第三話 新しい相棒 

 朝焼けで空が紫がかった頃。

 砂漠デザート塗装の自動車が、乾いた土を巻き上げて走っていた。

 痩せて荒れ果てた荒野は、風が吹けば砂埃が粉を吹くように渦巻く。

 見かける動物の骨は、何年も前に既に風化して土になっていた。


 橋の下の河はヘドロが流れ、臭いは届かないが間違いなく悪臭しかしないだろう。いたるところが淀んでおり、ガスの泡が吹き出ていた。

 この橋もほぼ整備されていないが、作りがしっかりしていたお陰か今も自動車一台くらいなら通れる。


「これが凰都の本当の姿、ですか」

 ハンドルを握る聖明依は、助手席のアマシアをちらっと見た。

 ふたりとも、比較的ラフな服装である。傍から見れば、ドライブ好きの友達に見えるだろう。

「そうよ。セントラルから外れた地域は、どこも辺境なの。それにしても、聖明依ちゃんの初ドライブが『凰都の土死どし』なんてついてないわね」

「あれのために免許を取ったようなものですから」

 バックミラーからトランクを覗き込んだ。あの中には結界や電子的に厳重に保管された䰠胤が入っている。

「朝会った時は驚いたわよ。当然の顔して『昨日、免許取りに行きます』って言って本当に一発で取るんだもの。さすが天才ね」

「一時間位は勉強しましたよ」

「あのね、聖明依ちゃん。それが『天才』って言うのよ」

 聖明依はアマシアの言い置くような台詞をスルーし、私服の内ポケットからペンダントを取り出した。


「忘れるところでした。これ、先輩に差し上げます」

「なになに、プレゼント? 綺麗。赤いARギミックついてるじゃない」

「バディを組んだお祝いです」

「わぁ、ありがとう。聖明依ちゃんからの初めてのプレゼント、大切にするね」

「できたら、肌身離さずにお願いします。耐水製にしてます」

「うんうん。ごめん、私なにも用意してなかった」

「気にしないでください。途中の駐屯所で運転変わってくれればいいですから」

「それだけじゃ駄目よ! 後で何か考えおくねっ」

「期待してます」


 アマシアとバディを組むように提案したのは、聖明依からだった。

 その理由は、天空とアマシアに何らかの繋がりがあるのではないかと睨んだからだ。

 彼女と出会ってから、常に展開している探知結界に人影が引っかかる。なにより、クロアが独りになり䰠に落とされたときも、署内があんな人手不足な事態にならなければ不可能だ。

 何より、天空への仇討ちを知っているのは将校とアマシアだけだ。

 もちろん、将校への疑いも晴らさねばならないが、師匠に向かって心から供養を捧げていた人が天空に加担しているなんて信じたくはなかった。



 2時間弱で駐屯所付近に到着した。

 車両ゲートを抜け、洗浄が済むとようやく車から降りることが出来た。

「んぅんんー……。思ったり疲れました」

 聖明依が大きく背伸びをし、両手をだらりと下げる。すると胸が弾み、自分にこれもあったことを思い出した。

「初めての運転で十キロ以上走ったら、無理もないわ」

「肩もこりました」

「背もたれにもたれないからよ。とにかく休憩所に行きましょ」


 駐屯所は、一般人にも開放されている休憩所があった。

 訪れている人々はみな疲れた様子だったが、ほっと一息ついた様子だった。

「大した施設でもないのに、皆さんくつろいでますね」

「理由は、あの制服剣警たちよ」

「どうしてですか?」

「この地域一帯は、盗賊やらモンスターやらで治安が悪いのよ」

「ここで強盗ですか?」

「ガスマスクをして武装している盗賊がいるの。ここらじゃ『マスクガン』て呼ばれてるわ」

「詳しいんですね」

「デスクに座っていれば、他所の情報も流れてくるのよ」


 軽食を取った後、お茶を飲んでいるとアマシアが話しかけた。

「ねえ、その敬語やめにしない?」

「どうしてですか?」

「階級は、聖明依ちゃんが上でしょ? うちは年に関係なく階級縦社会だからさ。それにこれからもずっと組むんだし」

「では、男言葉と友人言葉、どちらがいいか選んでください」

「男言葉は?」

 んん、と喉を慣らして話し始めた。

「クロアのときもこの言葉遣いだったが、こっちが仕事をしている感じがしてていい」

「やんっ。いいわね♪ もう一つは?」

 今度は肩の力を抜いて、笑顔で話しかけた。

「こっちは最近は凰鴆としか使っていないけれど、仲のいい人と使うようにしてる」

「じゃあ、友達口調で。私、堅苦しいの苦手で」

「だと思った。いいよ」

「じゃあ今度は、アマシアお姉さんと呼んで」

「それは……、先輩では駄目?」

「いいじゃない」

「はあ。……では、アマシアお姉さん。これからよろしくね」

「はい、よろしく。うふふ」


 剣警たちの様子が慌ただしい。

 聖明依は、男性剣警に声をかけた。

「何かあったんですか」

「なんでもありません。ただの交代です」

 聖明依が月桂のデバイスを見せると、男性は休憩所を出るように促した。

 アマシアもついていく。


 改めて聖明依が尋ねると、男性は暗い顔をして言った。

「また出たんです。S級のモンスターが」

「S級って軍事レベルでしょ。応援は?」

「無理ですよ、こんな辺境じゃ。魔硫式兵装で装備を固めて迎え撃つしかありません。大丈夫です、檄・剣警隊おふたりの出番はありませんよ」

「もうひとつ、いい? 『また出た』てどういうこと?」

「ここ一ヶ月前から、急に出現頻度があがって。と言っても週に一回でしたが、今回は二度目のやつで」

「そのモンスター、ダイアモンド落さないか?」

「そうです! 三体に一体くらいは。一応、放射能汚染も考慮して、保管してます」

「やっぱりか」

 聖明依がアマシアに目を向け、頷いた。

「じゃあまさか……」

「私を同行させてくれ。そのS級の専門家だ、おそらくな」

「え⁉ 聖明依ちゃん、外は汚染されているのよ」

 男性も驚いて止めようとしたが、首を振った。

「嫌な予感がするの」

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