奇談数編
黒崎葦雀
モンノキさん
「昔は畑の中にお宮があってねぇ。『モンノキさん』って呼ばれてただよ」
おばあさんは、遠い目を畑の方へ向けながら話始めた。
「戦時中は、空襲なんかがあると、そこに近所の人や隣町の人なんかがみんな集まってね、おさまるのを待ったものさ。そんなときは不思議と雨がふってねぇ。よけいに視界も悪くなったんじゃねえけ。そこが被害にあうことは一度もなかっただよ」
そう言って、以前そのお宮があった方向を指差した。
「ところが終戦後、近所のお宮を一つにしようってことになって、それがホラ、今あの角にある神社だよ」
今度はさっきと逆の方向を指差して言った。
「そんときにね、うちで御神体をあずかっただけど……その日からうちのお母ちゃんがおかしな夢を見るようになっただよ」
おばあさんは少しまじめな顔になった。
「夢にね、白い狐が出てくるんだと。どこからともなくやってきて、うちの中に入っていく。で、入ったかと思うと出て行って、今度は子狐をくわえて戻ってくるんだと。そんな夢をね、毎晩見たそうだよ」
自分は興味深くその話を聴いていたが、何だったんでしょうね? と尋ねると、
「さあてねぇ……やっぱり御神体をあずかってたからじゃねえけ? お宮からお引越しってこんずらよ」
と笑いながら言った。このおばあさんは体格のわりには豪快な笑い方をする。それが面白くて自分もつられて笑った。
「だけんどね……」
おばあさんは続けた。
「終戦後が本当の戦争だっただよ。外国の兵隊さんたちが、家の中のものみぃんな持ってっちまう。隣近所も相当やられてねえ……でもそんな中、不思議なことにうちだけ何もとられなかったのさ。これは『モンノキさん』のご利益じゃねえけってお母ちゃんと話したもんだよ。だからね……」
と、お茶をすすってから、
「神さんも仏さんもいないって言うけど、必ずしもそういうわけではないんだよ」
そう言ってまた豪快に笑った。
自分も、そのとおりかもしれない、と思いながらまたつられて笑った。
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