Int.02:黒の衝撃/飛焔、圧倒的な力②

「ふっ――――!」

 先に仕掛けたのは、雅人の黒い≪飛焔≫の方だった。

 背中のスラスタを一瞬だけ短噴射しながら大きく踏み込み、黒い≪飛焔≫が握り締めた対艦刀の切っ先を鋭く突き出す。

 無駄が一切感じられない、最小限の動きで突き穿つ刺突。この一撃を見て分かるほどに、マスター・エイジの眼から見ても雅人の腕前は一級品だった。

『流石は、特殊部隊というワケですか……!』

 だが、マスター・エイジとて負けているワケでは無い。小さくほくそ笑みつつもマスター・エイジは自信の蒼い≪飛焔≫に身を捩らせながら軽く飛び退かせ、雅人の放った鋭い刺突を難なく避けてみせる。

「そういうことだ」

 オープン回線で聞こえるマスター・エイジの、何処か称賛するような言葉に雅人が冷酷に凍り付いた低い声音で小さく頷き返す。そうしながらも雅人は次の一歩を踏み込んでいて、今度は左へ横薙ぎの追撃を放っていた。

 そんな雅人の追撃を、マスター・エイジは今度は自信の対艦刀の腹で防ぎ、そして受け流す。そうして目の前の黒い≪飛焔≫に一瞬の隙を見出せば、今度はマスター・エイジの方が反撃の一手を打つ。

「へえ……?」

 ≪飛焔≫を飛び退かせて蒼い≪飛焔≫の放つ袈裟掛けの斬撃を避けつつ、雅人もまたマスター・エイジの腕前を内心で認めつつあった。

(確かに、ウデの良いパイロットのようだ)

 そうして更に何度も、何度も黒と蒼の≪飛焔≫を斬り結ばせて一進一退の攻防を繰り広げながら、しかし雅人はひとつだけ疑念を抱き始める。

(しかし、特殊作戦機の≪飛焔≫をここまで扱いこなすような人間、早々居るものじゃない)

 まして、国外の人間とは考えにくい――――。

 今まさに雅人が相対するこのJS-16E≪飛焔≫、何度も述べたように特殊部隊向けに少数だけが製造・配備されている特殊作戦機だ。ただでさえ出回る数の少ないレアな機体にここまで熟達しているパイロットなど、決して数は多くないのが実情だ。その上≪飛焔≫は一切の輸出が為されていない機体だけに、外の人間が扱っているとも思えない。

(とすれば、やはり相手は日本人か……?)

 そう考えるのが、一番自然だった。

『ふふ……!』

 と、雅人がそんなことを考えている間にも、マスター・エイジはほくそ笑みながら自身の蒼い≪飛焔≫で更に深い一歩を踏み込み、雅人の黒い≪飛焔≫の懐へ飛び込もうとする。

「チッ」

 だがその程度で隙を見せるほど雅人が甘いワケもなく、小さく舌を打ちながら左手のマニピュレータを対艦刀の柄から放し、そしてその左腕を、飛び込んで来る蒼い≪飛焔≫へ目掛けて突き出した。

『っ!?』

 背中に寒い何かが走ったのを覚え、半ば反射的にマスター・エイジが横っ飛びに回避を図った直後――――黒い≪飛焔≫の左腕が火を噴いた。

 左腕の表側、盛り上がった腕甲部分のカヴァーが開き、そこから露出した三砲身のガトリング砲が高速回転しながら闇夜の街中に火花を瞬かせている。G型≪飛焔≫の隠し兵装、試製15式25mmアーム・ガトリングだ。

 その試製15式アーム・ガトリングから高速で撃ち放たれる25mm徹甲砲弾の豪雨を蒼い≪飛焔≫が浴びなかったのは、ひとえにマスター・エイジの動物的な第六感があまりに優れていたという幸運があっただけのことだ。雅人の取った行動は完全な不意打ちで、マスター・エイジは足元の家屋を吹き飛ばしながら≪飛焔≫を着地させつつも、数瞬の間は何が起こったか理解しきれないで居たぐらいだ。

『……妙な機体だとは思っていましたが』

 尚も浮かべる薄気味の悪い笑みで、しかしほんの少しだけ顔を引き攣らせつつ、マスター・エイジが独り言のように呟く。

『聞いていませんよ、そんな固定兵装があるだなんて』

「当然だ」左腕甲アーム・ガトリングのカヴァーを再び閉じさせつつ、雅人が冷酷な表情を変えないままで短く言い返す。

「不意打ち狙いだったからな」

『ふふ、とんだところで面白いかたと巡り逢えたものです』

「生憎、俺はちっとも面白くない。貴様みたいな男と長々お喋りする趣味も持ち合わせていない」

『しかし、もう少しだけ付き合って頂きますよ。何、心配することはありません。タイム・リミットはもう間もなくです』

「そうか」

 マスター・エイジは歓喜の笑みを満ちさせながら、雅人は冷酷な顔色から一片たりとも変えないまま。蒼と黒、互いに別物のようにも見えるシルエットをした二機の≪飛焔≫が、再び各々の対艦刀を構え直す。

「だったら、お遊びはこれまでだ。そのタイム・リミットとやらまでに、さっさと貴様の首を取ることにする」

『宜しい。私は貴方に対し最大限の敬意を以て、貴方を殺してあげましょう』

 漆黒のJS-16G≪飛焔≫と、深蒼のJS-16E≪飛焔≫。雅人とマスター・エイジ、互いのマシーンが互いを睨み合い、そして闇夜の中にその真っ赤な双眸を唸らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る