Int.13:Forget me/遺された者たち①
「アンタの……アンタたちのせいでッ!!」
夜更けの士官学校、半地下構造のTAMS格納庫。こんな深夜だというのに灯りは消えず整備兵たちの忙しなく行き交う格納庫に響き渡ったのは、何かが激しく激突する音。そして、ある一人の少年の慟哭にも似た怒号だった。
格納庫中に木霊した激突音と叫び声に、あれだけ騒がしかった格納庫がしんと静まり返る。機材を持って慌ただしく行き交っていた者も、整備ハンガーに固定されたTAMSの上に乗っかりメンテナンス作業に没頭していた者も、皆が皆その手を止めて音のした方へと視線を向けている。
そんな格納庫中の整備兵たちの視線が一点に集まる先、壁際にはA-311小隊メカニック・チーフの三島が相も変わらぬツナギ姿で居て。そしてそんな彼の胸倉を掴み背中を壁際に叩き付けていたのは、まだパイロット・スーツから着替えてもいない格好の白井だった。
「…………」
数秒後にやっと状況を受け入れた整備兵の何名かが白井を引き剥がそうと、取り押さえようと一歩踏み出しかけたが、しかしそれを三島は黙ったままでスッと片腕を掲げることで制する。整備兵たちは困った表情を浮かべながら渋々と引き下がれば、三島の鋭い視線に
「アンタたちがミスったから、脱出装置が動かなかったから! だからまどかちゃんは、まあちゃんは……っ!!」
そんな三島の胸倉を掴んだまま、俯く白井が絞り出すような慟哭を、三島を責めて立てるような言葉を並べる。胸倉を鷲掴む指先の
――――まどかが死んだのは、整備不良のせいだ。
それが、直接的な死因では無い。直接手を下したのはあのマスター・エイジで、その事実は揺るぎない。しかし白井はそれでも、三島を責めずにはいられなかった。彼女の機体のコクピット・ブロックに仕込まれた脱出機構が何らかの不具合で働かず、そのせいでまどかはベイルアウト出来なかったのだから……。
「……調べたさ、嬢ちゃんの機体は」
と、そんな白井を前にして三島は彼に胸倉を掴まれたまま、小さく口を開いた。トレードマークのアヴィエーター・サングラスを掛けたまま、その黒い偏光レンズの奥に双眸を覆い隠したままで。
「確かに、コクピット・ブロックの射出機構は不具合が出てた。あそこまでぶっ壊れてたんじゃあ、カプラーの付け忘れみたいな俺たちのヒューマン・エラーか、或いはコクピットそのもののメカニカル・トラブルかは判別は付かねえが」
「っ……!」
淡々と紡ぎ出す三島の言葉に、白井は彼の胸倉を掴んだまま、俯いたままで黙って耳を傾ける。
「どちらにせよ、俺たちの側で何らかのミスが生じてたことには間違いない。済まないと詫びたところでどうしようもねえのは分かっちゃいる。嬢ちゃんはもう取り返しが付かねえ」
「なら……!」
「責めたければ責めてくれ、殴りたければ好きなだけ俺を殴ってくれて構わねえよ。
…………お前さんにゃ、そうするだけの権利も理由も有り余ってる。今の俺がお前さんにしてやれることと言えば、ただ詫びることしかねえんだ」
「っ――――!」
その言葉のまま、片手を離した白井は三島の頬に右の握り拳を叩き付けようとした。
だが、寸前で止めてしまう。拳をそれ以上進めることも、三島の頬へこの拳をめり込ませることも、白井には出来なかった。彼を責めるのはお門違いだと、単なる八つ当たりに近いものだと、内心で薄々分かってしまっていたから……。
「くそ……っ!!」
白井は握り拳を解けば、そのまま三島の胸倉からも手を放してしまい。そうするとくるりと踵を返し、格納庫の外へと走り出していってしまう。
「やれやれ……」
そんな具合に白井が飛び出していけば、やっとこさ自由になった三島はパンパン、と自分のツナギを手で叩いて格好を正す。そして少しだけ傾いてしまったサングラスをクイッと指先で掛け直し振り向けば、積み上げられたコンテナの陰に隠れるようにして様子を窺っていた紅い髪の少女と眼が合った。
「さっさと追いかけてやれ、嬢ちゃん」
小さく息をつく三島が言うと、その紅い髪の少女――ステラは「でも」と戸惑いの視線を彼へと向けてくる。
「俺のこたぁ心配要らねえさ、こういうコトにゃ随分と慣れちまった」
「慣れた、って……」
「色々とあるんだよ、長いことメカマンやってると」
コンテナの陰から出てきたステラに更に困惑されれば、三島は皺だらけの顔の上へニッと微かな笑みを浮かべながら、そんな風に冗談めかして返してやる。
「それより、あの坊主の方が心配だ。俺の仕事はここまで。後は嬢ちゃん、お前さんらに任せるとするさ」
と、三島が続けてステラの背中を押すみたいな言葉を投げ掛けた。肩に手をやり首を軽く回しながら、その後で「ほら、行ってこい」と急かすような一言を付け加えて。
「……済みません、アイツが色々迷惑掛けて」
「詫びる必要はねえさ」と、軽く頭を下げるステラに三島がニヤニヤと言う。
「ンなことより、さっさと行ってやれ。ああいう時は独りにしちゃあいけねえ。誰かしらが横に居てやらにゃ、あの坊主マジで壊れちまうぜ」
そんな三島の一言を聞いたのを最後に、もう一度ペコリと小さく頭を下げたステラが踵を返しタッタッタッ、と格納庫の外へと駆けていく。飛び出していくステラの背中を見送りながら三島は自分も格納庫の外に出ると、ツナギの胸ポケットから取り出したホープ銘柄の煙草を口に咥えた。
格納庫の外壁に寄りかかり、カチンとジッポーを鳴らして火を付ける。紫煙を吹かしながら、立ち上る副流煙の淡く白い煙越しに、三島は頭上の月を仰いだ。夜更けの夜空に尚も煌々と浮かび続ける、一段と綺麗な月を。
「……辛いのは、何もお前さんらだけじゃないんだけどな」
ポツリ、と小さく呟いた三島の言葉は、そのまま夜風の中に霧散していく。紫煙に混ざり、吹き込む柔な夜風の中へと散っていく。枯れ木のような男の涙は既に涸れ果てていたが、しかし気持ちだけは、若い彼らと同じだった。
「もう、ンな思いすることなんざ、無いと思ってたんだがね…………」
しかし、それでも男の瞳から雫が滲み出ることはない。長すぎる激動の日々の中で、既に涙の泉は涸れてしまった。だが胸を抉る哀しみと、そして背中に背負う新たな十字架の重みだけは、いつまで経っても変わらない。どれだけの年月が過ぎ去ろうとも、三島の中でそれだけは変わらなかった。
「…………」
口から離した煙草を指の間に挟み、スッと掲げてみせた。黒一色のキャンバスにポツンと浮かぶ月の中に、燃えて灰になっていく先端を重ねるようにして…………。
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