなければ。
僕はICカードを改札口に当て、駅のホームへ向かった。
ついでに、黒服3人集も胸ポケットからICカードを取り出し改札を通った。
電車に揺られるスーツ姿の男が4人。
その姿が窓ガラスに映ると、いったい何の集団なのか疑問に思うくらいだ。
『いかんいかん。僕は面接に集中しなければ』
僕は鞄から面接ノートを取り出し、しばし集中モードに入った。
しかし、最終面接だ。どんなことを聞かれるのか皆目見当がつかない。
でも、どんなことを聞かれたても、自分の持てる力で臨む。
僕には応援してくれる家族がいる。大丈夫だ!
また、自分を奮い立たせた。
しばらくして、企業の最寄り駅に到着した。
ぞろぞろとサラリーマンやOLが降りていく波にまぎれ、僕も電車を降りた。
改札口には、長い列ができていた。
改札を抜け、5分ほど歩くと、目の前にそびえ立つ大きなビル。
『このビルの前に立つのも、最後だな』と、僕はつぶやいた。
いろんな意味で、もう何も怖いものはない。
僕は、自信に満ち溢れた姿で入り口へと向かった。
「あなたが、この会社を志望する動機を教えてください」
はい。私が貴社を志望する理由は、若い人材に対して研修から力を入れる
その企業理念に惹かれ選びました。また、私と貴社が共に成長していき、そして自分が将来したいことを、この素晴らしい環境で発揮していきたいです。
「学生生活で、努力してきたことは何ですか?」
私が学生生活で努力したことは部活動です。私は、バドミントン部に所属しておりました。体力には自信があります。また、チームのまとめ役として部長も務めておりました。個性の強い部員ばかりで、時には喧嘩をすることもあり、まとめあげていくことに、しばしば苦労することもありました。しかし、私以外の他の部員が助けに入ってくれ、話しの聞き役をかって出てくれる後輩もおり、とても良い環境で部活動を3年間続けることができました。
自分のこれまでの面接を思い出してみたが、普通というか。
どちらかといえば明るさ。持ち前のポジティブさで何とかなってきたなと
改めて思った。
面接官の方にも「木村さんは、元気が良くてすごく印象がいいね」と
声をかけてもらえたくらいだ。
自分の未来を決めるのは自分だけだ。
そのためなら、ポジティブに積極的に行動するのが一番。
親父の姿を見て、自分が学んだことだ。
『と言っても、自分の人生、今日で最後になっちゃったけどな』
そんなことを思いながら、僕は受付へ向かった。
『失礼します。本日、こちらの最終面接で受けに来ました木村と言います』
そう伝えると受付嬢の方が、ファイルを取りだし、自分の名前がないか、リストを見始めた。そして、受話器を取り、内線番号を打ち始めた。
「こちら、1階ロビーです。本日面接の木村様がお見えになっておりますが」
しばしの時間が空いた。
「はい。はい。かしこまりました。お通し致します」
受話器を置き、通話が終了した。
「木村様、9階のA会議室にて面接を行います。あちらのエレベーターから行けますので、そちらをご利用ください。それと入校証になります。こちらもお持ちください」と、丁寧な対応だった。
『ありがとうございます』
僕は案内されたエレベーターの方へ向かった。
エレベーターを待つ自分。そして、同じエレベーターを待つ黒服3人集。
『面接の時は入ってこないでくださいね』と、黒服3人集に言った。
「もちろんだ」と言いたげに頷く3人。
少し待ちエレベーターが来た。
僕は、9階のボタンを押し、会議室へと向かった。
ピンポンという音で、9階に着いたことを知らせる。
エレベーターを降りるとそこは綺麗な内装で、観葉植物が置かれてあった。
僕は、A会議室へと向かった。
少し進むとA会議室に到着。会議室の前には椅子が7脚置かれており、
すでに一人の女性が席に座っていた。
僕はその女性の隣の椅子に座って待機した。
僕は鞄から面接ノートを取り出し、最後の確認を始めた。
正直なところ、緊張でノートに書いてあることが目に入らなかった。
『こんな時に緊張するなんて、自分らしくないぞ』と心の中で強く思った。
その時だった。隣の女性が話しかけてきた。
「あの…緊張してますか?」と、少し弱々しい声で話しかけられた。
「私、
インテリ女子といったところか、頭の良さそうな雰囲気。謙虚な感じ。
見た目も美人で、同じインテリ彼氏がいてもおかしくないくらいだ。
『木村佑樹って言います。国士舘大学出身です。安藤さん凄いですね、早稲田出身だなんて』と、僕の率直な気持ちを伝えた。
「そんなそんな。学歴なんて関係ないです。私なんて…」と答える安藤さん。
『そうなんですか?立派なことだと思いますよ』
自分が努力して大学受験を受けて合格したのだ。
もっと誇らしくしてもいいのにと思ってしまった。
「私、今朝、母親に『もっと自信を持ちなさい!』って言われてきて」
「いつも自信が持てなくて。落ちたらどうしようって思いながら電車に乗ってたら、面接の40分前に到着しちゃって。本当に心配性で」と言った。
『そうなんですか?でも最終面接まで来れたじゃないですか』と僕は言った。
「運が良かったんです。きっと最終面接で落ちますよ…」
どこまでもネガティブ思考な安藤さんに、僕は言った。
『安藤さん。自分で言うのもなんですけど、すごいポジティブ思考なんです。
やばい!って思った時なんて、今まで何回もありました』
『それに僕も元々、すごいネガティブだったんですよ。授業中も自信がなくて
発言とか全然してこなくて、部活動の大会とかでもピンチな時とか
すぐ諦めちゃう癖があって。そんな姿を見た親父が僕に言ったんです』
『いい日は幾らでもある。手に入れるのが難しいのはいい人生だ』
『この言葉、ある作家の言葉らしくて。普段、本を読まない父がこんなこと
言うのも変なんですけど』
『多分、たまたま読んだものを咄嗟に言ったんだと思います』
『自分の人生を良い方向に変えていくのは、自分にしかできないことなんです。だから、毎日を素晴らしい1日にすれば、きっと良い方向へ向かうはずなんだって。自分にしかできないことがきっとあるはずなんだって。そう思いたいじゃないですか』と少し語り口調になっていた。
ふと我に返ると、ハッとした表情をした安藤さんがいた。
『なんか急に語り出しちゃって。恥ずかしいな』
また、親父譲りの少し空気の読めない悪いクセが出てしまった。
『すみません。くだらない話しをしてしまって』
笑ってごまかしていた僕の先にいた安藤さん。
顔を見ると、少し涙目になっていた。
「木村さんって、素敵ですね。私もこんな親友が大学にいてくれたらな」
「ありがとうございます。木村さんのおかげでなんだか自信が持てそうです」
そう言った安藤さんの顔は、明るく素敵な笑顔へと変わった。
会議室から声が聞こえた。
「面接を開始します。最初の方どうぞ」
安藤さんが深呼吸をし、立ち上がった。
「この面接で自分を変えてきますね」
『頑張ってください。応援してますね』
「ありがとうございます」
「私と木村さん。2人とも受かるといいですね」
『そうですね。その時は同僚とお祝い会しましょうね』と答える自分。
「楽しみにしてます。その時の幹事は木村さんで」と笑顔で返してくれた。
「じゃあ、行ってきます」
そう言うと、安藤さんは会議室へ入っていった。
『2人とも受かるといいですね…か』
僕は、面接ノートをもう一度見返すことにした。
「ありがとうございました」
会議室から声が聞こえた。面接が終わったのだろう。
ドアが開き、安藤さんが出てきた。
ホッと胸を撫で下ろす安藤さん。
僕のところへ来て、声をかけてくれた。
「すごい緊張しました。でも木村さんのおかげでちゃんとお話しできました」
『そうですか。良かったですね』と、何故か僕まで嬉しくなった。
「次は木村さんの番ですね。応援してます」と声をかけてくれた。
『ありがとうございます』
「じゃあ、私はこれで」
そう言うと、安藤さんはエレベーターホールへ向かった。
「次の方、どうぞ」
会議室から声が聞こえた。
僕の最終面接。泣いても笑ってもこれが最後だ。深呼吸をした。
後ろを振り向くと「頑張れ!」と、
黒服3人集もガッツポーズをして応援してくれていた。
僕は扉を3回ノックした。
「はい、どうぞ」
『失礼します!』
僕は元気よく声を出し、会議室の扉を開けた。
「では、改めまして名前と出身大学をお願いします」
面接官が指示をする。
『国士舘大学から参りました、木村佑樹と申します』
最終面接が始まった。
「緊張はしてますか?」
『死ぬほど緊張してます。いや、もう死んだんですけど』
つい言葉が漏れてしまった。
「とりあえず、リラックスしてもらって大丈夫ですからね」
『はい、ありがとうございます』
「最初に、あなたにとって仕事とはなんですか?」
『私にとって、日々の仕事は貴重な経験だと考えております。大学生活で学べなかった社会勉強、また貴社でしか学ぶことのできない様々な経験が、今後自分の糧となり、さらに仕事への意欲が増すものになると考えております。最初のうちは経験もなく、浅はかな知識も多いかと思います。しかし、そのような経験を積み重ねてきた時、初めて自分の力を発揮できるのではないかと考えております』
「わかりました、ありがとうございます」
マニュアル通りではあるが、答えることができた。
『次は、どんな質問なんだ』と心の中で思った。
気が気ではなかった。
「次に質問します。あなたにとって大事なものとはなんですか?」
少しの時間考えた。そして僕は答えた。
『私の大事なものは家族です。私の家族は父、母、妹の4人家族です。私の父は私が小さな頃から仕事で忙しい日々で、朝から遅くまで仕事をしている人でした。また、自分のやりたいことは、どんどん挑戦しろ!と言ってくれる人でした。小さい頃、消極的な私の姿を見た父がある日言ってくれました』
『今はやりたいことが見つからなくても、本当にやりたいことが見つかったら、お父さんに言うんだぞ。お父さんは佑樹の味方だからな!』
『その時は「自分なんて」と自信が持てずネガティブな私でしたが、
次第にポジティブな自分。自分の得意分野を見つけることができ、
今こうして就職活動に打ち込めてます。これも父のおかげだと思います』
『母はいつも僕に優しかったです。それでいて、いつも大げさというか。
小学生の頃、授業参観にきた時は目立ってました。教室の後ろで、「頑張れ!」と、身振り手振りで私にエールを送ってる人でした。ただ、テストの点が悪いとすごく怒る人で、勉強ができない自分は母と一緒に勉強することもありました』
『それでいて心配性な母は、私の就活中はいつも気が気ではなかったようで。
面接が終わって携帯を開いてみると、母親からの連絡の通知でいっぱいで。どれだけ心配性なんだよってくらいで。今朝もそうでした。面接へ行く前に、「あのお守り持った?忘れ物はない?電車代くらい出してあげようか?」と言われて、本日は来ました』
『私の妹は、現在高校3年で大学受験の真っ最中です。私よりも頭が良く、運動もできる自慢の妹です。私と父には、いつも冷たい態度をとるのですが、たまに優しくて。実は家族思いの良い妹なんです。昔は、お兄ちゃんと言っては僕の後に付いて歩いてきて』
僕は一通り話をした。これでも、まだまだ足りないくらいだ。
しかし、今が最終面接だということを思い出した自分。
『すみません。つい話し方が普段通りの話し方になってしまって』
「いえ、構わないですよ」
話しが熱くなってしまい、いつの間にか立ち上がっていた。
しかし、自分にとって家族とは、こんなにも大きな大きな存在だったということに、改めて気づいたのかもしれない。
少しの静寂とともに、面接官の方から声をかけられた。
「大丈夫ですか?」
そう言われた。自分がなぜそう言われているのか気づかなかった。
しかし、すぐにしてその質問の意味がわかった。
僕は泣いていた。
明日、僕は家族と会うことはない。
自然と、頭の中でそう考えていたのかもしれない。
「あの、大丈夫ですか?面接続けられますか?」
面接官に声をかけれらた。
『はい、すみませんでした。続けさせてください』
「それでは最後に聞きます」
「もしも、地球最後の日。あなたはどうしたいですか?」
僕は、自信を持って答えた。
『自分にとって。自分が満足する、素晴らしい1日にします』
「わかりました。ありがとうございました」
「本日の面接は以上になります」
これが最終面接なのか?という疑問はあったが、人生最後の面接は終わって
しまった。自分が想像している最終面接とは少し違ったが、どちらにせよ、僕は入社できないのだ。
『ここで仕事したかったなぁ…』と心の中で思った。
しかし、いくら悔やんでも僕は死んでしまったのだ。
『本日は貴重なお時間、ありがとうございました』と言い、僕は会議室を退出しようとした。
僕がドアノブに手をかけた時、
「ちょっと待ってください」と面接官に止められた。
何だろう?と不思議に思いながら、面接官の方へ振り返った。
「先ほど、面接した女性に【最近会った人で印象深い人は?】という質問をしました。そうしたらあなたの名前が挙がりまして。何でも面接前に勇気づけられたという話しを聞きまして」
『安藤さん、そんなこと話したのか』と思いながらも、少しでも自分のしたことで勇気づけられたのならと思うと、嬉しくなった。
『面接が始まるまで、待っている時間とても緊張されていたので、少しでもお役に立てれば良かったです』と僕は言った。
すると、その言葉を聞いた面接官が、笑顔でこう返した。
「優しいんですね。木村さんのような人材が、私たちの会社には必要なのかもしれません」と、それはお世辞としてではなく、素直な気持ちとして現れた言葉であると僕は感じた。
感動してまた泣きそうになったが、グッとこらえた。
『本日はありがとうございました。それでは、失礼します』
僕は退出の挨拶をし、会議室から退出した。
会議室を出ると、黒服3人集が「面接はどうだった!?」と言わんばかりな勢いで迫ってきた。
『大丈夫、大丈夫だから』と言い、エレベーターホールへと向かった。
エレベーターに乗り、1階のエントランスに出た。
不思議と足取りは軽く感じた。
全てやりきった。その思いが今の自分の足取りを軽くさせたのだろう。
受付の人に入校証を返し、挨拶をして僕は会社を後にした。
『この会社に来るのも最後か…』
そうつぶやくと、僕は鞄から携帯を取り出し、記念にビルの写真を撮った。
写真を見て、自分は何をしているんだと思ったが、あまり考えないようにした。
『さて、これからどうしますか』
時間は13時すぎ。まだ1日を終えるには時間がある。
『とりあえず、大学でも行くか』
僕は大学の方へ向かうため、携帯で時刻表を調べた。
時刻表も調べ終え、駅の方へと向かった。
黒服3人集と仲良く改札を通り、仲良く電車に乗った。
そして40分後、大学の最寄りの駅に到着。
黒服3人集と改札口を出た。
正門には、学生がちらほらいた。
次の授業へ向かう学生。時間が空き、友達と駄弁っている学生。
「この前のテレビ見た?あのアイドルがさ!」
「あの先生の講義、いっつも同じことばっかりで、飽きちゃうんだよね」
「ねえねえ、あの先輩とはどうなったの?この前、付き合うって話ししてたよね」
いかにも大学生らしい会話に、いつも通りの生活を取り戻している気がした。
そんなことを思いながら、僕は食堂へ向かうことにした。
誰かしらいるんじゃないかという勘で足を運ぶことにした。
食堂のドアを開ける。
僕はいつもここで、唐揚げ丼やカレーなどを食べていた。
『まだ食堂やってるかな。いつもの食べたいな』
時間に間に合えばまだ頼めるんじゃないかと思った。
すると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「おお、佑樹!面接どうだった!」と元気な声が聞こえた。
『貴宏(たかひろ)じゃん!めっちゃ緊張したわ』
すると、後ろからまた声が聞こえた。
「佑樹じゃん!今日面接だったんだよな?バシッと決めたんだろ」
「どうせ、いつものポジティブパワーで面接やったんだわ」と
二人して、いじってくるような声が聞こえた。
『航平に健斗か。相変わらず、めっちゃいじってくるじゃんか』
親友の声に、ふと安心感を覚えた。
「とりあえず、飯食べない?」と貴宏の一声で、遅めの昼食をとることにした。
4人揃って、カウンターへ向かった。
『あっ、今日は俺が3人分の飯奢ってやるわ!』と僕は言った。
「おっ今日は佑樹が奢ってくれるってよ!高いもん食べようぜ!」
「いや、食堂に高い食べものないだろ」
「安くて美味い。それで生活してるんだし、あんま文句言うなって」
と、僕たち4人は普段通りの会話をした。
各々、この食堂でも高いものを注文した。
出来上がった料理を受け取り、テーブルについた。
4人が席についたところで、航平が話し始めた。
「で、どうだったよ、面接は」
『どうだろう。落とされたかもなー』
「またまた。そんなこと言って受かるのが佑樹なんだよな」
「そうだよ。自信持てって!お前らしくないじゃんか」
親友の声が、とても温かく感じられた。
おそらく“こんなこと”があったから、普段かけてもらえる言葉全てが嬉しかった。
「あれ?佑樹泣いてる?」
『泣いてねーよ!ってか、もし俺が内定もらったら飲み会な!』
「当たり前だろ。祝いの席にしないとな!」
4人が食堂でバカ話しをするのも今日で最後。もう会うことはない。
『お前ら3人も俺のポジティブさを見習って、就活頑張れよな!』
僕は親友3人を励ますように。一つの遺言のように。
「わかってるって」と健斗が言った。
「でもまぁ、佑樹が言うと不思議と元気になれるんだよな。佑樹、元気すぎっていうか。そのおかげでなんかこっちまで元気になれるっていうか」
貴宏が後から続いてそう言った。
『当たり前だろ、ポジティブでものを言わしてきた俺だぞ!』と僕は答えた。
「いや、それは調子乗りすぎだわ」と健斗のツッコミで4人して笑った。
「じゃあ、行きますか。俺、この後講義あるし」
そう言うと僕たちは立ち上がり、空になった食器を返却カウンターへ運んだ。
そのまま食堂を出て、4人で集まった。
「じゃ、またな。面接の結果楽しみにしてるからよ」と航平が言う。
「あー、俺も就活頑張らないとなぁ」と少し不安げに健斗が言った。
『まぁ自分のできること頑張っていこうぜ。俺も応援してるし』
「じゃ、皆さんこれからも就活地獄を乗り切っていきましょうか」
と、貴宏の締めの言葉をもらったところで、僕たちは解散することとなった。
僕は、別れる最後に、みんなに一言残した。
『じゃあ、また明日な!』
これが、僕が大学時代過ごした親友に残した、最後の言葉だった。
午後3時。僕は、家へ帰るために駅へと向かった。
大学の最寄り駅から、家の最寄り駅まで約30分。僕は電車に揺られていた。
電車のアナウンスで最寄り駅に着いたことを確認し、僕は電車を降りた。
改札口を出て、腕時計を見た。
少しずつ近づくタイムリミット焦りを感じていた。
僕はどうしようか悩んでいた。
すると後ろから、ある人に声をかけられた。
「あの・・・」
『はい』と振り向くと、見知らぬ老人が立っていた。
「あの、道を聞きたくて。この場所までお聞きしたくて」
そう言うと、僕にある場所までの地図を見せた。
少し歩く距離ではあるが、困っているようだったので案内することにした。
『時間ありますし、僕が一緒に案内しますよ』
「本当にいいんですか?」
『ここだと、少し遠いので歩きますけど。大丈夫ですか?』
「ありがとうございます。案内してくださるなら、私のことは大丈夫ですので」
『わかりました。では一緒に行きましょうか』
僕はその老人と一緒に目的地まで向かうことにした。
年は70代前半だろうか。お婆さんだった。
手には、小さなかばんと花。フルーツの盛り合わせを持っていた。
『フルーツ、持ちましょうか?』と僕は声をかけた。
「いや、私が持ちますから大丈夫ですよ」とニッコリと答えるお婆さんだったが
少しでもの気遣いと思い、僕はもう一度声をかけた。
『やっぱり持ちますよ、遠慮なさらずに』
「でも…じゃあ、お願いしようかしら」
僕は、お婆さんが右手で持っていたフルーツの盛り合わせを持った。
「なんだか悪いわね。色々お世話かけてしまって」
少し申し訳なさそうにして答えるお婆さん。
『いえいえ。こういうのは若いのに任せていいんですよ』と僕は笑顔で答えた。
そう言うと、お婆さんはまたニッコリして「お兄さん優しいんですね」と言った。
役に立てるのであれば、僕は満足だった。
そして、お婆さんは続けて話し出した。
「ほんと、最近の若い子は優しくないの。私が電車に乗ってる時もずっと
立ったままで大変だったし」
「このフルーツとお花を買うときも、私が財布を出すのが遅くて会計が
遅れちゃったとき、後ろの若い子が『早くしてよ』って急かすし」
「それに比べてお兄さんは優しいし、道の案内をしてくれて、荷物も持ってくれて。本当に助かるわ」
たぶん、いつもの僕なら、口頭で道を案内していたかもしれない。
だけど、今こうしているのは“今日しかできないこと”だからなのだろう。
僕はふと腕時計を見た。残された時間は、あと8時間だった。
少し歩いていると、お婆さんに聞かれた。
「お兄さんいくつ?」
『今年で22歳です。就活中で、今日、最終面接を受けてきたんです』
「まぁ!それはすごいじゃない。お兄さんなら良い人だから内定もらえるわ」
と、上機嫌に答えるお婆さん。
『いやーどうですかね。でも受かってる自信だけはあるんですよね』
僕は少し調子の良いことを言ってみた。
「大丈夫よ。私が保証するわよ!」と、お婆さんまで自信よく言ってみせた。
『そう言ってもらえると、なんだか本当に受かってそうな気がしてきました。
ありがとうございます』
決して悪いお婆さんではない。人と話しがするのが好きなお婆さんで、
最初会った時よりも元気が良い感じがした。きっと話しをすることが楽しいに違いないのだろう。僕自身、話していて楽しかった。
そして歩き始めて20分が経った。僕は、もう一度地図を見た。
『たしか、このあたりだと思うんだけど』
周囲を見回して、目印となる建物などないか確認した。
お婆さんも同じようにして探している。
『もう少し歩きますか?』とお婆さんに声をかけた。
「いえ、見つけました。私が行きたい場所が」
お婆さんは、目的の場所を見つけたようだった。
そして、その場所に導かれるように、お婆さんは歩いていった。
僕もそのあとを追った。
そこは車の通りもある、小学生などが使う通学路だった。
そして、ある場所に花束が置かれていた。
僕は、今朝のニュースを思い出した。
「小学生児童5人が、通学中に交通事故に遭う」
ここが、その場所だったのだ。
お婆さんは、花束が置いてあった場所に、自分が持ってきた花を置いた。
「お兄さん、そのフルーツもここに置いてくれませんか」
そう言われ、僕はそっとフルーツの盛り合わせを置いた。
お婆さんは持っていた鞄から、一つのおもちゃを取り出しその場所へ置いた。
お婆さんは、そこで手を合わせ黙祷をした。
僕は一瞬どうしていいか分からなくなったが、お婆さんの後に続いて手を合わせ黙祷をした。
黙祷をし終わってしばらくしてからお婆さんが話し始めた。
「私の孫がいて、通学中に交通事故にあったの。まだ7歳だったわ」
「ニュースを見て、言葉が出なかったわ。悲しくなっちゃって」
「私より先にいなくなっちゃうなんて思ってもみなかったわ」
僕は、なんと返していいのか分からなかった。
「でもね」
「私が忘れなければ、生き続けるの。だからこの子は死んでないの。ずっとずっと私の可愛い孫だわ」
「ごめんなさいね。こんなことに付き合わせてしまって」
お婆さんは、申し訳なさそうに言った。
ふと自分の頭の中で、今朝の交通事故がフラッシュバックされた。
僕は今日死ぬ。その事実を知っているのは僕だけだ。
そして明日。このことを知る家族や親友は、どんな気持ちになるのだろうか。
やはり悲しい気持ちになってしまうのだろうか。
「お兄さん?」
『あっ、はい!』
考え込んでいた僕は、ハッとして、お婆さんの声に反応した。
「何か考え事でもしていたの?」
『いえ、なんでもないです』と僕は平静を装った。
「それにしても助かりました。ありがとうございます」
お婆さんはそう言うと、深く礼をして感謝を伝えた。
『いえいえ。良かったですね、お孫さんともお会いできて。ありがとうございます』
なぜか僕も頭を下げ、お礼をしていた。
「では、帰りましょうか」とお婆さんが言った。
その姿は少し物寂しげな感じだったが、表情からは、この事故のことを受け入れたように見えた。
僕はお婆さんの姿を見て、なんだか泣きそうになった。
お婆さんが気持ちを強く持って生きていることに、感動した。
「今日は、孫の好きなハンバーグでも作ろうかしら」
お婆さんは笑顔で言った。
『いいですね、お孫さんもきっと喜びますよ』と僕は答えた。
僕とお婆さんは、駅に向かって歩き始めた。
僕は一つ気になって、お婆さんにある質問をした。
『お婆さん、一つ質問してもいいですか?』
「なんでしょうか?」
『もしも、今日死ぬってわかったら、どうしますか?』
果たしてこんな質問をしても良いのだろうか。
しかし、もう聞いてしまった。
「うーん、そうね…」と、悩ましげな顔をするお婆さん。
僕は、その返事が気になった。
「私なら、家族と過ごしたいわね」
「でも、私の娘がこの町の近くに住んでるんだけど、私と家が別々で。なかなか会えないのよ」と、少し悲しそうな表情をしながら話した。
「でも、よく映画とかで最後は美味しいもの食べたいとか、海外旅行したいとかあるじゃない。ああいうのにも憧れちゃうわね」と答えてくれた。
「それがどうかしたかしら?」とお婆さんは僕に聞き返した。
『いえ、ちょっと気になっちゃって。すみません変な質問しちゃって』
僕は、なんとかその場を紛らわすよう、次の話題を考えた。
すると、お婆さんから意外な質問がきた。
「お兄さんは、どのように過ごしたいの?今日死ぬかもってわかったら」
『えっ?』と僕は不意な質問に戸惑った。
『僕は…』と言葉が詰まった。まだまだやり残したことはたくさんある。
一つに絞りきれない。
「フフフ、冗談よ」お婆さんは笑って言ってみせた。
「お兄さんはダメよ。明日死んじゃうかもなんて考えたら」
「まだまだ若いんだから、いっぱい仕事して頑張らないと。将来は、いつかは家族を持つかもしれないんだから、しっかりしないとね」とお婆さんが言った。
『僕がいいお父さんになれますかね』と僕は自信なさそうに言った。
「大丈夫よ。お兄さん明るくて優しいんだから。きっとお子さんもいい子に育つわ」
僕にとって、お婆さんの言葉の一つ一つが身にしみるものだった。
僕は今、確かに生きている。改めてそう実感することができた。
『ありがとうございます。なんだか、明日からも頑張れそうです』
「それは良かったわ。お兄さん、これから内定もらってお仕事するんだから、
頑張らないとダメよ」と激励の言葉をもらった。
『はい、頑張ります!』
僕は笑顔で答えた。
そんな話をしていると、駅に到着した。時刻は18時だった。
「お兄さん、わざわざありがとうね。本当に助かりました」
『こちらこそありがとうございます』
「これも何かのご縁ね。これ私から渡しておくわ」
そう言うと鞄から財布を取り出した。
「はい、お兄さんに」
お婆さんから5円玉をもらった。
「ご縁と5円をかけたの。ダジャレみたいなものよ」と笑顔で話した。
僕は、その5円玉を握りしめた。
「最後にいいかしら」とお婆さんは僕に話しかけた。
「お兄さん、お名前は?」
僕は元気良く答えた。
『木村佑樹と言います』
「木村さんね。これからも頑張りなさいね!」と言われ、背中を叩かれた。
激励のごとく、背中を押され気合いをもらえた気がした。
「明日も素敵な1日にするために、今日という日を大切にしてくださいね」
「じゃあ、木村さん。またどこかで」
『はい、またお会いできるといいですね』
僕はお婆さんを見送った。
少しずつ小さくなっていくお婆さんの後ろ姿を見ていた。
これもきっと、死ぬ間際の何かの運命なのだろう。
『今日という1日を大切に』と駅のロータリーに残された僕はつぶやいた。
振り返ると、夕日が沈みそうな空だった。
薄暗くも、オレンジ色に包まれた空が、また明日への準備を始めた。
『さて、帰りますか』
僕は体を自宅へと向け、家路に着いた。
帰り道。
辺りは暗くなり、家々が灯りをつけて家族団欒としている様子がわかった。
僕はいろんなことを考えた。
気づくと黒服3人集も後ろから付いてきていた。
僕は黒服3人集に聞いた。
『皆さん、今までいろんな人の死ぬ間際に立ち会ってきたんでしょ。今までの
人達って、だいたいこういう時どうしてたんですか?』
そう質問すると、屈強な男2人は首を傾げた。
『えっ、もしかして初めてなんですか、この仕事』
「実は…」と少し申し訳なさそうに頷いた。
『いかにもベテランって感じなのに。じゃあ、このおじさんは?』
そう質問すると、屈強な男2人は、手で「20」と表した。
『えっ!おじさんこの仕事20年してるの!?』
衝撃だった。
おじさんは、照れくさそうにした。
『いかにも素人って感じなのに…』
『どうなんですか。皆さんはどんな風に過ごすんですか?』と
僕はおじさんに聞いた。
おじさんは、ご飯を食べるジェスチャーをしたり、カップルを指差し2人で
過ごしたりする。いろんなことをジェスチャーで伝えた。
『やっぱ人それぞれなんですね』と僕は答えた。
そしておじさんは最後にこんなジェスチャーもした。
自分の手のひらを心臓に当て、ゆっくりと深呼吸をした。
『自分の気持ちに正直になれってこと?』
「その通り!」と言いたげに、僕を指差した。
そして周りにいた屈強な男2人は、おじさんに向かって「さすがです」と褒めるかのように拍手をした。
『相変わらず仲が良い3人だな』
黒服3人集が仲良くしているのを横目に、僕は思いつめた。
僕が最後にやり残したこと。
やはり、家族に『ありがとう』と伝えることだろう。
そう考えているうちに、僕は家の前まで着いていた。
『ついに着いちゃったな』
複雑な心境の中、僕は玄関の戸に手をかけた。
ガチャっと音を立て開けると、そこにはいつもの我が家の光景が広がっていた。温かく僕の帰りを迎え入れてくれていた。
『ただいま』と言い、僕はリビングに入る。
「あら、遅かったわね。どうだったの面接は」と母が声をかける。
『うん、自信だけはある感じかな』と僕は笑いながら答えた。
「そうなの!じゃあ受かったも同然ね!今、夕食の支度してるから待ってね」
『わかったよー』と言い、自分の部屋へ戻った。
僕はスーツを脱ぎ、部屋着に着替えをした。
鞄から面接本、面接ノート。そして母からもらったお守りを取り出した。
僕はそれを机に置くと、少し部屋の片付けを始めた。
片付けているうちに懐かしいものが出てきた。
僕はそれを少し眺めていた。
「佑樹、ご飯出来てるわよー」と下の階から母の声が聞こえた。
『今行くー』と僕は返事をし、リビングへと向かった。
リビングに着くと、僕が部屋の片付けをしているうちに帰ってきた親父が
先に夕食を食べていた。
『おかえり』と親父に声をかけた。
「おお、どうだった面接は?」
『うん、今までで一番良かったかも』
「そうか!それは良かったな!」と親父は嬉しそうに笑った。
『いやいや、結果がと届くまで分からないからね』と僕は返事をした。
そのやりとりを見ていた母が一言。
「ほら、早く食べないとご飯冷めるわよ」
「今日は佑樹が好きな唐揚げ作ったから、いっぱい食べてね」
テーブルにはたくさんの唐揚げ、ご飯、味噌汁、サラダが並べられていた。
母が作った、僕にとって人生最後の夕食。
『いただきます』
僕は箸を手に取り、母が作った唐揚げを食べた。
一つ、また一つと僕は唐揚げを口に運んだ。
「ほら、落ち着いて食べなさい」と母が声をかけ、僕の向かい側に座った
僕は、目の前にあるご飯に必死になって食べた。
『お母さん、今日の唐揚げは一段と増して美味しいよ』とポロっと言葉に出した。
その姿を見た母が一言、不思議そうに言った。
「どうしたのこの子は。泣きながらご飯食べて」
僕は、泣きじゃくりながらご飯を食べていた。
当たり前に食べていた母のご飯も、僕はもう食べることはない。
『美味い、美味いよ』と言い、僕は泣きながら食べた。
「私、何か変なものでも入れたかしら…」と母がまた不思議そうに言った。
『ごちそうさまでした』
出された料理を残さず食べた。
僕は、空になった食器を台所へ持っていった。
「食べ終わった食器、水につけといて」と母が言い、僕は言われた通りにした。
台所からリビングへ行き、ソファーに座る母に僕は一言、声をかけた。
『いつも、何から何までお世話をしてくれてありがとう』
僕は素直な気持ち、感謝の言葉を伝えた。
「何言ってるの。母親なんだから当たり前でしょ」と優しく答える母。
「でもね、たまに心配になるの」
「もし、佑樹が一人暮らしとか始めて、この家にいなくなったらなって」
「なんだか家族にぽっかり穴が開いたようで、悲しくなるじゃない」
「お母さんもそのうち佑樹が家を離れることもわかってるの。だから、その時はちゃんと言うのよ。引っ越し準備とか手伝うからね」
僕はうつむいたまま、返す言葉が見つからなかった。
『今日、僕は死ぬ。家族と過ごすのは今日で最後なんだ』
そう言いたかった。でもその言葉を口に出すことはできない。
どうしようもできない気持ちが、僕を襲った。
「じゃあ、洗い物でもしようかしら」
そう言うと、母は台所へ向かった。
少しして先にご飯を食べ終わっていた親父が、お風呂からリビングへ戻ってきた。親父は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぎ、それを手に持ちソファーへと腰掛けた。
そして、親父はテレビのリモコンを手に取るとザッピングし始めた。
僕は、親父に声をかけた。
『僕、親父みたいな人になりたくて、いろいろ頑張ってみたんだよね』
『自分が小さい頃、人前に出るのが怖がっていたのを、親父が勇気づけてくれて。だから、ありがとう』
親父にも感謝の言葉を伝えた。
「そうだな。佑樹は小さい頃はオドオドしてたから、男らしくないなってずっと思ってたな。でも、今じゃしっかり者に育って」
「もう自慢の息子…」
「っていうのはまだ早い!お前はまだまだ大人として、男として。足りないものがあるからな」
『足りないもの?』
「家族を持つことだ」
「男は外で戦って家族を守る。これから佑樹がすることなんだぞ」
「父さんは、それができる子だって信じてるからな」
「まあ、佑樹が父さんを超えるなんて無理だけどな!ハッハッハッ」と大声で
笑った。
そのやりとりを見ていた母が間に入ってきた。
「ちょっとお父さん、また調子いいこと言って。絶対、佑樹の方がしっかりしたお父さんになってるわ」と笑いながら言った。
僕はこんな幸せな家族で暮らせたことを、誇りに思う。
世界で1番幸せな家族に違いないだろう。
「ただいまー」
玄関の方で妹の声が聞こえた。
ガチャっとリビングのドアが開き、美奈が帰ってきた。
「美奈、おかえりなさい。ご飯はどうする?」
「先、お風呂入ってからにする。汗かいて疲れちゃったし」
妹がそう言うと、風呂場へと向かっていた。
僕は、妹に最後の挨拶をするまで、リビングで待つことにした。
15分後。
妹が風呂場から戻ってきた。
僕は、妹に声をかけた。
『美奈、今日はお疲れ様。どうだった部活は?』
「別にいつも通りだったけど。私になんか用?」
『いや、別になんでもないんだけど』
「それより、今日の面接どうだったの?」
『うん、まあまあ自信はあるけど』
「ふーん、良かったじゃん」
そう言うと、妹はテーブルにつき、母が用意していた晩ご飯を食べ始めた。
僕は『ありがとう』と言うタイミングを伺った。
しばしの沈黙があったが、その時は急にやってきた。
「受かってるといいね。面接」と妹が言った。
妹の不意のデレた発言に、一瞬返す言葉が出てこなかったが、その後、僕は調子よく言った。
『いつもそっけないくせに、たまにデレるよな』
「は?なにそれ?あーあ、ムカつく。余計なこと言うんじゃなかった」
と妹がふくれっ面になった。
『美奈、いつもありがとうな。なんだかんだ、優しいのは知ってるからな』
僕は、ようやく『ありがとう』を伝えることができた。
「どうしたの急に。お兄ちゃん気持ち悪いよ」
僕の言葉を妹は煙たがっていたが、そこには家族愛というものがあった。
僕は、簡単ではあったが、最後の『ありがとう』を伝えた。
もう思い残すことはない。
僕は最後の挨拶をした。
『じゃあ、また明日。おやすみなさい』
僕は自分の部屋に戻った。
部屋に戻ると、黒服3人集が待っていた。
腕時計を見ると時刻は23時。残す時間は1時間を切った。
最後の服装ってしっかりしたほうがいいのか?ラフな格好でもいいのかな?
と、どうでもいいことで悩んだが、普段、学校へ行く時の服装に着替えた。
そして、1枚の写真を自分の勉強机に置いた。
『これでよし』
目をつぶり、深呼吸をした。
ゆっくりと呼吸を整え、目を開けた。
僕は振り向き、黒服3人集に声をかけた。
『じゃあ、行こうか』
そう言うと、黒服3人集は真剣な顔で頷いた。
僕は1階へと降りた。
リビングは暗くなっており、そこに誰もいなかった。
そのまま玄関へ向かい、靴を収納している棚からいつも履いているスニーカーを手に取った。
靴紐を締め直し、僕は立ち上がった。
『それじゃあ、行ってきます』
僕は玄関の戸に手をかけ、真夜中の外へと繰り出した。
あたりは真っ暗だった。
僕は少しずつ事故現場へと足を運んだ。
明日自分が死んだことを知ったら、どう思うのかな。
僕がいなくなったことで、何が変わるのか。
いろんなことを考えた。
暗闇を歩いていると、見覚えのある現場に着いた。
今日、僕が死んだ場所。
そこは、よく事件現場で見るような光景というべきだろうか。
僕が倒れこんだように白線が引かれていた。
『僕がこの白線のように倒れこめばいいのか?』と黒服3人集に聞いた。
「そうだ」と黒服3人集は頷く。
僕は、白線の形に合わせて倒れこんだ。
腕時計の時刻は、23時59分を指していた。
残り時間は、あと1分を切った。
『今日はありがとうございました。僕なんかのために1日付き合ってもらって』
僕は、黒服3人集にお礼を言った。
「いえいえ」と言わんばかりに、黒服3人集は首を振った。
僕は黒服3人集の姿を見届け、そして目をつぶった。
腕時計の秒針の音が聞こえる。
1秒。また1秒と針が動いたのがわかった。
【いい日は幾らでもある。手に入れるのが難しいのはいい人生だ】
僕は人生最後の時間を、最高な形で終わらせることができた。
『ありがとう。そして、さようなら』
ピピピ、ピピピと、どこかで腕時計の鳴る音が聞こえた。
「お母さん!見て!」
安藤早紀が大声をあげた。
「お母さん、内定!内定もらえたの!!」
念願叶っての内定。安藤は喜びのあまり飛びはねた。
「木村さん聞こえてますか?私、内定もらいました。面接直前、木村さんの言葉で受かることができました」
安藤は、天に向かって言った。
「木村さん、ありがとうございました。私、頑張りますね」
木村家
「美奈、起きて。朝ごはん出来てるわよ」
1階にいる母が、声をかける。
「はーい」と私は答えた。
布団から出て立ち上がり、両腕を上げ、少し伸びをした。
「今日も1日頑張るぞ」
そう呟くと、私は1階へ降りた。
リビングへ向かうと、テーブルには母が作った朝食が並べられていた。
私は席について朝食を食べる。
「いただきます。お母さん、お弁当もう出来てる?」
「もう少しで出来るわよ」
「ありがとう」
私が朝食を食べ始めてから少しして、父が降りてきた。
「お父さん、今日は帰り遅かったりするの?」と母が聞いた。
「いや、今日も定時で帰ってくるよ」と父は答えた。
「じゃあ、夕飯はいつもの時間に出来上がってるようにしますね」
「うん、そうしてくれ」
そんな話しをしていると母と父を横目に前に、私はいそいそと朝食を食べ終え、また自分の部屋に戻り、学校へ行く仕度を始めた。
パジャマから制服に着替えた。
そして鏡を見て、髪の毛をセットした。
髪の毛をセットし終えて、鞄の中身を確認した。
「教科書にノート。それから部活で使う服に…よし、準備できた」
私は鞄を持つと、また1階へと降りた。
「美奈、今日はずいぶんと慌ただしいな」と父が声をかけた。
「今日はテストで、早めに学校へ行って、テストの復習をするのよね」
母が今日の私の日程について教えていた。
「そうか。じゃ、お父さんから、気合いが入る一言を」
「美奈、いいか。テストは焦らずじっくりと…」
「お母さん、お弁当ちょうだい!」
私は、父の言葉を遮った。
「はいはい、テスト頑張ってね」
私は母からお弁当を受け取った。
「学校、気をつけて行くのよ」と母は笑顔で見送ってくれた。
「ありがとう、行ってきます!」
私は母の見送りの言葉に返事をした。
そして「また、無視された…」とちょっとだけ拗ねた様子で言った父は、
また席につき朝食を食べ始めていた。
私は、靴が収納されている棚からローファーを手に取った。
「もう、お父さんは朝からうるさいなぁ…」
「ほんと、お兄ちゃんそっくり」
私は、玄関に置いてある家族写真に向かって話した。
そこには、兄を含め、家族全員が笑っている姿があった。
「お兄ちゃん、ほんといい笑顔」
私はその写真を見て、少しだけ兄から元気をもらえた気がした。
「じゃあ、お兄ちゃん行ってくるね」
靴をしっかりと履き、玄関の戸に手をかけた。
ガチャと玄関を開け、私は学校へ向かった。
「今日も素晴らしい1日にするんだ!」
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