from ABYSS
永遠の中級者
Re:第1話 闇の底からの産声
ある日、その世界に変化が起きた。
幻獣も幻想も存在する世界“ファルタシア”
空気中には魔力とも言える特殊なエネルギーが漂っており、そのお陰で大地は自然に溢れ、自然が生き生きしている故に星は潤っている。そして、ここでは様々な種族が手を取り合って住んでいる。
だが、共存しているとはいえ思想が異なればそこに様々な問題が生まれるのは世の摂理。争いがあれば悪意が生まれる。悪意は連鎖してさらなる悪意を呼び起こす。
この世界ではそうして生まれた悪意が流れ着く場所が存在する。
【世界の大穴-アヴィス・ホール-】
人の生活圏よりも遠く、果てにある底が見えない程深くて巨大な世界の穴。
いつ頃から存在するか誰も知らず、存在している理由も謎であり、生命の生まれる大昔からあるという説もある。
この世の全ての悪意が集まるとされ、それは消えることを知らず滞留もしくは増幅を繰り返す。
一説によると、穴の奥は地獄に繋がっているとも言われている。
そしてその日、その深淵の闇の底で“黒”が蠢いていた。
その“黒”は滞留している悪意の中に生まれ、次第に一つの渦となりその場に流れ着いていた悪意や残留思念を飲み込んでいく。愚鈍なる渦は悪意を取り込む度に怪しい光を発する。時たま残留思念と思われる悲鳴をもその渦は吸収していく。
そして渦が治まると、悪意が集まっていたその場には一つの黒い“生命”だけが存在した。
「ア……」
その黒い生命はヒトとはかけ離れた姿をしていた。ヒトのようにくっきりとしたシルエットを持ってはおらず、それどころか定まった生物の形すら持っておらず、流体のように不規則に形が変わっていく。
「オ…アァ……」
黒い生命は周りを見渡した。深い地の底であるその場には光が届かず全てが闇に閉ざされていたが、目が有る訳でもそれで見ている訳でも無い黒い生命には関係などなかった。
見渡した結果、すぐ近くに朽ちた人骨があることに気付くとそれをも取り込み、さらに姿を変える。よりシルエットが強固になる。
その結果、黒い生命は限りなく人型に近い姿に成長した。
「ワタ……シ…ハ…」
成長した影響なのか、覚束ないとはいえ少しずつ言語を覚えていっている。何かの影響でもあるのか、発せられる言葉は実に人間味を増してきている。姿のみでなく中身も徐々にヒトに近付きつつある。
黒い生命が少しずつ言葉を発していると、突然空から小石が降り、地面に当たると同時に周囲に音が響き、石は砕け散った。
それに反応して黒い生命は本能的に闇の空を仰ぐ。空は闇に包まれているが遥か遠くに何か小さい光がある。
音が響く。
轟轟と静かな闇に似合わない大きな音を立て、アヴィス・ホールの中に不適切な存在が迷い込んだ。
黒い生命はその存在を感知すると周囲に黒い風を巻き起こしながら遥か上空に向かって飛び上がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
穴の上部付近、暗闇の中を小型飛行艇がゆっくりと降下していた。その飛行艇には人相の悪そうな三人の男たちが乗っていた。男たちがわざわざこの穴に来たのは単なる蛮勇という訳ではなく、当然理由がある。
「アニキ…やっぱりやめときましょうぜ?」
「ここまで来て何弱気になってやがる!」
「ですけどアニキ、本当にあるんですかい?」
「あるに決まってるだろうが!入って帰ってきた者はいないんだ、この奥にたんまりあるはずなんだ財宝が!」
男たちが言っていることは、
『アヴィス・ホールの邪気に呑まれずに奥底に辿り着いた者は望むものを得られる』というヒトの間で噂されている話のことである。
この噂を聞き、幾度とこの穴に財宝を求めてやって来た盗賊たちは全て闇に呑まれ、力を求めて挑んだ武人は滅びていった。
その為、本当に望むものを得られるかどうかは定かではなく、この噂自体何処から流れたのかすら真相を知る者は誰も居ない。
だからなのか、こうして稀に欲深い愚者が入って来ることがあるのだ。
「それにしても、どこまであるんすかねこの穴?」
飛行艇はかれこれ半刻程は下がっているが、照らして見えている景色は一向に変化が無く、通常反響するはずの彼らの発する声や音も帰ってはこない。それほどに深い。
「知らん。訊いた噂じゃあ地獄までって話もあるからな」
「地獄!?ほんとにやめときましょうってアニキ!俺まだ死にたくないっすよ」
「まだ言ってんのか、いい加減覚悟を決めろ!」
アニキと呼ばれている三人の中で一番体格の良い男が他の二人に喝を入れていたそんな時、変わり映えの無かった現状に変化が起きた。
「なんだ!?どうした!」
三人の乗る飛行艇が突如として揺れ始めた。その原因はすぐに判明した。
「風です!底から強い風が!」
「風だと!?」
飛行艇を襲う揺れは整備不良や燃料不足などではない。穴の下から生じている風が原因だった。
「大変です!コントロールが利きません!」
「この風のせいか!――――ッ!」
状況を確認していたリーダーが気付いた。闇から生じる怪しげな風は飛行艇のコントロールを奪っただけではなかった。強い風に晒された両翼の鍍金が剥がれ、徐々に錆びて崩れていっているのだ。
まさかと思い、さらに目を凝らして機体全体を確認してみると、両翼だけでなく機体の各所に同じ現象がみられる。
「ア、アニキ!」
「今度はどうした!―――!?」
部下の声に振り向くとそこには、彼ら三人しか乗っていない筈の飛行艇の先端に彼らではない黒い人影が立っていたのだ。
その人影は小柄な姿だったが、全身が真っ黒で見間違えでなく輪郭がはっきりしていない。時たま輪郭が変化することがあるのが人なのかどうかを疑わせる。そして纏う雰囲気が異常なものだと語っている。
こいつはやばい、と本能が叫んでいる。
「なんだこいつ!?」
「振り落とすんだ!」
リーダーの指示を受けて操縦桿を握り、コントロールが利かないながらもなんとか振り落とそうと機体を故意に揺らすが、黒い人はまるで機体の一部かのように揺れの影響を全く受けておらず、そのまま何事も無いかのように三人を観察している。
「くそっ、こうなったら……!」
「待て!下手に動くな!」
リーダーの静止も聞かず、部下の一人が力ずくで落とそうと腰から短剣を抜いて機体の装甲部分に乗り出した。
黒い人はそれでも動かずに様子を窺っている。
部下は短剣を突き出した体勢で黒い人に向かって行く。それでもまだ動かない。そしてその刃が届くかと思われた時――
刀身が掻き消されたかのように無くなっていた。
残っている短剣の先には無くなった刃の代わりに黒い泥のようなものが纏わり付いていた。
状況が飲み込めずに部下は黒い人の方を見た。そして驚愕した。
「…あ……あ…」
黒い人の片腕が、歪な動きをしたかと思えばその形を大きく膨らましていき、次の瞬間、それは顎のような形をとった。それはまるで今では御伽噺と言われる幻の獣、竜の咢のように。
刹那、その黒き顎は一瞬で距離を詰めて部下を頭から喰らい付いた。ぐちゃぐちゃと生々しい捕食音が闇に響く。
「ヒィィィ、サコン……」
「よくも俺の部下を……! てめぇ何者だ!!」
部下の片割れはその光景に怖気付き、リーダーは怒気を含んだ声で叫んだ。だが、その声に応える声は無く、黒い人は静かにこちらへと歩みを進める。
部下は恐怖で後退る。そして何かとぶつかった。
部下の後ろには瞬時に背後に移動した黒い人が立っていた。咢の腕をこちらに向けながら。
「あ、アコンさん……逃げ……アァァァァァァァァァァ!!!」
「ウコン!」
黒い人の腕は頭から容赦なく喰らい付いた。ゴキャゴキャと骨まで噛み砕かれていく。
そして二人の部下を喰らい終えた黒い人は静かにリーダーに近付く。
近くで見ると顔などはなく輪郭だけの簡素な姿をしていて何を考えているのか分からない。だが、その様子は妙なことに殺意は感じられず、興味本位でこちらを観察しているように思える。
残されたリーダーは静かに距離を取りながら相手がどう出るか考えている時、がくんと地面が揺れた。突然の重力の変化。
とうとう限界が来たのか、腐食した機体が半壊して墜落を始める。
そして程無くして機体が底に到達する。腐食で機能が落ちて気付かぬうちに降下速度が上がっていた為か、割と底は近かった。
「くそ……。機体が持たなかったか…。
はっ!、落ちたってことはまさか!」
なんとか生きていた男は急いで身体を起こして到着した場所に足をつける。
そこは闇に包まれた世界だった。
男は半壊した飛行艇から漏れ出た光でなんとか周辺を確認するが視える範囲には何もなかった。
「何もないだと……!?
いや、まだだ、何処かにはぜってぇあるんだ……!」
「ア…」
「!」
男の背後には黒い人が立っていた。
存在を思い出し、男は距離を取る。
「てめぇ……まさか財宝の番人か何かか? だから俺の部下を喰ったのか…?」
言葉が通じていないのか、黒い人は首を傾げるが何も応えない。
「わタシハ…ダれ……」
「――!?」
黒い人が人語を発したことに、人外生物だと思っていた為に驚きを隠せない男。だが、黒い人はその言葉とは裏腹に腕の形状をさらに変化させている。
それを見て、先程の事を思い出して逃げ出す男。
この暗闇なら今は逃げきれると踏んだのだろうが、黒い人にそのようなことは関係なかった。この領域は黒い人の生まれた場所。見えないことなど関係ない。
一心不乱に走っていた男は暗闇の中で何かにぶつかった。
確認するとそれは先回りしていた黒い人であり、その片腕は瞬時に男の左腕に喰い千切った。
肩から血が噴き出し、激痛が走る。一瞬で片腕を失った男はそれでも逃げた。
だが、半壊した飛行艇の場所に戻ってきてしまった男は逃げ疲れたのか地面に躓き転んでしまう。
そして黒い人が視界に入ると男は観念して腹をくくった。
「…限界か……欲に釣られた結果がこれか…」
黒い人がゆっくりと距離を詰める。
男は走馬灯のように自分の行いを思い出してハッと笑った。こんなことなら珍しく賭けになど出るんじゃなかったと。もうこの世に居ない部下にも悪いことをしたと。
「これも手を出した罰か……」
「わタ…シハ……」
「……いいぜ、殺せよ……」
「わタシハ、ダれ……」
「殺せ!」
その言葉を最後に場は一瞬静けさが訪れた。
そして次の瞬間、男の意識が消えた。
男を丸呑みしたその後、黒い人はその場で立ち尽くしていた。元より目的などなかったが、芽生えたであろう好奇心のようなものは再び虚無に戻る。
その状態が少し続くと、また身体の輪郭がブレだし、姿を変化させていく。今度は咢のような変形ではなく、進化の如き変化。
変化は静かに終わり、壊れた飛行艇から漏れ出ていた光がその姿を露わにしていく。
その姿ははっきりと人の姿をしており、其処に居るのは闇のような漆黒の長髪、褐色の肌、鮮血のような紅と煌めく金のオッドアイを持つ小柄な少女だった。
「……私ハ誰ナの?
外に行ケバ分かルの?」
生まれたばかりの始めとは違い、黒の少女は自我を獲得し始めた。
黒の少女は先程の男たちが現れた外に興味を持った。
外への興味がそうさせたのか、黒い少女はその身体に黒を纏い、再びその姿を変化させる。それにより背中には先程までなかった翼を模した黒いものが生えていた。
その黒翼を羽撃かせ、何かに突き動かされるように、黒い少女は外の世界に飛び立って行った。
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