番外編 その10
番外編10 決断の時
春休みもあと僅か。
新入生歓迎会の準備もあらかた落ち着いた、そんな春のある日。
私、星空なゆたは、人生最大の決断を迫られていた。
「そっか、もう、今日なんだね……」
パソコンに映し出されたとある記事を見て、つい声に出してしまう。
こんな所をおねぇに見られたら、きっと変に心配をさせてしまう。
もう、半年になるかな。
初めてこれに関する記事を見たのは。
わかってはいたことだけど、“その日”が来てしまうことを知らされたのは、本当にショックだった。
あまりのショックで眠れなかったほどだ。
そして今日。
ずっと見ないふりをし続けてきたけれど。
“その日”が来てしまった以上、もう目を背けることはできない。
時の流れというのは、なんて残酷なんだろう。
今日なんて来なければよかったのに……。
仕方がない。
嘆いていた所で時間が巻き戻るわけでもないし。
覚悟を決めるしかない。
私には、どちらかを選ぶしか道はないのだ。
「あれ? なゆ、どっか行くの?」
「おねぇ……うん、ちょっと、ね」
心配をかけないように、と思ったのに、歯切れの悪い返事をしてしまう。
「……なゆ? なんか、具合悪い?」
そういうなり、私と自分のおでこに手のひらを当てて熱を図る仕草をするおねぇ。
「んー、熱はないかなー?
顔色も悪くはないし……あ! そか、今日、か……」
普段鈍いくせに、こういう所だけ鋭いんだから、困ったものだ。
「うん、そう……」
「そっか……」
何かを言おうとして、お互いうまい言葉が見つからず、黙ってしまう。
「んと……行ってくるね」
「あ、うん。
行ってらっしゃい」
ゆっくりと道を歩く。
今日はとても天気がよく、ぽかぽかと優しい日差が気持ちいい。
まさにお散歩日和、といったところか。
明確な目的地を持って歩いているので、厳密には散歩とは言わないかもしれないけど。
……このままどっか別の所に行ってしまおうかな。
なんて。
そんなことできるわけないけど。
せめて、いつもよりちょっと遠くまで足を伸ばしてみるか。
駅から電車で3駅。
平日の昼間だからか、電車は空いていた。
流れていく景色を眺めながら、まだ私はどちらを選ぶか決めかねていた。
いや、ここまで来ていて何を言っているのか。
今この電車に乗っていることが、その答えだというのに。
「ああ、来てしまった……」
当たり前の話だけど。
歩けば前に進む。
目的地に向かっているのだから、そうして進んでいれば到着してしまう。
わかってて来たのに、“帰る”という選択肢を選ばなかったのに。
知りたいのに知りたくない。
見たいのに見たくない。
ああもう、どうしたらいいのか。
「お、星空……えーっと、その髪型は妹の方か。
こんな所で会うなんて珍しいな、お前の家はもっと遠かったろう?」
もうどうしていいかわからなくなって、椅子に座り込んでいた所に、思いがけない人物が現れた。
「伊織音先生……?
どうして、こんな所に?」
「どうしてもなにも、買い物以外ないだろう」
ガサッ、という音と共に見せられたのは、本屋さんのビニール袋。
透明ではないので中身はわからないが、そこそこ重そうな雰囲気を感じる。
「もしかして先生も?」
「ん? ということは、お前もか」
「そう、なんですけど。
ここまで来て、買うかどうか悩んでるんです」
「わざわざこんな遠くまで来て、おかしなやつだな」
「だって――
ヘンリーウォルターシリーズの最終巻ですよ! 最終巻!!
すっごく好きな作品だから、ちゃんと読みたいけど、読んでしまったら終わっちゃうじゃないですか!
半年前に『裏返る世界』ってサブタイトルを見た時から、気になって仕方がなかったのに。
読んだら終わっちゃう、って思ったらどうしていいかわかんなくなって!!」
ついつい勢いよくまくし立ててしまった。
自分でも私らしくないって思うけど、先生も同じみたいで、
「お、おう。
てか、お前が読まなくても終わってるけどな」
って、なんだかおかしな返事が返ってきた。
「いや、はい、そうなんですけど……ぷっ、ほんと、そうですね、あはは」
それがあまりにもおかしくて。
妙にテンパってる私もおかしいし、そんな生徒を前にすごく真っ当な返事をする先生もおかしいし。
その上、急に笑い出した私を見て目をまんまるにしている先生の顔を見たら、何をこんな深刻になってたんだろう、って余計おかしくなってしまって。
しばらく笑いが止まらなかった。
「それじゃ先生」
「ん、気をつけて帰れよ」
「あ、それと。
さっきのことはみんなには……」
「言わん言わん。
ま、お前にもそんな一面がある、ってのは面白かったけどな」
「先生!」
「あっはっは、また学校でな」
ニヤッと笑って、そのまま先生は歩いていってしまった。
さて。
私も帰ろう。
明日はまだ春休みでよかった。
どう考えても、今夜は眠れそうにはない。
ガサッ、と音を立てながら、先生とは逆方向へ足を進めていくのだった。
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