Int.68:ブルー・オン・ブルー/Contact, BOGEY.

 そして、彼らA-311小隊の十機のTAMSと指揮通信車一両を腹に抱えた六機のCH-3ES"はやかぜ"大型輸送ヘリは京都士官学校を離れ、途中で"スカウト1"のOH-1偵察ヘリとハンター2小隊の三機のAH-1Sと合流しつつ、普段の通りに西方へと向けて飛び立っていった。

 普段と違うのは、それが夜間のことであるという点だけ。それ以外は今までと変わらず、寧ろハンター2小隊の三機が加わってくれているお陰で、いつもよりも強い戦力での出立だった。

「…………」

 飛び往くCH-3輸送ヘリの内一機が抱える輸送モジュールの中、そこに固定されていた82式指揮通信車で揺られながら、西條は独り簡素な椅子に腰掛け、険しい表情を浮かべている。それは禁煙で煙草を吹かせないという苛立ちもあったが、それ以上に別の、胸に駆け巡るよく分からない予感のせいでもあった。

「教官、どうかしましたか?」

 そうしていると、すぐ隣でオペレーティング・デスクの前に座っていた美弥がそんな西條に向かって話しかけていた。

「いや……」

 西條はそれに小さく首を横に振ってから、「なんでもない」と返す。美弥は一瞬だけいぶかしむような顔を浮かべていたが、しかしこれ以上追求するのも野暮だと思ったのか、何も言葉を返さないようにする。

「――――教官は、夜ってお好きですかぁ?」

 すると、美弥は何を思ったのか、そんな話題を西條に吹っ掛けていた。自分に向けられる、ニコニコとした無邪気な彼女の笑顔に「夜?」と西條が返せば、美弥は「はいっ」と頷いて、

「私は、結構好きですっ。暗くて、少し怖いところはありますけれど……。でも静かで、なんだか落ち着いて。それにお月様も綺麗ですし」

「まあ、かもね。気持ちは分かるよ」

「教官は、どうですかぁ?」

 ニコニコと美弥に訊かれれば、西條は「そうだなあ……」と白衣に包まれた両腕で腕組みをしながら考えてみる。

「……嫌いじゃない、かな。普段でも、戦う上でも」

「……? 夜戦、お好きなんですか?」

「好きじゃないが、苦手でもない」

 フッと小さく口角を釣り上げながら西條はそんな言葉を返し、半分無意識で白衣の胸ポケットに手を伸ばすが、

「駄目ですよ、教官っ。ここ、禁煙ですから」

 そんな風に美弥に指摘されれば、取り出して口元に持って行きかけていたマールボロ・ライトの煙草を、「あ……」と西條は何処かバツの悪そうな顔をしながら、白衣の胸ポケットの中の紙箱に戻すことしか出来ない。

「ふふっ……♪」

 ともすれば、そんな西條の仕草を横目に見ながら、美弥が小さく微笑んだ。

「わ、笑うなよ美弥。……手癖なんだ、こればっかりは」

「ホントにお好きですもんね、教官」

「まあな」参ったように肩を竦めながら、頷く西條。「いつの間にか、癖になってた。君は真似してくれるなよ?」

「あはは、私は大丈夫ですっ。お兄ちゃんはよく吸ってましたから、たまに実家に帰ってくると、似たような話はよく聞かされましたけど」

「兄貴、か……」

「もしかして、教官が吸い始めたのも、お兄さんか誰かが切っ掛けで?」

 きょとんと首を傾げた美弥がそんな風に訊いてみれば、西條はまた肩を竦めつつ自嘲めいた笑みを浮かべて、

「…………まあ、そんなところだ」

 と、認めるのか認めていないのか、こんな具合な微妙な色の言葉で返してきた。

『――――ん? レーダーに感あり。随分と高度が低い……』

 そうしていれば、美弥は頭に着けるインカムのスピーカーから聞こえてくる、そんなスカウト1のいぶかしむ声に気が付いて。サッと顔色を今までのぽややんとした呑気なものから、ピリッと少しの緊張を張り詰めたCPオフィサーとしてのものに切り替える。

「ヴァイパーズ・ネストよりスカウト1、どうしました?」

「ちゃんと報告しろ、スカウト1。レーダーに感とは、どういうことだ?」

 すると、横から西條も続けて口を挟んでくる。彼女もまた美弥同様にインカムを着けているから、先程のスカウト1の声は同じく聞こえていたのだ。

『いや……。こちらに近づいてくる飛行物体が幾つかあるんだ。だが、妙だな……?』

『ハンター2-1よりヴァイパーズ・ネスト、こっちでも捉えとる。

 ……なんや、コイツら? IFFに応答ないで? 雪菜、まさかアタシらのコブラちゃんが故障してるってワケちゃうよな?』

『――――コンボイ1-1だ。こっちでも確認した、同じくIFFに応答無し。完全なアンノウンだ』

「アンノウン……?」

 怪訝そうな顔を浮かべながら、反芻するみたいな独り言を西條が呟く。

 IFF――――敵味方識別装置に反応がないということは、普通に考えてあり得る話じゃない。幻魔ならそもそも飛行する能力を持つ種族は居ないし、他国の領空侵犯機というワケでもない。米軍や国連軍の機体なら友軍機と判断されるはずだが……。

「美弥、コンタクトを取ってみろ」

 西條の指示に、美弥は「あっ、はい!」と反応してからインカムのマイクを口元に近づけ、明瞭な声でそのアンノウン(国籍不明機)に向けて呼びかけを始める。

「国籍不明機へ、こちらは日本国防陸軍・京都A-311訓練小隊。貴機の所属と飛行目的を明らかにせよ。繰り返す――――」

 同じような呼び掛けを、オープン回線で何度か美弥が繰り返した。だが接近する機影から応答は無く、OH-1からのデータリンクで美弥と西條の見るオペレーティング・デスクのレーダー表示に映る幾つかの機影は、こちらの編隊に向けて真っ直ぐ距離を詰めてきていた。

「……呼び掛け、応答ありません」

「チッ……」

 緊迫した表情の美弥に告げられ、西條は大きく舌を打つ。

 ――――まさか、奴らの差し金か?

 可能性としては、ゼロじゃない。楽園エデン派の何者かが遂に直接行動に出てきたとするならば、この不可解な飛行物体にも一応は納得がいく。

 だが――――そこまで大それたことを、今のタイミングでするだろうか? たかが、娘一人の命の為に?

「…………ヴァイパー00より全機へ通達。アンノウンをBOGEYボギーと推定。マスターアーム・オン、交戦に備えろ」

 ――――BOGEYボギー

 所属不明機の中でも、敵機である可能性のあるものを示す名だ。それを告げた途端に、部隊内に緊迫が走ったのは、無線越しからでも何となく理解出来る。

(とにかく、今はあらゆる可能性に備えるしかない)

 幾ら大それた予想といえ、現に所属不明機がこちらへと接近してきているのだ。これが現実である以上、それに対処する術を講じることが、西條の責務でもある。

『せやかて西條はん、こっちにゃ対空装備なんてありゃせんで!?』

 ともすれば、飛び込んで来るのは慧のそんな、ある意味で尤もといえる主張だった。彼女らのコブラに対空ミサイルは無いし、他のヘリも、吊られているTAMSたちも同様だ。

「なら、20mmでも使え! やらんよりはマシだ……!」

『っ……! ハンター2-1、了解。頼んだで、雪菜っ!』

『20mmガン、TSU追従モードで起動。やれるだけは、やってみる……!』

 しかし、どうにかするしかないのも、また事実だ。そんな西條の気迫に押されたのか、慧は頷き。そしてガンナーである雪菜の言葉に応じ、コブラの機首にある照準システム・TSUと、それに連動するように機首下ユニヴァーサル・ターレットの20mmバルカン機関砲が、迫り来るBOGEYボギーの方に向けられる。

『――――こちらスカウト1、BOGEYボギーを視認! なんてこった……!』

「どうした、スカウト1!」

『今、映像をそっちに送る。畜生、冗談キツいぜ……!』

 何をどう思って、スカウト1がそこまで狼狽するのか。それが西條と美弥にも分かるのは、すぐのことだった。

「……嘘」

「冗談だろ……?」

 データリンク通信で共有される、OH-1の索敵センサが捉えたライブ映像。オペレーティング・デスクに表示されるそれに、映っていたのは――――。

「よりにもよって、TAMSだと……!?」

 ――――背部に飛行投射用のフライト・ユニットを背負い飛んでくる、九機の巨人たち。闇夜の中に浮かび上がる、所属不明のTAMSたちの姿だった。

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