Int.22:円卓 -The Round Table-

『サイファーから各機、相棒の調子はどうだ?』

『……レイピア03、問題なし』

『れ、レイピア04。こちらも問題ありません。寧ろ普段より調子良いぐらいです』

「レイピア02、異常なし」

 その頃、小松基地を飛び立った玲二たち第307飛行隊≪レイピア≫の面々は、各々がF-16JA戦闘機に編隊を組ませ、淡路島上空の作戦空域へ向け雲の上を飛んでいた。

 TACネーム"サイファー"こと飛行隊長の津雲少佐、コールサイン・レイピア01を先頭とし、菱形を描くように四機のF-16Jが一定間隔を保ちつつ綺麗な編隊を形作っている。右翼を玲二機、左翼を美希の機体が担い、そして最後尾に三柴機といった布陣だ。彼には悪いが、"ブービー"の名に違わない位置である。

 下方に分厚く黒ずんだ雲海を見下ろしながら、しかしその真上を飛ぶ玲二たちの周りには青々とした蒼穹そらが広がっていて、地上で見るよりもずっとずっと距離の近い太陽の暖かな日差しもあって、随分と綺麗なものだった。

 高度三万フィート以上ともなれば、当然だ。地上が幾ら暗い空模様だとしても、ひとたび雲の上に出てしまえば変わらない。どれだけ下が酷い天気でも、自分の翼でパッと空に飛び上がってしまえば関係ないのだ。だから、玲二は飛ぶことが好きだった。例え戦う為の銀翼であったとしても、こうして自分の翼で、自分の意志で大空に飛び立つことが、何よりも好きだった。

『今日から向こう暫く、淡路上空は荒れ模様の天気らしい。分かってると思うが、各機十分に注意して掛かれよ』

 そんな、何処か冗談っぽいようにラフな口調で言う津雲の声を無線越しに聞きながら、玲二は目の前の計器盤にあるMFD(=マルチ・ファンクション・ディスプレイ。様々な情報を表示できる液晶画面)に触れた。自機が吊している兵装を、もう一度確認しておきたかった。

 対地任務の為、玲二機は主翼下の外側、及び中央パイロンに二千ポンド級のGPS誘導爆弾・JDAMが各パイロンに一つずつ、両側合わせて計四つが吊り下げられていた。

 F-16の日本仕様であるJ型は、本来は空対空ミサイル用である翼下外側パイロンにも対地兵装が積めるように改装が施されている。それが故に可能な芸当だった。誘導用にスナイパーXR照準ポッドも機体インテーク近くに積んではいるが、恐らくそこまで必要とはしないだろう。

 また空対空ミサイルは一切積んでおらず、他に積んでいる物といえば、主翼下の内側パイロンには三七〇ガロンの、胴体下の中央部分には六〇〇ガロンの燃料を積んだ増槽をぶら下げている。加えて胴体の上部には、特徴的な形のCFTまで装備している徹底っぷりだ。

 ――――CFT、コンフォーマル・フューエル・タンク。機体固定式の増槽のことだ。通常の増槽……それこそ今、各機が共通してパイロンにぶら下げているような物と異なり、作戦中に空中で棄てることは出来ない。とはいえ空力的な面も考慮した形をしているから、機体の空力特性をほぼ変えないままに燃料搭載量を増やすことが出来るという利点もある。

 とにかく、今回の作戦では出来うる限り長い時間、戦場の上を滞空していることを要求されているのだ。それが故のCFT、そして通常増槽の併用ということになる。これだけの燃料と爆弾を積み込めば流石に機体も重くて仕方ないが、空対空戦闘をするワケではない。故に、多少の機動力低下は問題にはならないのだ。

(……長い一日になりそうだ)

 それを確信すると、玲二はどうにも憂鬱な気分になってくる。空を飛んでいるのは好きだが、どうしても身体の方には、知らず知らずの内にどんどんと疲労が溜まってしまう。操縦するのが人間である以上、避けられやしない。

 初戦、作戦の第一段階でこのJDAMを投下した後は一度、小松基地まで帰還することにはなっている。だが兵装を再装備して飛び立った後、第二段階のCAS任務が厄介なのだ。どれだけの時間、空の上に拘束されるかなんて、分かったものじゃない。帰るまでに空中給油を何回する羽目になるのか……考えない方が幸せだろう、きっと。

『……レイス』

 と、そうしていると。美希がTACネームで玲二を呼んでいた。玲二はそれに「何だ、フィックス」と例に応じ、美希のこともまた彼女のTACネームで以て呼び返してやる。

『私たちは、私たちに出来ることをしましょう。私たちに出来る戦いを、出来る限り』

「分かってる」と、玲二が美希の言葉に返す。「今更、フィックスに言われるまでもない。俺は俺のやり方で、俺たちの空を取り戻す」

 玲二が続けて言えば、美希は無線の向こう側で『……そう』と微かに微笑んだ。実際に彼女の顔が見えているワケではないから分からないが、しかし声の調子と。そしてチラリと横目に見た、互いのキャノピー越しに見えた、ヘルメットを被る彼女の横顔が。偶然に視線を交錯させた互いの瞳と瞳が、それを暗黙の内に互いへと告げていた。

『――――レイピア隊、聞こえているのならば応答せよ』

 そうしたタイミングだった。この四機の誰でもない、第三者の声が無線から聞こえてきたのは。

『こちらは第307飛行隊、レイピア01。感度良好』と、それに津雲が応じる。

『感度良好、了解。……こちらはAWACS、空域の管制を任されている。コールサインは"ヘリオス"。以降、貴隊の指揮を預かる』

 AWACS、早期警戒管制機。この"ヘリオス"は国防空軍のE-767だろう。作戦空域の上を飛ぶ空の眼、空中のレーダーサイトといったところか。今の役目は大量の航空部隊を指揮統制する、空の指揮所のような役目を果たしている。

 本来ならAWACSなど、こういった作戦には必要のない機体とも思えるが、恐らくは参加する軍用機の量が桁違いなことから参加措置が執られたのだろう……。玲二は津雲と"ヘリオス"の会話を聞きながら、そんなことを思っていた。

 ――――淡路島の上空戦域は、今や渋滞状態に等しい。

 日本国防空軍の戦闘機、攻撃機、各種支援機を初めとして、米空軍や米海軍。そして国連軍として参加する欧州連合軍機までもが、狭い淡路島の上空にこれでもかと詰めかけているのだ。加えてフライト・ユニットを積んだTAMSや各種ヘリコプターなども飛んでいることを考えれば、現場での航空管制は確かに必要かもしれない。

 今も、少し離れた場所を飛んでいく機影を玲二機のレーダーが捉えていた。あれは……確かフランス海軍の艦載機、ラファールMだったか。

 ……そんな状況下でも、こうして陸海空ともに国防軍の戦力が大多数を占め。そして今もAWACSとして国防空軍のE-767が滞空し、戦場のイニシアチブを取っていること。それがどんな政治的な意味を持つかぐらい、玲二にも分かっていた。

 此処は、紛れもない日本の領土内なのだ。その中で米軍、国連軍……諸外国の力にばかり頼っているワケにはいかない。この国が健在であることを各国に、ひいては国連に示さなければならないのだ。今や世界の主導権の一角を握ると言ってもおかしくない立ち位置を、今の国際的な立ち位置を、喪わない為に。

「円卓……」

 そう、喩えるなら今この場所は、円卓の上なのだ。

 広くも狭い、それこそ円卓のような空域の中に、自分たちを初めとした多種多様な戦闘機がひしめき合う空域。AWACSの綿密な空中管制が無ければ、いつ空中衝突が起きてもおかしくないような場所。そして各国の思惑や視線が交差し合い、それでいて今後の国の命運……いや、人類の命運すら左右されてしまうような、そんな全てが入り混じった魔境に等しいのだ、この淡路島と、そして玲二たちの飛ぶ上空戦域は。

『間もなく作戦が開始される。レイピア隊はそのまま方位220、高度三万フィートを維持。作戦が開始され次第、交戦を許可する』

『レイピア01、了解した』

 作戦が、運命の淡路島奪還作戦が始まろうとしている。この先の行く末を占う、この先の戦況を決定付けると言っても過言でない、分水嶺がすぐ目の前に迫っている……。

 玲二はそれを思うと、操縦桿を握る右手に自然と力が籠もってしまうのを抑えきれなかった。

 ――――戦いが、始まる。円卓のように狭いこの蒼穹そらの中で、各々が各々の意地と誇りを賭けた戦いが。

 上がどう思っていようが、この戦いにどんな政治的な意味合いを持たされていようが。そんなこと、実際に生命いのちを賭けて戦う玲二たちには関係のないことだ。政治屋の大好きなボードゲームは、埃まみれのテーブルの上でだけやればいい。この蒼穹そらの上に、この戦場に、そしてこの円卓の中に。それを持ち込ませなどしない。此処で確かに、飛空士としての生命いのちと誇りを賭けて戦う一人として。それだけは、認めてはならないのだ。

『レイピア各機、気張って行けよ』

「……レイピア02、了解」

 青々とした蒼穹そらの中、玲二たちレイピア隊、四機のF-16Jが飛んでいく。ターボファン・エンジンの甲高い轟音を響かせて、目の前に迫る円卓の中へと、その身を自らの意志で投げ込まんとして。

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