Int.87:ブルー・オン・ブルー/黒の衝撃
「でぇぇぇいっ!!」
『踏み込みが甘い、甘すぎるッ!!』
斬り結んでは離れ、離れてはまた斬り結び。お互い推進剤が鬼のように減っていくのも、人工筋肉パッケージが激しく損耗していくのも構わずして、一真の白い≪閃電≫・タイプFとマスター・エイジの蒼い≪飛焔≫とが激しい剣戟を交わしていた。
一真の放つ刺突を避け、マスター・エイジが振るう横一文字に薙ぐ一撃を、一真は後ろに軽く飛んで避ける。≪閃電≫・タイプFが高く振り上げた脚で振るう回し蹴りは≪飛焔≫の腕甲で防がれ、その隙を突くジャブめいた軽い斬撃を、そのまま受け止められた脚を軸にし"ヴァリアブル・ブラスト"の暴力的な推力でくるくると回りながら横たわるように上へ飛び、タイプFが回避する。
『ふっ――――!』
そうして飛び上がったタイプFが大きく間合いを取るのとほぼ同時に、横から霧香の≪新月≫が右手の突撃機関砲を牽制程度に撃ちまくりながら一気に距離を詰め、左手マニピュレータで逆手に持つ近接格闘短刀で斬り込んでいく。
『ほう!?』
身を低くしながら懐へ飛び込んで来た≪新月≫の左腕が放つ近接格闘短刀での一撃を、マスター・エイジもまた空いた手の中へ射出展開した近接格闘短刀で受け止めつつ、そんな感心したような声を上げる。
『こちらの
ニッと歓喜の笑みを浮かべながら、≪新月≫の近接格闘短刀を己のもので受け止め拘束し続けるマスター・エイジは≪飛焔≫がもう片方の腕に持つ対艦刀をフッと振るい、≪新月≫が右手に持っていた突撃機関砲を串刺しにする。
『ちっ……!』
自分の突撃機関砲が串刺しにされると共に、霧香は小さく舌を打ちつつ咄嗟に手を離し。そうしながら大きく後ろに飛んで間合いを取った。
バッとマスター・エイジが対艦刀に虚空を斬らせ、串刺しになっていた突撃機関砲が彼方へと吹っ飛んでいけば。装填されていた砲弾が遂に誘爆し、低空で大きな花火のような焔の華が開いた。
爆発する砲弾の瞬きに照らされながら、蒼い≪飛焔≫がそこに立つ。深蒼の装甲を爆炎の中に照らし、夜闇の中に埋もれる真っ赤な双眸を静かに光らせ唸るその形相は、まさしく鬼を連想させるものだった。
『一真、この相手……!』
タイプFの後方へ着地した≪新月≫から響く霧香の少しばかり焦燥した静かな声色に、一真は「ああ」と同じく苦い顔で頷き、
「どうやら俺たちが想像してたより、よっぽど強い相手みたいだぜ……!」
まさしく、相対するマスター・エイジはエースの称号に相応しいほどの腕前だった。
しかもこれで、手持ちの兵装が対艦刀一本きりというのが笑えない。明らかにマスター・エイジは手心を加えていた。もし飛び道具も持った状態でマスター・エイジが本気を出せば、果たしてどうなるか……。
一真はそれを想像しただけでも、背中に寒いものが走る感触を覚えた。
本能が危険だと訴えかけるほどに、一真と霧香の二人が対峙するこの敵は、氷鉄を思わせるほどに冷たい雰囲気を纏う蒼の鬼神は強かった。一真でさえもが自然と身震いを覚えてしまうぐらいに、マスター・エイジは本物の手練れだった。
(だが、此処で退くワケにゃいかねえ)
理性的に考えれば、一旦退却すべきだった。しかし此処で退けば、瀬那たちまで巻き込むことになってしまう。
一真はこれ以上、せめて今日だけはこれ以上、誰にも
(なら、やっぱ退けやしねえ)
覚悟を決め、一真は操縦桿を強く握り締めた。そしてそれに呼応するかのように、白いタイプFもまた、対艦刀の柄を握り締める右手のマニピュレータのパワーを強くする。ぎしり、と微かに柄が軋む音が夜の街並みに木霊した。
「悪い、霧香。もう少しだけ、俺に付き合ってくれ」
『……元から、そのつもり』
若干申し訳なさそうに一真が言えば、霧香は薄い無表情の上でフッと不敵な笑みを微かに浮かばせながら、そうやって頷く。しかしやはり、その顔にはほんの少しばかりの焦燥が滲み出ていた。
――――霧香が、顔を苦くするほどの相手。
あの常に飄々とし、掴み所もなく。そしてどんなときでも、どんな相手でも余裕しか感じさせない態度の彼女がここまでの顔を浮かべざるを得ない相手。それを思うと、このマスター・エイジが如何に手強い強敵かが身に染みてよく分かる。
だが、此処で退くという選択肢は一真にも、そして霧香でさえも既に持ち合わせてはいなかった。退路など、二人の後ろに必要なかった。
文字通りの、背水の陣。だがそんな決定的に不利な状況は、逆に一真の燃え滾る闘志を更に掻き立てた。
『さあ、何処からでもどうぞ』
相対するマスター・エイジは、相変わらずそんな余裕綽々の態度で。何処か人を小馬鹿にしたような態度に、一真は少しばかり苛ついてもいた。
「見下してんじゃねぇぞ、色男……!」
脚を少しばかり開き、腰を落として重心を低くし。そうしながら、純白のタイプFが対艦刀を下段に構える。
『……仕掛けるタイミングは、一真に任せる』
そうすれば、背後の≪新月≫もまた近接格闘短刀を両手に展開し直し。左右両方ともに逆手で握り締めたソイツを、そっと構えてみせた。
「…………」
一瞬の静寂。そして、一真が意を決し眼前のマスター・エイジ、そして蒼い≪飛焔≫へ斬り込んでいこうとした、その時だった。
『む、新手……!?』
マスター・エイジの戸惑う声と共に、一真たちのデータリンクにも新たな機影が映る。
――――その瞬間だった。上空から降ってきた黒い影が地響きと土埃を激しく巻き上げ、蒼い≪飛焔≫を巻き込むようにして落着したのは。
「何だ……!?」
巻き上がった土埃が晴れると、白いタイプFの真っ赤な双眸がその向こう側に捉えたのは。
――――黒い、TAMSだった。
『……何者ですか、貴方は』
唐突に乱入してきたその黒いTAMSが片腕で振り下ろしていた対艦刀を、横倒しにした対艦刀の腹で紙一重の所で蒼い≪飛焔≫に受け止めさせながら。そうしながら、マスター・エイジはひどく苛ついた声で問いかける。
『貴様に名乗る名など、俺は持ち合わせていない』
すると、その黒いTAMSからもまた、酷く冷酷な男の声が帰ってくる。迸る稲光と燃え滾る焔を表したエンブレムを肩に光らせる、その黒いTAMSから。
「JS-16G……!?」
――――JS-16G。
一真がシームレス・モニタの中に見る、その黒いTAMSの背中に重なるようにして網膜投影される情報の中に、そんな型式番号が浮かんでいた。"BLAZE-01"という、彼のコールサインと共に。
JS-16なら、間違いなくあの蒼い奴と同じ≪飛焔≫のはずだ。白瀬製作所製の、特殊作戦機。
しかし、一真はG型なんてものは知らないし、存在するはずが無いのだ。現状で最新鋭は、それこそマスター・エイジの乗るようなE/F型なのだから……。
それでいて、その黒いTAMS――――≪飛焔≫のシルエットは、あまりに≪飛焔≫とはかけ離れた形状だった。
光を反射しない黒い装甲はさることながら、装甲の全てがあまりに鋭角的で。一見すると別の機体かと思うぐらいに≪飛焔≫の形状からかけ離れた黒いTAMSの特異性は、今まさに鍔迫り合う蒼い≪飛焔≫と対比されることで、更にその印象を深めている。
『こちらは第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫。
――――これより、戦闘に参加する』
――――肩に雷鳴と焔を背負う漆黒の機影、その真っ赤で凶悪な双眸が、暗い夜闇の中で静かな唸り声を上げた。
(第五章、完)
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