第122話 迷子

「おし、HRはこんな所でいいだろ。

 各自役割に従って移動開始!

 特に今日やることないやつも、開始15分前にはちゃんと着席しとくように!」

「はーい!」


 入学式の朝。

 簡単なHRを済ませると、伊織音先生の号令のもとみんなが移動を始める。

 時計を見るとまだ8時45分。

 10時開始だからまだちょっと余裕はあるけど、保護者の方々の受付は9時には始まるので、その担当の子たちは走っていった。

 普段だと廊下を走ってたら先生に怒られる所だけど、流石に今日は見ないふりしてくれている。

 間に合わない方が困っちゃうからね。


 逆に、特にやることない組(事前準備メインの子たち)は教室に残ってお喋りしてる。

 私は、と言えば。

 司会進行を仰せつかっているので、ちょっとだけ早めに行かないといけない。

 とりあえず生徒会室に入学式の進行表を取りに行って(家に忘れると困るので、置いといたのだ)、ついでにお手洗いに行っとこう。

 なんだかんだで結構時間かかるしね。



「あ、おねぇ」

 生徒会室に着くと、ちょうどなゆが出てくる所だった。

「あれ、なゆも生徒会室に用?」

「うん。

 コレを取りに」

 そう言って見せてくれたのは、私が取りに来たのと同じ『入学式の進行表』だった。

「なゆも生徒会室に置いてたの?」

「“も”ってことは、おねぇも?」

「うん」

 さすが双子、考えてることは同じだったみたい。

「なゆはお手洗い済ませた?」

「うん、行った」

「そか、じゃあ先行ってて。

 私これから」

「遅くならないようにね」

「わかってるよー」


 うちの学校は春にはクラス替えがないものだから、今年もなゆとは別のクラスのままだ。

 秋に理系と文系が分かれるらしいんだけど……まだどっちにするか決まってない。

 数学が苦手だったので、文系一択、って思ってたけど、めぐみ先輩のお仕事を見学させてもらってから、だいぶ揺れてる。

 将来の夢をプラネタリウムクリエイターに決めたわけじゃないけど、こういう道もあるんだ、って思ったら数学を理由に文系にしちゃうのももったいないって。

 前にトラ先輩とステラ先輩に、最初から理系を選択肢から外しちゃうと本当にやりたいことが見つけられなくなるかもよ、と言われた意味がすごくよくわかった。

 でも、ほんっと数学苦手なんだよねぇ……。


 っと、とりあえず悩むのは後だ。

 早く体育館へ行かないと、ケイ先輩に怒られちゃう。

 ……おや?


「うー、体育館はどこだろう……」

 お手洗いから出た私の視界に、一人の女の子が立っていた。

 探しものでもしているのか、行き先が定まらない感じであっちこっちとふらふらしている。

 上履きの色が緑だから……えっと1年生だ。

「ねぇ、新入生だよね? どうしたの?」

「あ、えっと……」

 去年のことなのでうろ覚えだけど、確か一旦教室で集まってからみんなで移動、だったはず。

 だから、普通は一人でいるってことはないはずなんだけど。

 と、ここまで考えてふと去年のことを思い出す。

「もしかして、迷子?」

 な~んて、そんなわけが――

「そうなんスよ~」

 ――あったよ。

 うん、私も迷子になったしね。


「よし、それじゃ一緒に行こっか」

「ありがとうございます!

 このままたどり着かなかったらどうしようかと思ってたッスよ……」

「この学校広いからねぇ」

「ほんとッスねぇ」


「私、星空すばる。見ての通り2年生よ」

 体育館までずっと黙ってるのもアレなので、お話をしながら向かう。

「あ、自分は湊《みなと》舞亜《まいあ》ッス!」

「よろしくね~」

 舞亜ちゃんは、私よりちょっと背が低く(といっても私もたいして大きくないけど)、くりくりっとした目が可愛い元気っ子だ。

 肩ぐらいまでの髪が一歩ごとにふわふわと揺れて、なんというか……こういうワンちゃんいるよねぇ、って感じ。

 ないはずの尻尾がパタパタ揺れてるのが見えてきそうだ。


「ふふ、それにしても懐かしいな~」

「懐かしい?」

「実はね、私も去年迷子になったの。

 お手洗い行ってる間に置いていかれちゃってねー。

 で、その時も優しい先輩に助けてもらって――って、これじゃ自分が『優しい』先輩、って言ってるみたいだね。

 えっと、そうじゃなくて……」

「星空先輩は優しいッスよ!」

 ああ、そんなキラキラしたお目々で見られると、すっごく恥ずかしいっ!

「あ、ありがと……。

 で、でも、ほんと、もう少しコンパクトにならないかな、この学校。

 入学したての頃なんてしょっちゅう迷子になってたもん。

 こういう話すると、なゆなんか『おねぇが方向音痴なだけだよ』って言うんだよ、ひどいと思わない?

 あ、なゆ、っていうのは、私の双子の妹で、本当は『なゆた』って名前なんだけど。

 そうそう、だから、私のことは『すばる』って呼んでね。

 えーっとそれで……何の話だっけ?」

 あんな風にまっすぐ褒められることってないから、ついつい変なことまで喋ってしまった気がする。

「この学校広い、って話ッス」

「そうだったそうだった。

 で……何の話しようとしてたのか忘れちゃった」

 うぅ、格好いい先輩への道は遠いなぁ。

「あはは。

 星空先輩……じゃなくて、すばる先輩? って呼んでいいんスかね?」

「うん、それでいいよー」

「はいッス。

 先輩は双子さんなんスね~。

 自分、一人っ子なんでなんか羨ましいッス」

「そう?

 逆に、私は生まれた時から二人だから、一人っ子ってのが想像できないな~」

「気楽ッスけど、うち両親が共働きなんでたまに寂しいッスね」

「そういうもんか~」


 そんなこんなお話してたら、体育館が見えてきた。

「舞亜ちゃんって何組?」

「自分は星組ッスね」

「んー、だったら、あの辺、かな?」

 いくつかある塊のうちの一つを指差す。

 学年が違ってもそれぞれの組の集まる場所はそう変わんないだろうし。

「あ! 友達がいたッス! よかったー!

 すばる先輩、ありがとうございましたー!」

「うん、気をつけてね~」


 よし、私も行かないと。

「あ、おねぇ、いた。

 遅いからどうしたのかと思った」

 どうやら探しに来てくれたみたい。

 うんうん、うちの妹はほんと優しくていい子だ。

「心配してくれたの? ありがとー。

 お手洗い行ってたら、迷子の新入生がいてさー」

「去年のおねぇみたいに?」

「も、もう大丈夫だよ!!」

 たまにしか迷子にならないし!

「……うん、そうだね」

 むぅ、さっき感謝を返して欲しいものだよ、まったく。

「っと、遊んでる場合じゃないや、早く行かないと」

「うん」

 新入生の脇をすり抜けるように体育館に入る。

 進行表もちゃんと持ったし、さて一仕事頑張るとしましょうかね。

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流れ星を手のひらに ただみかえで @tadami_kaede

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