Int.06:黒の衝撃/飛焔、圧倒的な力⑥

 その頃、戦場の少し後方では。

「くっ……!」

『ちょっと、この量はキツいわよねぇ……!』

 国崎のJS-1L≪神武・改≫、そして美桜のJS-1Z≪神武・弐型≫の二機が背中合わせになり、周囲を取り囲む三機の敵TAMSと交戦していた。

 上空のCH-3ES"はやかぜ"大型輸送ヘリから切り離された直後のことだった。瀬那やエマたちとは少し遅れて漸く離脱した二人が地表に着地した直後、この三機に囲まれてしまったのだ。

 まるで、見計らったかのようなタイミングだった。如何にも手練れといった雰囲気を滲ませるエマ機や瀬那機を避け、まずは弱そうな自分たちを狙う算段だったのかもしれない。

(だとしたら、嘗められているにも程がある)

 とはいえ、彼女らに比べ自分らの――美桜は知らないが、少なくとも国崎の技量が劣っているのは確実。だとすれば、敵が自分らに眼を付けたのも当然といえば当然のことだろうと国崎は内心で自嘲気味に納得すれば、しかしだからといって諦めるようなことはしない。

「美桜、替えのカートリッジだ!」

『あら、ありがと♪』

 右腕で93式20mm突撃機関砲を撃ちまくりながら、手空きの左手マニピュレータを使い国崎の≪神武・改≫が背中合わせになる美桜の≪神武・弐型≫へと93式用の新しい弾倉を手渡す。美桜はそのカートリッジを空の右手で受け取れば、丁度弾を切らした左手の突撃機関砲へと叩き込む。

「チッ、すばしっこい……!」

『慣れてるわね、多分』

「対人戦にってことか?」

『そういうこと』

「だとしたら、随分な貧乏くじを引かされたものだな、俺たちは」

 大袈裟に肩を竦めながら自嘲するみたく国崎は口走り、左手の甲で額の汗を拭う。そのままの流れでクイッと人差し指で押し上げたフレームレスの眼鏡、そのレンズの向こう側に見える彼の眼の色は、明らかにかなりの疲労が蓄積しているような具合だった。

(本当に、手慣れた動きだ)

 今、国崎と美桜が相手にしている三機の敵機。それぞれFSA-16C≪スコーピオン≫が二機にFSA-15C≪ヴァンガード≫が一機ずつだが、そのどれもが明らかに熟達した動きだった。

 低い雑居ビルや家屋の合間を縫うようにして身を低く駆け抜け、ちょっとした隙を見つければ建造物の上から姿を見せて撃ってくる。姿を見せるのはほんの一瞬で、それ以外は目視圏内に殆ど入らない。確実にこちらを翻弄する意図を持った動きで、奴ら三機のパイロットがTAMSに於ける対人戦闘に慣れていることを窺わせる。

 そして、それは≪ヴァンガード≫のパイロットが一番顕著に表れていた。恐らくはこの三機の中での隊長格だろうが、奴に至っては国崎も、美桜ですらもが一発とて擦りもさせられていない。

「っ……!」

 とした時、国崎はコクピットを揺さぶる強烈な衝撃に身を揺さぶられた。乗用車で正面衝突した時のような激しい衝撃を奥歯を食い縛って耐えていれば、それが≪神武・改≫の正面装甲へ20mm砲弾を一発貰ったことだと国崎は知る。

『崇嗣、大丈夫っ!?』

 案ずるような美桜の焦った声に「問題ない!」と国崎は叫び返し、

「それより、自分の敵に集中しろ!!」

 半ば怒鳴るようにしながら、自分の≪神武・改≫が左腰にマウントしていた88式75mm突撃散弾砲を後方、美桜機の方へと向けて雑に放り投げた。

「再装填は俺がやる! お前は気にせず撃ちまくれ!」

『……ふふっ、了解よ崇嗣っ』

 必死の形相で叫ぶ国崎に微笑み返し、美桜は足元に落ちたその散弾砲を拾い上げると、≪神武・弐型≫の左手マニピュレータで銃把を握り締める。

(最悪、美桜だけでも生き残れる)

 国崎自身、今の時点でかなり美桜の足を引っ張ってしまっている自覚はあった。あの手練れ三機を相手に今まで持ちこたえられているのが美桜のお陰であることも、そして美桜がこの場を迂闊に離脱出来ないのが自分のせいであることも分かっているから。だからこそ、国崎は自分の散弾砲を美桜に受け渡したのだ。こうしておけば、仮に自分が撃墜されたとしても、美桜だけは何とかこの場を離脱して味方に合流できると踏んで……。

『置いていかないからね』

 とした一言が美桜から通信で飛んで来たのは、国崎がそんなことを考えている時だった。

『此処まで来たら、生きるも死ぬも一緒だわ』

 まるで内心を見透かしたかのような言葉に国崎が呆気に取られていると、続けて美桜がそう言う。

『私と崇嗣、二人で生きて帰るか、此処で一緒に死ぬか。二つに一つだから』

「だが」

『退かないわよ、今更』

「……好きにしろ」

『ええ、好きにさせて貰うわ♪』

 美桜の押しに諦めたように国崎が溜息交じりに頷けば、美桜はご機嫌そうにそんな言葉を返してきた。

(二つに一つ、か……)

 だとしたら、選ぶのは一つだけだ――――。

『崇嗣!』

「分かってる!」

 美桜が散弾砲の空弾倉をイジェクトし、間髪入れずに国崎が新しいダブルオー・キャニスター通常散弾のカートリッジを後ろ手で美桜の散弾砲へと再装填する。その間だって国崎も美桜も突撃機関砲を撃ち続け、敵機を牽制することを忘れない。

『でも、ホントにすばしっこいわね……!』

 二人とも殆ど間断なく撃ち続けているが、しかし一発たりともあの三機に命中することは無い。二人の撃ち放つ砲弾は全て虚空を掠めるか、不運な建造物を吹き飛ばすだけだ。

「残弾も心許ない。味方の合流まで、持てば良いが……」

 今この状況に於いて、弾の切れ目がそのまま命の切れ目に直結する。奴らに対して格闘戦を挑んだところで確実に返り討ちに遭うのは自明の理で、即ち弾切れイコール被撃墜というのが二人の置かれた最悪の状況だった。

『! 崇嗣、何か来る!』

「何っ!?」

 そんな折だった。音響センサーに何かを捉えた美桜が上空を見上げながら、当惑の声を上げたのは。

 撃ち続けたまま、国崎も一緒になって≪神武・改≫の頭部を振り返らせる。するとそこには二機のヘリコプターの機影があって、鼻先をこちらに向けながら低空で近づいてくる姿がこの闇夜の中にあってもハッキリと機体のカメラは捉えていた。

『すまへんな、遅れた! ハンター2、これより火力支援を開始するで!』

 ともすれば、間髪入れずに無線越しに響いてくるのは慧の――対戦車ヘリ小隊"ハンター2"小隊長・常陸慧ひたち けいの関西訛りなデカい声だ。

「TAMS相手に無茶だ、戻れハンター2!」

『アホ抜かしやすな、ボケ! こっからはアタシらのペイバック・タイムや! 仲間が一機撃墜オトされて、黙っとれっかいなってえの!

 ――――いくで、雪菜ぁ!』

『分かってる! ハンター2-1、ロケット斉射開始!!』

 慧の怒鳴り声に続き、一番機ガンナー・伊川雪菜いかわ ゆきなの声が聞こえれば、低空を高速で突っ込んでくる二機の対戦車ヘリコプター、AH-1S"コブラ"の両翼が火を噴いた。

 高速での低空侵入を図る二機のコブラの両翼、スタブウィングのハードポイントに吊すロケット・ポッドから次々とハイドラ70ロケット弾が撃ち放たれる。尾を引くロケット・モーターの煌々とした光が夜闇の街を照らせば、しかし次に街を、そして国崎たちの周囲を襲ったのは強烈な爆炎だった。

「うおっ!?」

 思わず国崎が顔をしかめるほどの爆発が、次々と国崎機と美桜機の周囲で巻き起こり始めた。地表に着弾したハイドラ70ロケット弾が弾け、街ごと吹き飛ばす勢いで次々と物凄い爆炎を挙げる。まるで国崎たちを護るカーテンのように斉射されたロケット弾によって敵機の動きは一瞬乱れ、国崎たちへの攻撃も止む。

『ハンター2-2は機首転換後、低空侵入でもう一斉射や! アホどもの動きはこっちのガンで止める!』

 高速で過ぎ去っていった二機のコブラは少し離れた所でくるりと踵を返し、機首にシャーク・マウスのノーズアートが施された慧と雪菜の一番機はホヴァリングし制止。もう一機の二番機――ハンター2-2の方は再び加速を始め、もう一度さっきと同じようなロケット斉射を図る。

『雪菜、奴らの足を止めるで!』

『分かった! 20mmガン、TSU追従モードで起動!』

『ハンター2-1、斉射開始!』

『20mmガン、斉射開始っ!』

 前席のガンナー席に座る雪菜が操縦桿のトリガーを引くのに呼応して、一番機の機首下、ユニヴァーサル・ターレットに備え付けられたM197"バルカン"20mmガトリング砲の砲身がスピン・アップを開始。数瞬のタイム・ラグの後、火を吹き始めた。

 電気モーターのちからでガトリング砲の三銃身が超高速で回転。ターレットの下部から凄まじい量の空薬莢を吐き出しつつ、大量の20mm砲弾が一分間におおよそ七三〇発という物凄い速さで撃ち出される。

 そんな雪菜の射撃に狙われたのは、彼女たちから見て一番手前に立っていた≪スコーピオン≫だった。その≪スコーピオン≫はスラスタを吹かし飛び上がりながら回避行動に移るが、コブラの機首に備えられた照準装置・TSUが逃がさない。機首下ターレットのガトリング砲から吐き出される20mm砲弾の火線はTSUの動きに追従し向きを変え、遂に逃げ続ける≪スコーピオン≫を捉えた。

 数十発の20mm砲弾が≪スコーピオン≫の右腕を捉え、肩から下腕部に掛けてまでの装甲に夥しい量の弾痕を穿つ。しかしそれでも右腕部の装甲は暫くの間耐え続けていたが、やがて勢いに押し負け装甲が貫かれれば、≪スコーピオン≫の上腕部辺りが内側から弾け飛んだ。

『やった……!』

『っしゃあ!』

 雪菜と慧、二人の歓喜の声が無線に木霊する。二人の視線の向こうで、コブラの20mm機関砲弾に左腕の半ばを吹き飛ばされた≪スコーピオン≫が腕から煙を噴きつつ着地した。

「っ! 待て、戻れハンター2-2!」

 しかし、その≪スコーピオン≫は着地した直後に、破れかぶれに左手のアサルト・ライフルを上空に掲げる。明らかにそれは低空侵入を図るハンター2-2を狙ったもので、国崎は咄嗟にそう叫んでいた。

 だが、遅すぎた。≪スコーピオン≫の掲げられた左腕のアサルト・ライフルが火を噴けば、放たれた25mm砲弾が接近していたハンター2-2のコブラへと襲い掛かる。ハンター2-2のコブラはハイドラ・ロケットを再び斉射する間も無く十数発の25mm砲弾に尾部を半ばから吹き飛ばされた。

『クソッ、テール・ローターがやられた!』

 ハンター2-2パイロットの焦燥の声が響く中、尾部の千切れ飛んだコブラがクルクルとコマのように回転し始める。尾部に付いていた、バランス維持に必要不可欠なテール・ローターを喪ったあのコブラが間も無く墜落するのは、誰が見ても明らかなことだった。

『畜生! メーデーメーデー! ハンター2-2ダウン! ハンター2-2ダウン!』

 やがてハンター2-2のコブラは高度を下げ、そして遂に地表に激突。四階建て雑居ビルの壁面に激突したコブラから派手な爆炎が上がれば、それきりハンター2-2からの声も聞こえなくなってしまう。

『おい、ハンター2-2! 返事せえ! なぁっ!』

 慟哭にも似た慧の叫び声が、無線の中に木霊する。

「ハンター2-1、早く離脱しろ! お前らまで堕とされる!」

『ンなこたぁ分かっとる! くそぉ……っ!!』

『慧ちゃん、彼の言う通りだよ! 一旦離脱しよう!? どのみち、ガンの弾ももう殆ど無い!』

『ああもう、分かったっての雪菜ぁ! 畜生ぉぉぉっ!!』

 必死の形相の雪菜に諭された慧の慟哭が響き渡る中、唯一生き残った彼女らハンター2-1のコブラが機首を反転、急速にこの場からの離脱を図ろうとした。

 しかし、そんなコブラの近くを再び25mm砲弾が掠めた。今度はさっきの≪スコーピオン≫だけじゃない、他の二機も同じように上空へアサルト・ライフルの砲口を向け、慧たちのコブラを撃墜しようと撃ちまくっている。

「チッ……!」

『駄目よ崇嗣、此処からだと間に合わない!』

 国崎はそんな彼女らの援護に入ろうとするが、しかし美桜の言う通り此処からでは射線が通らず、どう考えても間に合わない。

『クソォッ! ハンター2-1、ブレイク、ブレイク!』

『避けて、慧ちゃんっ!!』

『うおぉぉぉぉっ!!』

 右へ左への必死の回避運動を取る、慧のコブラ。その細身な機体は何とか避け続けるが、しかし次第に25mm砲弾の火線は近づいてくる。

「駄目か……!?」

 と、国崎が諦めかけたその時だった。

『――――よっと!』

 唐突に、聞き慣れない若い女の声がデータリンク通信に聞こえたかと思えば――――滑り込んで来た黒い影に撃ち貫かれ、右腕の吹き飛んだ≪スコーピオン≫が途端に爆散してしまう。

『君たち、遅れてごめんね? ちょっとこっちで手間取っちゃって。

 ――――第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫副隊長、雨宮愛美あめみや まなみ中尉ですっ。お待ちかねの救援に参上つかまつりましたぁっ!!』

 そんな朗らかな声とは裏腹に、超高速で敵機を始末し国崎たちの眼前に滑り込んで制止したその黒い影――――漆黒に染め上がったJS-17C≪閃電≫の後ろ姿は、死神を連想させるほどに静かな威圧感と殺気で満ち溢れていた。

『さてと♪ ブレイズ02、敵機掃討を開始しますっ』

 右肩のエンブレムが描くのは、迸る雷光と燃え滾る焔。両手の93B式支援重機関砲をガシャリと構え直せば、≪閃電≫の真っ赤なゴーグル状の眼がギラリと低く唸る。

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