復讐✭メタリック

瑠輝愛

序章 過去

聖明依が愛していた人々

 槇村聖明依せいめいは、桃源神宮で生を受け育った。

 安倍晴明の名を受け継いだ才能の片鱗は齢9歳にして開花していた。


 赤い大輪の菊を思わせる美しい少女だった。

 翡翠のように透き通った瞳に、絹のような黒い髪を束ねて歩く巫女装束の姿は、まさに浮世離れしていた。


 ときには、誰もが行使できる術であるべきだと、陰陽術そのものを簡略化しそれを助ける道具を発明し周囲を驚かせた。


 分家の家柄であるにも関わらず、両親が鬼煌帝《紅桜》の継承者を師として紹介してくれたときは驚いた。

「はじめまして、聖明依。私が君の師になる霧島朝歩実あさふみだ」

 と自己紹介してこられた。

 聖明依はお辞儀をした。そしてその天然の紅が浮き出た唇で、三日月を描いた微笑みで挨拶した。

「よろしくお願いします。両親のため、何より一人前の陰陽騎兵になるために頑張ります」

「うん。いい返事だ」

 顔をくしゃっとする笑顔が印象的だった。


 背がとても高く、父親よりも頭ひとつ分大きかった。胸は母親と同じくらいの服からわかる程度の大きさで、引き締まったウエストに丸いお尻が目立っていた。本来の長い髪を頭の上に結わえており、それを孔雀の羽の形をした髪留めでとめていた。

 師匠のお尻を褒めようとして「桃みたい」と言ったら、顔を真っ赤にして怒られたことがあった。その時はお互い家族のように笑って済んだが、稽古では違った。


 それは朝歩実が稽古では、一切妥協を赦さない人だったのだ。

「ほらっ。死角からの斬撃、聖明依は何回死んだら気が済むの!」

 そのたびに聖明依は、唇を一文字につぐんで食いしばった。

「申し訳ありません。てやっ」



 そして朝歩実が驚くくらいに、聖明依は強く賢く成長していった。

 そんなある日、聖明依が手作りのうぐいす饅頭を朝歩実に差し入れたときのことだ。

 お気に入りであるはずの聖明依の饅頭を一口つけた後、皿に戻した。

「師匠、お口に合いませんでしたか?」

 聖明依が不安そうに聞くと、朝歩実が真剣な顔を真っ直ぐに向けてきた。

「あなたに修行を付けて、3年。もう紅桜があなたを認め始めた。正直、驚きを通り越して焦ってるよ」

「そんな。師匠はとてもお強いのに」

「今や、あなたより勝っているのは経験だけ。もう実力はとっくに追い越されているわ。聖明依、あなたならもしかしたら鬼煌帝の鎧を纏えるかもしれない」

「私がですか?」


「話した通り過去三百年間、撫士虎こそ継承されてきているが鎧を顕現し纏えた者は紅桜を含め鬼煌帝の中に一つも例がない。だが、安倍晴明の名前を次ぐお前なら出来ると信じている」

「期待に応えられるかどうか、自信はありません」

 朝歩実は撫士虎を構えてみせた。

「いよいよ明日、継承の儀をお前に施す。だがもしも、紅桜に認められなければその時は命を失うだろう。いいか、聖明依」

「もとより、その覚悟は出来ています!」

「よし、いい返事だ」

 師匠の笑顔はどこか影があるようにも見えた。


 聖明依12歳の冬だった。

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