誘惑

背広のポケットに入っているスマホがブルブルと震え相手からの着信をしらせている。

車はようやく県境である木曽川を超えて岐阜県に入ったばかり、昌幸は橋を降りた交差点を左折しすぐ近くのコンビニに車を停めた。周辺にはネオンの明かりで照らされたホテルが数件建っているが別にこれといって気にする事もなく、助手席では麗奈が気持ちよさそうにスヤスヤと寝ていた。しばらく彼女の寝顔を見ていたが起きる気配がまったくなさそうなので背広からスマホを取り出し先程の着信相手へ電話をかけ直す。数回コールし相手が電話にでた


「もしもし…」

だが、俺はそれ以上の言葉を言えなかった。…言わせてくれなかった…電話の向こうの人間(幽霊)が、

『もしもしどちら様でしょうかこの電話は私の大事な大事なお友達、小倉風香の電話ですけど…クラスの生徒と夜遊びして鼻の下伸ばしてる担任なんかにこの電話を教えた覚えはございませんかけ間違いじゃないですか』

「ちょっと、あ」

『とりあえず聞くけど、私の一応大事な友達の麗奈に変な事してないでしょうね』

「する訳がないだろ、仮にも俺は彼女の担任なんだから」

『そっかゆっくんには、そんな度胸もないかぁ、へたれで意気地なしだから』

「彩花、そんなに俺の事いじめないでくれよ」

『いじめたつもりはないけど?当然の事言ったまでだから』

ーーなんか今日の彩花はやけにあたりが厳しい…

『…ごめんなさい、ゆっくんさっきの言葉やっぱり訂正するね』

「訂正、どこを??」

『麗奈に襲われてないでしょうね?ゆっくん』

ーー彩花さん、…本当に麗奈はお前の大事な友達だったのか?今の暴言を麗奈が聞いたら傷つくぞ…きっと。

「まだ何もされてないよ」

『まーだ、ってどういうこと??』

「それより小倉に代わってくれ電話」

『こら、まだ話が…あ、風香待ってよまだ……』

このままいくと一向に話が終わる気配がないと思ったのだろう。小倉風香が素直に電話にでる。

「はーい小倉です。すいませんね先生、うちの彩花が迷惑かけてしまって」

「いえいえとんでもない。小倉さんが面倒見てくださってるのでこちらも助かりますよ」

「本当は彩花も麗奈の事は凄く心配してるんだよ、でも素直じゃないの二人とも、よく口喧嘩してたわ昔から」

「喧嘩するほど仲がいいってやつかな」

「そんな感じですね。結局いつも彩花が勝ってたけどね」

「そうか」

「それで先生用件はなんでした?」

「帰りがこのまま行くと10時過ぎるけど、小倉は帰らなくても大丈夫か?麗奈は親さんが出かけていないそうだから大丈夫らしいけど。」

「その事なら心配ないですよ、さっき親に電話かけておきました。今日は友達の家に泊まるからって」

「それで大丈夫?」

「ええ、親に信用されてますから私」

「それよりも、先生いきなり生徒と朝帰りですか10時過ぎに帰るなんて、明日学校はどうするんですか?」

「夜のな、彩花が本気にするからそういう冗談はよしてくれ」

「わかってますよ。そう言えば先生さっき彩花って名前を出してたけど麗奈は大丈夫?不思議に思ってないの?」

「麗奈なら大丈夫。俺の隣で寝てるから」

電話の向こうで小倉が何か呟いた……なんか、やっぱりなって小倉の口から聞こえたような気が?

「……なんか私お邪魔しちゃったかな。先生、大丈夫ですよ本当にゆっくりしてきてもらっても明日はなんとか私が誤魔化しておきますから」

「…小倉、変な勘違いするなよ」

「おやすみなさい先生。ごゆっくり」

そこで電話がきれる

ーーまいったなぁ小倉、絶対変な想像してるよ

帰ってからの事を考えると頭が痛い。昌幸が考え込んでいると、助手席の彼女が目を覚ました

「くわぁー」

なんとも言えない気の抜けた欠伸をして眠たそうな目を擦っていた

「昌幸、なんか話声が今聞こえたけど…どこかに電話してた?」

「お…大阪の友人に」

あぶなー、危うく本当の事言いそうに…

「大阪の女…?私って女がいるのに浮気?」

「おい違うって」

「酷い、やっぱり私とは体だけの関係だったのね」

「おい、おい」

「このケダモノ」

「おいってば」

「…なぁんてね嘘よ、一度はこんな台詞を言ってみたかったんだ」

「俺を練習台にしてか麗奈」

「よかったでしょ、昌幸には絶対一生聞ける言葉じゃないんだから」

「あのなぁ」

ーー彩花といい、小倉といい麗奈も…まったく最近の若い子は

「喉が渇いたなぁ、コンビニの中入ろ昌幸、なんか飲み物買ってよ」

「はいはい。」


「いらっしゃいませ」

青と白のストライプのシャツをきた元気のいいバイト女性の声が店内に響く

店に入るとすぐに複数の視線を浴びるが昌幸はもうさほど気にしていなかった

名古屋駅や食事をした店で感じたのとまったく同じだ店内には他に客が数人いるが

皆が同じ所へと視線を向ける始めはかなり恥ずかしかったがもうさすがに昌幸も慣れた

視線の先には必ず彼女、麗奈がいた。普段から学園で接している昌幸ですら彼女をしっかりと凝視すると理性を持っていかれそうになる。初めて彼女を見た人間なら必ず目を奪われるだろう。その若々しい美人な少女は夜になるにつれ大人の魅力溢れる女へと変化し輝きを一層膨らませ周囲を魅了している、大友麗奈はそれほどまでに美しい女なのだ。そして彼女に集められた視線は次に俺へと移り…空気が一変する。そして彼女にすぐ視線を戻すがその目は疑いや残念そうな眼差しへと変わっていた。先程からその光景がずっと繰り返されていた。

ーー悪かったな、俺で

昌幸はその度、決して口には出さないが悪態を心の中でついていた


「お花積みに行ってくる」

そんな事など全然おかまいなしの麗奈が昌幸に小声で囁いた。

「なんだトイレかそれならそう言えばいいのに、そんな上品なお嬢様を気取らなくても」

昌幸がそう言い放つと急に表情が険しくなり怒りはじめる彼女

「ああそうねトイレですトイレ。オシッコよオシッコだからなんか文句ある?昌幸そんな事ばっかり言ってたら絶対に彼女出来ないわよ」

美人がキレ気味でオシッコを連呼しているので周りの視線が痛い…

「わかったからそれをあまり叫ばない、他の人が見てるから恥ずかしいだろ」

「そうですね!それじゃトイレに行ってきますので」

ご立腹の麗奈がトイレへ入っていく。昌幸はそれを見届け、麗奈がトイレからでてくるまで雑誌を立ち読みしていた

しばらくして麗奈がトイレから戻ってくると何故だかさっきとは打って変わり機嫌がいい。

隣にきた彼女は何かを確認すると小悪魔の様な笑みを昌幸に見せ「まさゆき…早く車に戻りましょう」と耳元で囁き自分の飲みたいジュースを渡しさっさとコンビニをでていく。

ーー何なんだいったい。

昌幸は麗奈の心変わりに不審をいだきつつも商品をレジに持っていき会計を済ませコンビニを後にした。

買い物を済ませ車へと戻った昌幸と麗奈、車内は思いのほか冷たい空気に覆われている

昌幸は素早くエンジンをかけてエアコンで暖かい空気を車内に送り込んでいた

「ねぇまさゆきー、これからどうするの?」

突然、麗奈が甘ったるい声で話しかけて

「これからどうするって、帰るだけだろ」

「本当にこのまま帰るの?」

「なんだ、まだどこか行きたい所あるのか麗奈。もう夜の10時前だぞ、いくら両親が不在だからってさすがにまずいだろう。俺もお前も明日はまだ学校あるんだ今日はこれで終わりにしような。」「えー残念。……ねぇ昌幸そう言えばさっきコンビニで雑誌を見てたよね、何を見てたのかなぁー」

不敵な笑みを浮かべ昌幸の顔を見る麗奈

「ああ、麗奈がトイレに行っている間か、暇だったからな車の雑誌でも」

「ふ〜ん…最近のコンビニって車の雑誌も成人コーナーにあるんだぁ」

「…え、何の事、」

同様する昌幸を見て麗奈はニヤリとする

「でもぉ、変わった名前の車雑誌ってあるんですね」

「……例えば」

「例えばですか、えーと…人妻の誘惑、あと女子高生の秘密とかなんとかの見出しが書いてある雑誌かなー。」

ーー見られてたか…まぁ俺が悪いんだけど

「…………いやあれは、手に取っただけで見てはいないから」

「表紙だけ見て妄想してたんですかぁ?」

「何、何がいいたいんだ麗奈、俺を変態とでも言いたいのか」

「別にそんな事全然思ってませんよ私、昌幸も大人の男なんだから普通だと思いますよ。でもぉ、あれですねコンビニの成人コーナーってもうなくなるみたいですね」

「え、そうなの?冗談だろ」

「残念ながら本当のみたい。もう成人コーナーがない店舗も結構あるみたいですね」

がっくりと項垂れる昌幸

「そんなに落ち込まないでよ」

「落ち込んでなんかないぞ」

「すっごく悲しそうな顔してるよ」

「俺の顔はいつもこんな感じだ」

隣にいる麗奈が昌幸に自分の顔を近づけてくる。

ーー麗奈、これ以上は近づくなよ頼むから、俺の理性がもたない

もはやさすがの昌幸でも気付かされずにはいられなかった、彼女が女として昌幸を誘っている事に…今の彼女は先程まで見せていた大人の女とは違う雰囲気を漂わせている

「まさゆき、私の事どう思ってますか?」

「何だ突然……、まぁあれだな授業態度は良いし学力もある。あとはもう少し他の生徒とコミニケーションがとれればかなり優秀な生徒だぞ麗奈は」

「…先生、話しをわざとそらさないで下さい。女としての私を聞いてるんです、分かってますよね」必死に理性を持って対応しようとするが麗奈はそれを拒んでくる

「…大人っぽくて綺麗で美人」

「それだけ?」

「うん、そうかな」

昌幸が何を言っても麗奈にはすでに関係ないようだった。彼女の意思は決まっているのだ。

「えーそれだけなんだ私の魅力……これはやっぱり、まさゆきには私の事をもっと詳しく知ってもらわないといけないのかな」

それだけ言うと麗奈は少し呼吸を整え、その数秒後に彼女はこう言いはなった。


「…まさゆき、私とセックスしません」

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