ごまかせツインテール

吟野慶隆

第一話 アタッカーレ

 ハイスクールの教室の壁を破り、先端にドリルをつけた黒塗りの大型トラックが左から突っ込んできたのは、昼休み終了のチャイムが鳴り終わった直後だった。

 車両は、机や椅子を押し退け、押し潰し、生徒を何人か轢き殺しながら、進んでいった。そして、ドリルの先端が、廊下側の壁の二センチほど手前まで来たところで、完全停止した。

 間髪入れずに、トラックの荷台の窓から、マシンガンの先端が、にゅっ、と突き出た。銃声を轟かせながら、弾丸を連射し始める。

 しかし、生徒たちの行動は、素早かった。まず、ドリルの先端が教卓の辺りを通過するところで、廊下側にある壁に隣接した列の席の四人が、扉から跳び出したり窓を突き破ったりして、外に逃げた。トラックが完全停止する頃には、教室の真ん中辺りに座っていた七人と教師が、同じく、扉だの窓だのから脱出した。

 車両が、マシンガンを連射する時には、突き破られた壁近くに席のあった、残りの六人──轢死した三人を除く──も、廊下へと向かっていた。

 空上(そらがみ)檸檬も、そのうちの一人だった。セーラー服を着、黒髪を腰に届くくらいの長いツインテールにしている。彼女は、列の一番後ろに座っていた。

 教室の出入り口に向かい、全力疾走する。わずか数メートルが、異様に長く感じられた。

 左方から、ばばばば、という銃声が、後ろから、どどどど、という着弾音が聞こえていた。どさ、という音が、背後で響く。振り返ると、クラスメイトの女子が、首から上を失った状態で、転倒していた。

 数秒後、檸檬は出入り口に到達した。そのまま、教室の外へと躍り出る。右に曲がって廊下を突き進み、できる限りトラックから離れようとした。他のクラスメイトは、左に曲がって行ってしまったようだった。

 次の瞬間、奥のほうに、自動小銃を抱えた人間が、十人ほど現れた。アサルトスーツやベスト、目出し帽にヘルメットなどを身に着けている。明らかに、味方ではない姿だった。おそらく、あの教室以外にもトラックが突っ込んでいて、そこから降りてきたのだろう、と檸檬は推測した。

 軍団は、彼女を視認するや否や、一斉に銃口を向けてきた。ちょうど、檸檬の左隣に、武器開発室の出入り口があった。そこに、跳び込む。

 直後、夥しい数の弾丸が、彼女が数秒前までいた空間を通り抜けて行った。

「なんですか、なんですか!」室内にいた、白衣を着た若い技術者、簾(すだれ)玖仁也(くにや)が、目を丸くして叫んだ。「どうしたんですか! 何があったんですか!」

 彼は茶髪で、アイドル並みに顔立ちが整っており、スタイルもよかった。そのため、女子の間では人気が高く、檸檬も、軽く片想いをしていた。

 開発室内には、玖仁也以外にも技術者が何人かいて、皆右往左往している。

「敵襲よ! たぶん、このところうちとやり合っている犯罪組織、『SCRS』のやつらだわ!」彼女も叫び返した。「ここって、武器開発室でしょ?! 何か、ここで開発した新しい武器とか、ないかしら?!」

「今のところは、ありませんよ!」

「クソがっ!」檸檬は地面を強く蹴った。

「余所で開発された古い武器ならあるんですけどね!」玖仁也はRPG‐7を机の下から取り出した。

 檸檬は、無言でそのグレネードランチャーを奪うと、開発室の出入り口から突き出し、廊下の奥に向けて発射した。擲弾は、軍団の先頭にいた人物の股間に命中した。直後、轟音や爆風、高熱、黒煙、そして悲鳴が辺りに撒き散らされた。

 しばらくして煙が晴れ、廊下の奥が見通せるようになった。軍団は、折り重なって倒れていて、ぴくりとも動かなかった。あちこちに、人体や装備の一部分が散乱している。死屍累々とは、このことだ。

「よくもまあ、こんなものを持っていたわね」檸檬はRPG‐7を玖仁也に返した。

「新型のグレネードランチャーを開発しておりまして。研究用ですよ」彼は、受け取ったそれを、机の下にしまった。

「他に、研究用に買った武器とか、ないかしら?」檸檬は出入り口を睨んだ。「あいつらを、やっつけにいかないと」

「奥の倉庫に、幾つか保管していたはずです」玖仁也はポケットから鍵を取り出した。

 二人はその後、倉庫に向かった。内部に入るなり、檸檬は、そこら中を探し回り、手当り次第に武器を獲得していった。

 最終的に彼女は、アサルトライフルを二丁、入手した。それぞれ、片手で構える。また、腰に着けたベルトには、手榴弾を六個、収納した。さらには、弾帯を二本、右肩から左脇と、左肩から右脇に巻いた。

「空上さん。よろしければこれもどうぞ」

 玖仁也は近くの棚から、細長い直方体を取り出した。掌から少しはみ出るほどの大きさである。側面に、五ミリほどの小さな穴が開いており、その反対側の面には、赤いボタンがついていた。

「何よ、これ?」

「小型の、火炎放射器です。まだ開発途中ですが、実際に使うことができます」

「火炎放射器、ねえ……」檸檬は直方体をくるくると回転させた。

「ただの火炎放射器ではありませんよ。音声操作機能がついていまして、特定のキーワードを聞かせると、動作するようになっています」

「特定のキーワードって?」

「今は電池を抜いているから動作しませんがね、『サラマンダー』ですよ。もう一度言うと、放射はストップします」

「『サラマンダー』ね……わかったわ。ありがたく、ちょうだいするわね」

 玖仁也は、にこっ、と笑い、近くの棚から単四電池を二本、取り出した。檸檬は火炎放射器の、底のフタを開け、それらを中に挿入した。

「あっ、ちなみにですが、本体が小さいせいで、燃料が少ないので、長時間は放射できません。せいぜい、二十秒が限界です。完成したら、数分は使えるようになっている予定なのですが」

「わかったわ」

 檸檬はそう言って、火炎放射器をスカートのポケットにしまった。

「あとは、プロテクターの類いがあれば最高だったんだけれど」今は、セーラー服の上から武器を装着している。

「すみません。さすがにそこまでは」

「気にしないで、これだけあれば十分よ。それじゃあ、行ってくるわ」

 檸檬はそう言って、倉庫を後にした。武器開発室の出入り口をくぐる時、「お気をつけて」と玖仁也に言われたので、軽く手を挙げる。

 彼女の首に、弾丸が突き刺さったのは、廊下に出た直後のことだった。


 日本が誇るスパイ組織、それが「ハイスクール」である。

 特徴として、所属する諜報員の年齢層が低いことが挙げられる。最低で十一歳、最高でも二十一歳である。中でも、十五歳から十八歳までの人間が一番多く、そのため、ハイスクールという名前がついた。

 スパイたちは、幼い頃から一般的な学校には通わず、組織でいろいろな技術の講義を受けていた。よって、本部や支部には、一般的な学校のような、教室や授業制度、制服などがあった。

 檸檬は十七歳で、ハイスクール東京支部に所属していた。彼女は本日、諜報行為には取り組まず、丸一日講義を受ける予定だった。

 昼休み、檸檬は、友人の醍醐新咲(にいさき)とともに、自分の席で弁当を食べていた。新咲の席は、目の前にあるため、誰かの椅子を占有してしまう、ということはなかった。彼女は、金髪をポニーテールにしていた。

「ホンット、最悪よ、あの美容室!」檸檬は怒りを露わにしながら、ソーセージを口に運んだ。「ばっさりよ、ばっさり! 私が五年かかって伸ばした、この髪を!」

 彼女はそう言って、髪を触った。今あるのは、テープで接着するタイプのウイッグである。

「それは、最悪でございますわね!」新咲も怒った。「もし、わたくしがあなたの立場で、スパイではなく一般人だったなら、絶対に訴えていますわよ!」

 檸檬はその後も、美容室に対しての愚痴を連発した。新咲はそれらを、嫌がる素振りも見せずに聴き、相槌を打ち、ときおり肯定した。

「……まあ、悔やんでも仕方ありませんわ。嫌な思い出は、いい思い出で上書きするのが一番でございます。早く髪を伸ばして、別の美容室へ行きましょう。なんなら、今からでも……」

「いえ──いいわ」檸檬は首を振った。「私は、ツインテール一筋だもの。他の髪型なんて、考えられないわ。伸びるのを待つわよ」

「そうでございますか……あっ、ウイッグでツインテールと言えば」新咲は軽く手を叩いた。「今やっている深夜アニメ、『スカーレット・チルドレン』のサブヒロイン、唐子が、確かそうでしたわね」

「ああ、あの、ライトノベル原作の、異世界召喚モノの……私も見ているわよ。最初のほうだけだけれど、原作も読んでいるし。今度の日曜日に、関連グッズを買いに行こうと思っているわ」

「そうでございますか……あれ? 確か、あなた、もう今月分の外出申請は、使いきってしまわれたのでは……?」

「そうなのよね……どうすればいいかしら。寮を抜け出すことは、できるとして、問題は、体の中に埋め込まれた発信機よね……」

 檸檬がそう言った時、きゃんっ、という犬の鳴き声がした。驚いて、そのほうに目を遣る。

 小さなチワワが、教室に入ってくるところだった。東京支部のペットで、放し飼いにしている。メウ、という名前があった。眺めていると、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 トラックが教室に突っ込んできたのは、それがやんだ直後のことだった。

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