第23話 この先輩を知っている気がする

「あ、あの、星空すばる、です。

 1年生で、ケイ先輩にはとてもお世話になってます」

絵尾えおすみれ、今は流星大生で、前生徒会長!」

「え……?」

「すばるん……気持ちはわかるけど、本当にこう見えて大学生なのよ」

「ちょっと、ケイー!

 『こう見えて』は余計でしょー!」

 言いながらバシバシとケイ先輩を叩いて……あ、あれ、結構痛そう。

 本当に……先輩……なんだ……。


 しかし、ケイ先輩がたじたじになっているのは新鮮ではあるとしても。

 ただそれだけ・・・・・・っていうんじゃない、なんか変な雰囲気。

 なんだろう、久しぶりにOGに会った、って感じじゃないんだよなぁ。

 苦手っていうのとはまた違うっぽいけど。

 むむむ。


「やー、ごめんなー、すばる。

 あ、すばる、って呼んでいい? てか呼ぶね!」

「あ、はい、ど、どうぞ……」

 すごい勢い。

 気圧されてしまう。

 結局、席が全然空いてないってことで、狭いテーブルに無理やり3人で座ってご飯を食べることになった。

 奥側の椅子がソファだったので、そこにケイ先輩とすみれ先輩がぎゅうぎゅうに詰めて座っている。

 ……ちょっと密着し過ぎでは??


「私、イタリア暮らしのほうが長くてさー。

 ついついやっちゃうんだよねー」

「やっちゃうっていうと……ああ、頬にキスするの」

「そそ」

 なるほど。

 そういえば外国では挨拶だって、映画とかテレビとかでたまに見る。

 ……ん? いや、本当にキスはしないんじゃないっけ!?

 確か、『近づけて音を鳴らすだけ』って聞いたことが……。

「だから、前にも言ったじゃないですか。

 そういうのを、勢いだけでやっては、日本人はその……みんなびっくりするんです」

「わーったわーった。

 だからそんな目くじら立てて怒るなよー。

 それともあれかー? ヤキモチ焼いてるのかー?」

「ちがいます!!」


 ああ、私の知らないケイ先輩がいる。

 当たり前だけど、そうだよね。

 私が入学する前のケイ先輩だっていたんだよね。

 誰の先輩でもなかった頃の、私の先輩。


 それにしても、何かがひっかかる。

 初めて会ったはずなのに。

 ――私、この先輩を知っている気がする。


「ごちそうさまでした。

 お皿、戻してきちゃいますねー」

 いつも宅配で食べるピザと違って、パリパリっとした生地でとても美味しかった。

 あのサイズを想定していたので、食べ切れそうな大きさで出てきた時は安心した。

「お、んじゃ、私も置いてこよー」

「ケイ先輩のも持っていっちゃいますね」

 私が一番遅かったこともあって、みんな食べ終わるのを待っててくれていた。

 お礼の意味もこめて、ケイ先輩の分のトレイを持ち上げる。

「……え? あ、ああ、ありがとう……」

「いえいえー」

 ちょっとぼんやりしてる??

 具合悪いのかな?


 さて。

 この後はケイ先輩のお買い物、って言ってたけど、何買うんだろー?

 少し体調悪そうけど大丈夫だろうか。

「ただいまです」

「……あ、おかえりなさい」

 うーん、顔が赤いわけではないから熱はなさそうだけど。

「戻ったよー。

 で、この後どうするの?

 買い物だったら、私も一緒に行ってもいいー?」

「あ、この後ですねー……」

「ご、ごめんなさいすみれ先輩!

 もう、今日の分の、お買い物は……お、終わってるんです!」

 やっぱり体調がよくないのかな。

 でも、『体調が悪い』ならそう言えばよさそうだけど、そういうわけじゃないのかな?

 ……あれ?

 ケイ先輩の買い物があるはずなのに『終わってる』??

 さっき、この後何か買いたいものがあるって、言ってた……よね。


 そう言いかけた……んだけど、ふとこっちを見るケイ先輩の目に、言葉が出てこなくなった……。


『ごめん、合わせて』


 なぜか、そう言ってるように見えたんだ。

「なんだー、そっか。

 んじゃ、一緒に帰るか。

 方向一緒だろ?」

「あ、いや、その……。

 ……この後、学校に行かないと、なんです。

 生徒会、と……て、天体観測部の、買い出しだった、ので……」

「天体観測部……。

 復活……したんだ。

 ……おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

「うーん、じゃあ、しょうがないか……。

 また今度な!」

「あ、はい」

 すごくあっさりとそう言うと、するっと振り返り去っていってしまった。

 台風のような人だった……。

「すばるん、ごめん。

 今日はこれで帰ろう……」

「はい、わかりました」

 残念ではあるけど、ケイ先輩の様子がおかしくて。

 私はそれに従うことにした。

 どうしちゃったんだろう?


「すみれ先輩にああ言った手前一旦学校に寄っていくから、すばるん、1人で帰れる?」

「それなら私も一緒に行きますよ!」

「ごめん……。

 ちょっと1人になりたいから、今日は……ね」

「……はい。

 って、顔真っ青ですよ!? 大丈夫ですか!?」

「なにも!

 今日は、なにも聞かないで……」


 何かを胸の中で握りつぶしたような、辛くて辛くてどうしようもないような、そんな顔でそう言われてしまったら、もう、私にはなにも言えなかった。

 このまま1人にしたくない、そう思ったけど。

 けど……

「はい、わかりました……。

 本当に、大丈夫なんですよね?」

「うん、大丈夫……大丈夫、だから」

 そう返す顔はちっとも大丈夫には見えなかったけど……それ以上なにも言わずその日は別れた。


 ――帰り道。

 電車の中で今日のことを思い出す。

 前半のお買い物はとても楽しかった。

 ケイ先輩も笑っていたし、傘を見て回ったときもニコニコしていた。

 体調が悪い、ということもなさそうだった。

 実際、ご飯の後も何かを買いたいから付き合ってね、って言ってたくらいだし。


 と、なると、やっぱり様子がおかしくなったのはすみれ先輩の登場から。

 イタリア帰り、って言ってたっけ。

 いきなりほっぺにキスしてたのはびっくりしたな。

 初対面からぐいぐい来るのは外国の感覚なんだろうか。

 ちっちゃくてボーイッシュで、でも実は私よりもケイ先輩よりも、それこそトラ先輩やステラ先輩よりもさらに先輩で。

 もう卒業しちゃってて。

 ……そういえば、『天体観測部』って言った途端くるっと帰ったような……気が…………。


「あ!!!!!!!!」

 電車の中だと言うのに、つい、声が出てしまった。

 周りの人の注目を集めてしまって、ちょっと恥ずかしい。

 けど――


 ずっと何かが引っかかっていて、それがすごく気持ち悪かった。

 なんでか知っている気がしていた、すみれ先輩。

 そうだ。

 きっと、そうに違いない。

 むしろなんで気づかなかったんだろう、っていうくらい。


 すみれ先輩が、天体観測部が休部になった『あの先輩』なんだ……。

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