第6話 魔王、洞窟でゴブリンと戦う
私はサラ・イマージェス。私は運が悪い。
私は今ゴブリンの巣に迷い込んでしまったため、すぐにでも逃げ出したいと思っているのだが、謎の半裸男になぜか絡まれて逃げることも許されないでいる。
半裸男というのは、転移魔法で服の転移を失敗したそうで先ほどまで全裸だったが、私の外套を貸してあげて腰に巻いているため、全裸男から半裸男になった。
「そう言えば女、名前を聞いていなかったな?オレはヴォルトだ」
「サラです。サラ・イマージェス」
「サラ、まださっきの言葉を訂正してもらっていない」
「え?」
「だから、さっきオレを変態と呼んだ事を訂正しろ」
「え?」
「だーかーらー!オレは転移魔法に失敗して、この近くに来てしまったと説明したろう?その時に服の転移にも失敗して裸なだけだ!だから変態ではない!」
「それじゃ前を隠してくださいよ!なんで裸なのに堂々をしてるんですか?」
「オレが裸だからと言って、やましい事など何もない!だからこそこそする必要などどこにもない!」
「そういう問題ですか?!」
「ええい、強情な奴だな!とにかく変態という言葉を撤回しろ!」
「ひいぃ、殺さないでください!!!」
「そうじゃなくて!!!」
そんなやりとりをしているうちに、洞窟のこの広間に通じるいくつかの穴からゴブリンたちが集結していた。先ほどまでいた通常のゴブリンだけでなく、体格の一回り大きいホブゴブリンと思われる種族や、ローブを来たゴブリンメイジと思われる個体もいくつかいた。さすがに今度こそピンチだ!さっさと逃げればよかったのだ。
先ほどよりさらに増えたゴブリンたちを見て、私はほぼ全裸男の後ろに隠れながら言った。
「やっぱりさっさと逃げればよかったんですよ~」
「何を言っている?こんなゴブリンの群れをほっておいたらどんどん増えて手に負えなくなるぞ?」
「それはそれで困りますけど~」
ゴブリンたちの中心には、ローブを着て顔を隠しているゴブリンよりも背の高い人間くらいの大きさの個体がおり、それらを統率しているようだった。そしてそいつは言った。
「殺せ!」
ローブの下にチラッと見えたそいつの顔は、人間だった。人間が魔物を従えている?
男の掛け声に、一斉にゴブリンが襲い掛かろうとする。弓を構えるもの、魔法を唱えようとするもの。
しかしゴブリンの攻撃よりも先に、半裸男は呪文を唱えた。
「≪
拡散したマジックアローはその場にいる全ての敵に襲い掛かる。何度見ても見事な魔法だ。正直こんなにすごい魔法は見たことがない。半裸男は変態だが、なかなか大した魔法使いのようだ。ムキムキマッチョな魔法使いというのも珍しい気がする。
その場に居合わせたほぼすべてのゴブリンはその一撃で命を絶たれた。ゴブリンよりも生命力の強いホブゴブリンも一撃で倒されたようだ。私は実戦経験がないのだが、これってもしかしてすごいことなんじゃないか?
しかしゴブリンのボスことローブを着た人間=おそらく魔法使いは、なんと≪
「ほう?」
防御されたことにびっくりする半裸男。
「くそっ!強力な魔法使いを連れて来ていたのか!」
そう言うと、ゴブリンたちのボスは慌てて洞窟の奥へ逃げ出した。
「サラ、追うぞ」
「えっ?追うんですか?」
「ここのゴブリンを操ってたのはあいつだ。こんな山奥の洞窟でゴブリンを飼ってるなんてろくな奴じゃない」
「でもあの魔法使い防御魔法を使ってたじゃないですか。あれって難易度の高い魔法でしょう?危ない気がするんですけど……。ヴォルトさんの魔法の矢も跳ね返されてたし……」
「ああ、最低出力で打ったしな」
「え?最低出力であれなんですか?」
私だけ逃げたとしてまたゴブリンに襲われるのも怖いので、結局この人と一緒にいるのが安全だと考えた。私は、ゴブリンのボスを追うヴォルトさんの後ろに付いて洞窟の奥へ進んで行った。
「ヴォルトさん……あなたの目的は何なんですか?」
「はあ?」
「いや、転移魔法に失敗してこの近くに来ただけなら、別にさっきの奴をそんなにしつこく追わなくてもいい気がするんですけど……」
「人間がいたなら、服が手に入るかもしれないだろう?」
「え?着るものを強奪するためだけに、こんな危険を冒してるんですか?」
「別にそんなに危険じゃないだろ?だってゴブリンだぞ?」
この人の余裕はどこから来るのだろう?
そんな事を話しながら逃げた魔法使いを追って洞窟の中の通路を進んで行くと、また開けた場所に辿り着いた。その部屋には上部に開いた穴から光がさしていて、洞窟の中なのに明るくなっていた。
部屋の床は平らな石が並べられており、部屋の周りには石でできた柱が並んでいた。正面には一段高くなった場所に祭壇のような場所があり、まるで神殿を模倣しているかのようだった。
祭壇のような場所には、さっきの魔法使いの姿があった。
祭壇の手前の地面を見ると、石畳に魔法陣が描かれていることに気が付いた。
「私を見つけるとは運が悪かったな。私の魔法で操れるのはゴブリンごときだけではない!冥途の土産に見せてやろう。私の研究の成果を!」
魔法使いは呪文を唱え始めた。
「なんだこいつ偉そうに?今攻撃したらすぐ倒しちゃいそうだけど、面白そうだから少し待ってみよう」
「ちょっ、ちょっとヴォルトさん!そんな早く倒してくださいよ!」
魔法陣の中央につむじ風のような渦が巻き起こる。これはおそらく……
「召喚魔法か?」
「良く気付いたな!だがもう遅い!」
「ヴォルトさん、なんかヤバそうですよ!」
「まあ、ちょっと何が出て来るか見てみようぜ!」
「確かに召喚魔法なんて、あんまり見れるもんじゃないですけど……」
「出でよ!炎の魔人、イフリートよ!」
ゴブリンのボス魔法使いが呪文を唱え終わると、魔法陣の上には、全身が炎でできた巨人が現れていた。それは言葉にできない存在感を放っていた。真っ赤に燃える炎が人間の形をしている。その肉体の熱気は、離れた場所にいる我々にもじりじり焼かれるような熱さを感じさせた。名前だけは聞いたことがある。炎の上位精霊イフリート。まさかそんなすごい精霊を召喚できる魔法使いがいたなんて!
「ほう!下級
「死ぬ前に私の魔法が見れて幸せだったな!」
「確かに。サラ、炎の魔人なんて滅多に見れるもんじゃないぞ。お前は運が良い!」
「いや、逆でしょう?!」
何を言っているのだこの人は?絶体絶命のピンチで頭がおかしくなってしまったのか?いや、この人はもともと頭がおかしいのだ。
「さあ、イフリートよ!そいつらを焼き尽くせ!」
「仰せのままに。≪
イフリートが両手を上に挙げ呪文を唱えると、なんと巨大な火の玉がそこに発生した。私が見た事のある普通のファイヤーボールの魔法で発生する火球は直径10cmほどだが、それは直径3mくらいある桁違いの大きさのファイヤーボールだった。上位精霊の使役する魔法は、人間の魔力をはるかに超越した魔法なのだ!見たこともないような大きさの炎の塊は、離れている私たちに対しても先ほど以上に肌を焼くような猛烈な熱さを感じさせた。
藪をつついて蛇が出たとはこのことだ。奥まで追ってくるべきではなかったのだ。逃げれるときに逃げるべきだったのだ。私たちは業火に焼き尽くされて死ぬのだろう。私は選択肢を間違えた。やはりさっき逃げるのが正解だったのだ。やっぱり私は運が悪かった。
もうダメだ!そう思って目の前にいるヴォルトを見ると、全く変わらない表情で何やら弓を構えるようなポーズと取った。
「≪
ヴォルトが呪文を唱えると、その手の中に見たこともない2mを超す大きさの真っ黒な弓が現れた。
「≪
そしてマジックアローの魔法を唱える。今度はマジックアローを、その弓を使って放つつもりらしい。なんだかすごい迫力だけれど、でもあのめちゃくちゃ大きい炎の塊はどうしようもない気がする。
だがヴォルトは迷わず矢を放った。
漆黒の強弓から放たれた魔法の矢は、巨大な火の玉へ向けて一直線に突進し命中する。
すると、なんと火の玉が魔法の矢に吸い込まれるように収縮し……、そして消滅した!
「?!」
絶句するイフリートとゴブリンのボス。
「お前たちも運が良いな!このオレの魔法を目にすることができたのだから!≪
ヴォルトはもう一度マジックアローを放つ。今度はイフリートに向けて。
その矢のスピードの速さに、イフリートは避けることもできず命中する。そして炎の魔人はヴォルトの一撃を受けた瞬間、灰になって消滅してしまった。
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