Int.21:黒の衝撃/敵か味方か、交わる黒と白金

「少しばかり、舞依と話がある」

 そう言って何処かへと行ってしまった瀬那と別れた後、エマを伴い一真が校舎の廊下を歩いていると。すると前から来た見慣れない青年にバッタリと、すれ違うように出くわしてしまった。

「……へえ、君が」

 その青年が身に纏う雰囲気は、一言で言ってあまりにも異質だった。跳ねっ返りの強い黒髪に彫りの深い顔立ち、そして切れ長の瞳。背丈は一真と同じ175cm前後といった所だろうか。パッと見の印象は好青年のようだが、しかし浮かべる表情には常に影が付きまとう。見慣れない部隊章を縫い付けたフライト・ジャケットを羽織る青年は廊下のド真ん中に仁王立ちで立ち止まったまま、正対する一真を下から上まで値踏みするような視線で舐め回している。

「……誰だ、アンタ」

 そんな彼と正対する一真は、そんな奇妙な視線を浴び続けているものだから流石に苛立ち。少しばかり棘のある口調で言えば、目の前に立つ青年をギロリと睨み付けた。

 すると、その青年はくっくっ、と引き笑いをし。それに一真が「何がおかしい」と更に声のトーンを低く静かに語気を荒げて言えば、すると青年はニィッと邪悪にも見える笑みを湛えながらこう言ってみせた。

「酷いなあ、君は。仮にも命の恩人に向かって、どういう言い草なのかな」

「っ……!」

 そのあまりに気色の悪い笑みと、そして皮肉っぽい口振りに気圧けおされてしまい、一真は思わず一歩後ずさる。

「まさか、アンタは……!?」

 そして、一真は気付いてしまった。青年の羽織るフライト・ジャケットに縫い付けられた部隊章に見覚えがあることを。迸る雷光と燃え滾る焔をあしらったその部隊章、"202st-Special Mobility Squadron"と記されたそのエンブレムを、昨夜確かに一真は目の当たりにしていた。

「あの時の、あの時の≪飛焔≫のパイロットか、アンタ……!?」

「その通り」

 邪悪な笑みが一転、クールな表情を形作った青年が頷く。

 ――――昨夜、マスター・エイジとの交戦中に突然現れた謎の黒い≪飛焔≫G型。目の前に立つこの青年は、間違いなくあの≪飛焔≫のパイロットだった奴だと一真は確信していた。

 とすれば、この男は例の特殊部隊・第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫のメンバーということだろうか。あの部隊章を付けたフライト・ジャケットを羽織っている辺り間違いないだろうが、しかし何故彼がこの士官学校をウロついているのか、それが分からなかった。

「そう言う君は、どうやらあの白いタイプFのパイロットで間違いないようだね」

 この男、タイプFを知っている……?

 疑念が募り、一真はまた一歩後ずさった。この青年がどういう人間かは知らないが、少なくとも良い気はしない。知らず知らずの内に、身体は警戒態勢を取ってしまう。

「西條教官の肝いりと聞いていたものだから、少しは期待していたんだけれど。しかしあの程度とは、期待外れも良いところだったよ」

 しかし、その青年――雅人はそんな一真の内心を知ってか知らずか、わざとらしく大袈裟に肩を竦めて落胆したみたいな態度を取ってみせる。

「チッ……」

 何か言い返してやりたい気分でもあったが、しかしなまじそれが事実である為に一真は上手い返しが思い付かず。ただ苛立ち、口の中で小さく舌を打つことしか出来ない。

 ――――確かに、マスター・エイジに圧倒されていた。

 それは紛れもない事実だ、否定しようもない。そして同時に、この目の前に立つ雅人の方が己より明らかに腕の立つパイロットであることもまた、一真は痛いほどに実感していた。取り逃がしてしまったといえ、あの異常な腕前のマスター・エイジと互角に渡り合った男だ。流石は特殊部隊といったところなのか……。

「フッ、言い返すことも出来ないか」

 すると、雅人はやはり一真の内心を見透かしたようなことを口走れば、嘲笑するような笑みを浮かべる。

「あの蒼い奴に対して、君が何を考えているかは知らないが。忠告しておこう、止めておいた方が身の為だ。君らの実力では、逆立ちしてもあの蒼い奴には敵わない」

「――――ちょっと、今のは聞き捨てならないね」

 と、挑発するような態度の雅人に食って掛かったのはエマだった。一真の横から彼の前へと一歩進み出て、背中で庇うようにしながら雅人の顔を見上げている。一真の位置からでは彼女の表情を窺い知ることは出来なかったが、しかし明らかな苛立ちに満ちていることは、まず聞いたことも無いような鋭い語気から容易に察せられることだった。

「どういうことかなあ、それは」エマを見下ろしながら、雅人がクールな表情を崩さぬままで応じる。

「確かに、今貴方の言ったことは事実だよ、そこは僕も認める。

 ――――しかし、カズマも含め、彼らはまだ訓練生の身分だ。まだ訓練課程も修了していない彼らに対し、その言い方は失礼を通り越して横暴じゃないかな? 仮にも特殊部隊の一パイロットがそんなことを平気で言えるだなんて、この国の軍隊は教育が行き届いていないと見たよ」

「……へえ、言うじゃないか」

 明らかに苛立った語気で、しかし淡々とした口調でエマが物申せば。すると雅人は意外にも感心したような顔になり、そしてエマを見下ろしながらこう続けた。

「そう言う君は、中々に腕が立ちそうだ。見たところ外の人間・・・・に見えるけれど」

「僕は欧州連合・フランス空軍所属、エマ・アジャーニ少尉だ。此処には交換留学生でお邪魔してる」

「ふーん、成る程ねえ……」

 エマが堂々たる態度で名乗りを上げると、すると雅人は至極納得した様子で唸る。

「君の言い分は確かに尤もかもしれないな、アジャーニ少尉。

 ――――しかし、こんなか弱い女の子に守られるとは。君は本当に情けないな、白いの。期待外れも良いところだ」

「テメェッ! いい加減に見下してんじゃねェッ!!」

 雅人が言い放った言葉の後半で完全にカチンときた一真は思わず雅人に殴りかかろうとするが、しかし飛び出しかけたところに前に立つエマの片腕がスッと出てきて、それに制されてしまう。

「今の発言、特に後半は聞き捨てならないね。それに僕はか弱くなんかない、これでも誇り高きフランス軍人のつもりだ。祖国の御旗を背負って此処に立っている以上、今の貴方の発言は聞き捨てならない」

「聞き捨てならないなら、どうする気かな?」

「どうとでも。もし貴方がお望みなら、この件を大使館に報告し国際問題にすることだって出来ますが」

 エマの言葉は、明らかに冗談ではなく本気だった。背中越しにでも彼女の気迫がよく分かる。雅人の回答次第では、この件を本気で国際問題にするつもりだという気概がありありと伝わってきてしまうものだから、逆に一真は萎縮してしまい雅人に殴りかかる気が失せてしまう。

「ふん、出来るのかい? 確たる証拠も――――」

 と、雅人が更に何かを言おうとした時だった。

「はーい雅人、そこまでっ!」

 スパァァンと爽やかなぐらいに弾ける音が木霊すれば、頭を後ろから何かに叩かれた雅人が「へぶっ」と変な声を出して頭を思い切り前に逸らす。

「……え?」

 困惑し、思わずエマが声を上げてしまう。一真は声こそ出さなかったものの、しかし唖然としていたのは彼女と同じだった。

「い、痛いじゃないか愛美……」

 叩かれた後頭部をさすりながら雅人が振り返ると、「今のは全面的に雅人が悪いよ?」という少女のような甲高い声とともに、彼の身体の向こうから第三者の姿が現れる。

 一言で言うなら、ぽわわんとした感じの雰囲気だった。雅人と同じフライト・ジャケットを羽織るその女は顔立ちからして性格は明らかに温和そのもので、肩甲骨ぐらいまであるセミ・ロング丈なアイスブルーの髪を揺らしながらそこに立っていた。フレームレスの眼鏡の奥に垣間見える双眸からはじとーっとした責めるような視線が傍らの雅人へと注がれていて、そしてそんな彼女の片手には、恐らくは雅人にキツい一撃を喰らわせたのだろう来客用のスリッパが片方だけ握られていた。

「二人とも、ごめんね? 雅人が何か変なこと言っちゃったみたいで」

「い、いえ……」

「べ、別に。……ね、カズマ?」

「お、おう」

 腰を低く折り曲げながら、片眼をウィンク気味に閉じる彼女にそんな風に詫びられると、エマも一真もこんな具合に戸惑ってしまう。

「これでも、雅人にも悪気は無いんだ。あくまでも貴方を心配してのことだと思うの。言い方は思いっきり雑で、勘違いさせちゃうのも仕方ないんだけどさ」

「お、おい愛美」

「いいから、雅人は黙ってる!」

「……はい」

 何かを言おうとした雅人が彼女――愛美、というらしい女に一言で御されしゅんと萎縮してしまう姿は、傍から見ている二人にとっては何だか普段の白井とステラのやり取りに重なって見えてしまい。あの二人の阿呆なやり取りを連想しては、一真とエマは二人揃って苦笑いをしてしまう。

「ほんっと、ごめんね? でも気を悪くしないであげて。言い方は完全に雅人が悪いけれど、多分雅人も悪気があったワケじゃないから……さ?」

 と、そんな風に苦笑いする二人に愛美はそう言うと。すると二人がまだ頭の上に疑問符を浮かべているのを察し「あ、ごめんごめん!」なんて具合にハッと我に返れば、それからやっとこさ一真たちに向かって名乗ってみせた。

「私、雨宮愛美あめみや まなみ。一応≪ライトニング・ブレイズ≫の副隊長やらせて貰ってて、階級は中尉かな。あ、階級とか別に気にしなくていいからね? 普通に気兼ねなく話しかけてくれれば、それでいいからさっ!」

「は、はあ……」尚も困惑する一真。「俺は弥勒寺一真、白いアレに乗ってた奴って言えば分かりやすいと思うぜ、雨宮中尉」

「愛美で良いって、別にそう硬くならないでさ。

 ――――あー、例の白いタイプF? そっかー、君が教官の……」

 一真が名乗り返すと、すると愛美は興味津々といった具合に一真の方を覗き込んでくる。

「へぇー、意外と可愛い顔してるんだねっ」

「い、いぃっ……!?」

 にひひ、と人懐っこく笑う愛美に圧倒されるままで一真が戸惑っていると、すると横から間に割り込むみたくエマは滑り込んで来て「……こほん」と軽く咳払いをする。すると愛美は「あ、ごめんごめん……」なんて具合に、やはり笑みを浮かべながら一真の傍から離れていった。

「さっきも名乗ったけれど、一応。僕はエマ・アジャーニ、欧州連合・フランス空軍少尉だ。よろしくお願いするよ、雨宮中尉」

 そんな態度のエマに「だから、愛美で良いって」と愛美は苦笑いしながら返すと、

「あ、そういえばこの後、教官に招集掛けられてたんだっけ。後で他の皆とも顔を合わせると思うから、詳しいことはその時にでも教官から説明して貰うってことでねっ♪」

 なんて具合に唐突に思い出し、とすれば「ほら、雅人も行くよっ!」と雅人の手を引いてこの場から足早に立ち去ろうとしてしまう。

「あ、おい待てって! 愛美、転ぶ!」

「転ばない!」

 愛美と、そして彼女に引っ張られるがままに雅人もすぐに二人の視界から消えてしまい。嵐の過ぎ去った後に残された一真もエマも、ただその場に立ち尽くし呆然とする他に無かった。

「……凄い勢いだったね、今の」

「だな……」

 互いに見合い、肩を落とし。そんな風にエマと一真が二人向き合って苦く笑い合えば、そうした折に予鈴のチャイムが鳴り響いた。

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