着せ替え人形



「村重先生ってアメリカの大学卒業したんですよね。さっき水嶋理事長から聞きました。」


ーー理事長、愛美先生が可愛いからって人の個人(偽)情報をペラペラと勝手に話して、しかもこれはとてもヤバイじゃないですか。実は俺、英語が喋れません。英語教師の彼女が本物の英語を聞きたいと言ってきたら完全にお終いだ。

俺は、あの三人が睨んでいる事も忘れこの場をどうやり過ごそうか考えた。


「そうだけど。それがどうしたの?」

あたりさわりのない返事で愛美先生からかけられる次の言葉を待った。


「それでですね。美味しいスイーツのお店とかありました?」

美波先生が目を輝かせ女の子の様な表情で俺に聞いてくる。


「は?……。スイーツですか?」


「ええ、スイーツのお店です。」


「すいません。僕、甘い物はさほど好きでないので知りませんよ。」


「そうですか。残念です。」


ーー残念そうにうなだれる美波先生凄く可愛い…そうじゃなくて彼女、本当に天然で助かった。


「でも、」

ーーまだ終わってないの?


「村重先生凄いですよね。」


ーー何が?

「自分の経験した事を若い子達に伝えたくて高校の先生になるなんて素敵です。私尊敬しちゃいます。」

美波先生は興奮しているのかまた昌幸に近づいてくる。


ーーやめて美波先生。(…本当はやめてほしくないのだが)あまり近づかれると三人の視線が…、四人、いや五人になってた。……教頭と彩花も見ていた。


ガラガラと勢いよく扉が開き片手に手提げ袋を持った水嶋理事長が職員室に入ってきた。


水嶋は目標を見つけると他には目もくれずかけよる。


「栗本先生!これはどう言う事だね?」


大声を張り上げた彼の声が職員室に響き渡った。その場に居合わせた全員が水嶋と栗本を見る。


「どうしたんですか?水嶋理事長。」

突然水嶋に怒鳴られた栗本は訳も分からず聞き直した。


「どうしたんですかではない。これは何だね」


そう言うと彼は持っていた手提げ袋から何かを取り出し栗本に見せる。


「理事長これは?」


「これはではない。この人形は栗本先生、君が持ってきたものだろう?」


水嶋が袋から取り出したのはジュースのペットボトルほどの大きさで金髪をした可愛いらしい人形だった。


「こんな人形、僕は持ってきてませんよ」


栗本は慌てて否定する。


「嘘を言うんじゃない。君は前にも学園に持ってきてたではないか?化学の実験室に置いてあった人形を偶然に生徒が見つけ私に教えてくれた事が」


「あの時、私は君に言ったよね。今回は見逃すけど今度あったら会議にかけると、大体こんな人形があったら女子生徒達が不気味がるのがわからんのかね。」


栗本は水嶋の話が終わるまで黙って聞いていた。話が一旦区切りがついたので栗本は話を始めた。


「理事長。これは僕が前に持ってきた人形とは用途が違うし僕はこの人形には興味ありません。大体この人形は…」

栗本がこれから反論しようとするときに横から美波先生が話しに割って入ってくる。


「わぁー、懐かしいこれ私が幼稚園の時によく遊んだなぁミカちゃん人形」

美波先生はいつの間にか栗本と水嶋の側まで行きミカちゃん人形を手にとっていた。


「ミカちゃん人形って色々な子がいるんですよファミリーとかもいて、栗本先生ってミカちゃんに興味あるんですか?」


「霧島…先生…。僕、僕、はミカちゃん人形じゃなく…、フィギュアが好きなんです。」

美波先生に急に話をふられ焦る栗本。…どうやら一対一で女性と話しが出来ないらしい。


「フィギュアって…。マンガとかアニメのあれですか?」

緊張して話が上手く出来ないの栗本を気にしてない美波先生は話しを続ける。


「い、いやそういうのも、あるにはありますが…僕、はボカ、ロの彼女の一筋でして」


「ボカ、ロって何ですか?外国人かなんかですか?」

栗本が上手く喋れない為、美波先生は余計理解出来ない。一息ついて栗本は落ち着くと、


「ボーカロイドの略ですね。ヤマハが開発した歌声合成技術でメロディーと歌詞をパソコンに打ち込むだけで歌ってくれるソフトです。そのソフトの中に色々キャラクターがいましてその中で僕の嫁が終音クミ。彼女なんです。」

自分の得意分野なのか急に話しが進む栗本。


「終音クミなら知ってますよ。確か、何か変わった歌声だなって、気になって若い頃友達と話してた事がありますよ。」

美波は話しながら栗本から遠ざかった。


代わりに水嶋が話しに戻る。


「それで今の話を整理させてもらったが、それだから僕が犯人ではありませんと聞こえるのだが気のせいか?栗本先生。」


水嶋理事が怪訝な顔をしながら栗本に尋ねた


「そうです。だから僕が持ってきた訳ではありません理事長。」


自信を持って否定する栗本。


「そうか、あくまでも認めないのか君は、どうしようもない奴だな君は。」


水嶋理事は栗本の話しを信じようとはしない


「本当に持ってきてないです。どうしても信じてもらえないですか理事長?」

栗本は悲痛な表情で水嶋理事長に話しかける。


水嶋理事は自分の腕時計を見て慌てて話を締めくくる。


「分かった。取り敢えずこの話は次の会議まで保留にしておく。ただ今度現行犯で発見した場合、教師を辞めてもらう。それだけは覚悟しておいて欲しい。」


水嶋理事、よほど急いでいるのか栗本に話しを終えると足早に職員室を出て行こうとしたが、急に何かを思い出し村重に声をかけた。


「ああ、村重先生。すまないが君のクラスの小倉風香君に昼休みに少し理事長室に来るように伝えてくれないかな。」


「小倉ですか…、はい。分かりました。」

突然声をかけられた昌幸は、彼女が何かしたのかと水嶋に聞きたかったが、昌幸の返事を聞く前に水嶋は慌てて職員室を後にした。

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