Int.07:黒の衝撃/飛焔、圧倒的な力⑦
「上空のコブラは一刻も早い離脱を、ヴァイパーの二人はそこで待っててっ♪」
まるで待ち合わせた友に呼びかけるように、軽いウィンクなんか織り交ぜながら愛美はデータリンク通信で呼びかければ、足元のスロットル・ペダルを深々と踏み込んだ。
背中のメイン・スラスタに火が付き、漆黒の≪閃電≫が天高く飛び上がる。明らかに手を加えられているような恐ろしい加速度でスラスタの光跡を残しつつ飛び上がった≪閃電≫が、頭上の月をバックに地上へと向き直った。
月を背後に、闇夜から地上を睥睨する黒の巨人。真っ赤な眼がギラリと唸り声を上げて光れば、やはりその姿は死神のそれを連想させる。
(――――"死神部隊")
嘗て、≪ライトニング・ブレイズ≫の戦いぶりを見た国防軍の兵たちが、自分たちをそう揶揄していたことを愛美は思い出していた。
(確かに、間違いじゃないかもね)
そして、フッと軽く頬を緩ませれば――――途端にスロットルを再び全開にまで開き、今度は地表に向けて全開加速で降下を始める。
闇夜に描く、地上へと迸る一条の青白いスラスタの光跡は、まるで流星のようで。そしてその喩えに違わぬほどの凄まじい速度で、愛美の≪閃電≫は地上へと駆け抜けていく。その両手に構えた93B式支援重機関砲を構え、眼下の≪スコーピオン≫に狙いを定めながら。
「ふふっ、逃げようとしても無駄だよ?」
その場からの離脱を図ろうと、眼下の≪スコーピオン≫は背部に背負うフライト・ユニットの折り畳んでいた翼を開こうとした。しかし愛美はその周囲へ両手から20mm砲弾の豪雨を降らせ、その動きを制する。
まるで東南アジアのスコールのような、それこそ弾丸のカーテンと言わんばかりの恐ろしい制圧射撃に三六〇度、全方位を囲まれた≪スコーピオン≫はその場から一歩も動けない。それが愛美の手で意図的に自分から外された射撃であることも気付かぬまま、≪スコーピオン≫はそこから一歩も動けないでいた。
「よーし、良い子良い子っ」
眼下の≪スコーピオン≫が動きを止めたのを見て、スロットル全開で落下する凄まじい加速度の中に身を置きながらも、しかし愛美は平気そうな顔で小さく微笑む。
すると、逃げられないと悟った≪スコーピオン≫が上空を見上げ、両手のアサルト・ライフルを連射しながらスラスタに点火。まるで愛美の≪閃電≫と正面衝突するのも辞さないといった具合で飛び上がってきた。
「まあ、悪くない判断だよね」
≪スコーピオン≫は撃ちまくりながら飛び上がりつつ、フライト・ユニットの翼を漸く広げる。そのままユニットのジェット・エンジンを点火し、離脱を図るつもりなのだろう。
「でも、相手が悪かったかな?」
しかし愛美は襲い来る25mm砲弾の迎撃を右へ左へと掻い潜りつつ、勢いを緩めぬままで≪スコーピオン≫に肉薄する。
「ふふっ……♪」
そして、愛美は小さな微笑みと共に≪閃電≫の身体を捻らせ、その脚部で以て≪スコーピオン≫の横っ腹を蹴り飛ばした。
強烈な衝撃にバランスを崩した≪スコーピオン≫が錐揉みしつつ地上に落下。愛美はそれを追撃し、≪閃電≫を文字通り≪スコーピオン≫の真上に着地させた。
横倒しに倒れた≪スコーピオン≫が背中に背負うフライト・ユニットを足の裏で踏みつけながら、漆黒の≪閃電≫が右手の重機関砲を突き付ける。
瞬間、こちらへ微かに向いた≪スコーピオン≫の頭部メイン・カメラに、≪閃電≫の赤いゴーグル式カメラの眼が合った。互いの視線を交錯させていれば、何だかその≪スコーピオン≫の頭部カメラからは命乞いをするような雰囲気が滲み出てくる。
「じゃあね」
だが、ギラリと赤く唸る≪閃電≫の眼はあまりにも冷酷で。愛美の小さな独り言と共に右操縦桿のトリガーが華奢な指で絞られれば、火を噴く重機関砲に≪スコーピオン≫の胸部装甲がズタズタに抉られる。
数十発も撃ち込めば、流石の複合装甲といえども容易く貫いてしまい。ボロボロになった≪スコーピオン≫の胸部から滲み出る血のように赤黒いオイルが、奴のコクピット・ブロックが完全に砕けていることを漆黒の≪閃電≫に、そしてそれを操る愛美へと告げていた。
「っと!」
と、≪スコーピオン≫を無力化したのも束の間。背後からただならぬ殺気を感じた愛美は息つく間も無く≪閃電≫を飛び退かせ、手近にあった交差点を折れ雑居ビルの陰に身を潜めた。
それからほんの数瞬後、今まで愛美の≪閃電≫が立っていた辺りを、地面に転がる≪スコーピオン≫ごと25mm砲弾の豪雨が襲った。傍で爆発炎上する≪スコーピオン≫が発した炎と煙に巻かれながら、≪閃電≫のセンサーが捉えたのは最後の敵機・FSA-15C≪ヴァンガード≫の機影だ。
『――――』
≪スコーピオン≫の煙に巻かれ、≪ヴァンガード≫の視界から黒い≪閃電≫の姿は消えていた。
立ち尽くす≪ヴァンガード≫のパイロットはやったかとも思ったが、しかし手応えが無い。警戒しつつ右手のM200A3アサルト・ライフルを構え直していると、
「あはっ!」
爆炎の中から唐突に飛んで来た二振りのナイフのような物を目視した直後、吹き飛ばされて。尻餅を突きながら背後の丁字路にあった雑居ビルに両の肩口を文字通り釘付けにされれば、≪ヴァンガード≫のパイロットは飛んで来た物が00式近接格闘短刀だと知る。
なんとか動かそうともしたが、しかし的確に腕と胴体の繋ぎ目、関節部の、しかも一番弱い駆動系や電装系の配線が通る箇所を近接格闘短刀が狙い澄まして貫いているせいで、接続が遮断された≪ヴァンガード≫の両腕は幾ら祈っても動くことはない。
「イイ線いってたんだけどね」
そうして≪ヴァンガード≫のパイロットがもがいていれば、次第に爆炎の中から漆黒の機影が姿を現してくる。重機関砲は棄てたのか両手を無手にして、赤々とした爆炎を背景に、そのゴーグル状のカメラ・アイを真っ赤に唸らせながら。
漆黒の≪閃電≫は悠々と歩き≪ヴァンガード≫に近寄れば、その胸部装甲をマニピュレータで鷲づかみにする。
「運が無かったってことで、ここはひとつ」
そうして
『死神――――』
配線を千切られながらコクピット・ブロックが引きずり出される直前、シームレス・モニタへ最後に映った黒い≪閃電≫の顔。真っ赤な眼を闇夜に唸らせる異様な姿を見た≪ヴァンガード≫のパイロットが思ったのは、そんな率直な感想だった。
「これにて、一丁上がりだねっ」
そして、愛美が朗らかな声でひとりごちれば。漆黒の≪閃電≫はその手を
潰れた林檎のようになったコクピット・ブロックを握り締めるマニピュレータの指の間から、血混じりの赤黒いオイルが滴り落ちる。愛美は完全に潰れたそれを≪閃電≫に投げ捨てさせると、しかしそれを意にも返さぬまま、先程までと変わらぬ朗らかな声音でデータリンク通信に呼びかけた。
「ブレイズ02、こっちは掃討完了しましたっ」
戦火に燃える街の中、赤々とした炎に包まれた街の中で立ち尽くすのは既に唯ひとつ。右肩に雷光と焔を模るエンブレムを宿した漆黒の機影だけだった…………。
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