バス停前の記憶

騒がしかった年の瀬、忙しかった年明けも落ち着きを取り戻した一月の初め、小倉風香は朝早くからベンチに座り目的のバスが来るまで本を読んでいた。


制服に真っ白なコートを羽織り首元にはふわふわの白のマフラー、両手にはモコモコの暖かそうな白色の手袋をはめている風香、

彼女の特徴的なおっとりとした目は優しげな表情を漂わせ…その姿は、まるで空から舞い降りた天使が本を読んでいるようにも見える。

彼女は本を読むのに邪魔だったのか、目の前に下がっていた黒髪を手で払い、軽くウェーブさせた髪を手袋をした手で整えた。


しばらく本を読んでいた風香だが、自分の腕時計を確認して本を閉じるとベンチを離れ、バスがいつも来る方向に目を向けた。

しかし、まだバスの姿は見当たらない。

バス停にある時刻表を確認してみると今年度からなのか、到着時間が5分ほど遅くなっている。

風香はもう一度ベンチに座り直し、ため息をついた。


ーーもう……、時間が変更になったんなら教えてよね。

ーー女の子は朝の5分でも貴重な時間なんだから。

そう心の中で呟いた風香だが、

…何かを思いだす。


ーー…あ、そういえば去年、市内を走るバスの時間が変更になるって回覧が来てたような…。


この事態を招いた原因が自分のせいだと気づき…また、ため息を吐く。


一月の朝はまだ凍てつくように寒い。

昨夜少しだけ降った雪が、朝の光を浴び建物や道路を輝かせている。

風香は道路を挟んだ真向いにあるマンションを見上げた。


ーー…この場所にはあまり長い間いたくないんだけどなぁ…。

マンションを見ると思い出す半年前の凄惨な記憶。


年明け早々に、憂鬱な気分で登校したくなかった風香は楽しかった冬休みの思い出を振り返る事にした。


ーー高校生になって迎えた初めての冬休み。

ーー仲のいい友達の家に泊って遊んだり、一緒に初詣に行ったりしていたら、すぐに休みが終わちゃったな。

ーーすごく楽しかった休みだったけど……。

そこで、風香はまた深くため息をついた。


ーー彩花がいればもっと楽しかったのに…。


ーーやっぱり無理だった。…必ず思い出してしまう。


目の前に建っているマンションを見るたびに彩花の事を思い出す。彩花が殺されていた凄惨な姿が…。


…本当はこのバス停も使いたくないのだが、ここ以外近くにないので仕方がなかった。

その為、風香は彩花が亡くなった日を境からバスを待つ間、マンションが視界に入らないようにと本を読んで気分を紛らわしていた。


ーーあれ?彩花の住んでいた部屋のカーテンが閉まってる。去年までなかったのに?


風香は去年の冬休み前には部屋には何もなかった事を思い出していた。

…結局のところ、本を読んだりしてマンションを見ないよう努力していた風香だが、絶対見ないようにする事は出来ていなかった。


ーーまた、誰かが住み始めたのかな?


ーー今回の人はどのくらいもつのかなぁ…


彩花が住んでいた部屋の話しはこの近辺では結構有名になっていた。


……彩花の幽霊が現われると。


彼女が亡くなってからあの部屋を借りた人は必ず翌日には部屋を出てしまい、その後にお祓いにきたお坊さんを彼女が?撃退した話しが噂となり広まった。

その為か、不動産屋がありえないほどの格安にしているのに、借りる人がいないと聞いていたのだけど…。


風香は、この噂話を思い出すたびに笑ってしまう。


ーー彩花らしいなぁ。

ーーあの子の性格ならきっとそうするだろうから…

ーーもし、本当にいるんだったら…会いたいな彩花に。

ーー会ってもう一度話しがしたい。


風香は、明日には確実に空部屋になっている筈の部屋を見つめ、彩花に会える事が出来るのなら、ーー私もあの部屋を借りようかな、と真剣に考えていた。

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