Int.67:ブルー・オン・ブルー/交戦規定、脈動するは白き魔神

「搭乗が終わった機から順次出せ! 踏まれんように気ぃ張れよ!!」

 三島の声が格納庫中に響き渡る中、一真らA-311訓練小隊パイロットの面々は格納庫の壁を伝うキャット・ウォークを走り抜け、それぞれの機体が固定されたハンガーに急ぐ。

 機体の胸、丁度その目の前を横に走るハンガーの可動式キャット・ウォークを駆け抜け、≪閃電≫・タイプFの開け放たれた純白の乗降ハッチへと一真が飛び込む。傍にしゃがみ込んでいた整備兵と平手同士をハイタッチさせれば、一真は機体のコクピットへと飛び込み、シートに滑り込んだ。

 シートと85式パイロット・スーツの非接触式コネクタが接続され、同期が完了すれば、一真が頭に着けるヘッド・ギアから様々な情報が視界内へ直接網膜投影され始める。

 デカい液晶モニタが嵌め込まれた正面のコントロール・パネルやサイド・パネルの各種スウィッチを弄りつつ、一真は機体の起動動作を開始させる。とはいえ整備兵たちの手によってある程度の手順までがクリアされていたので、作業自体は多くない。

「ハッチ、閉めます!」

「頼む!」

「お気を付けて! 無事の帰還を!」

「あいよっ!」

 タイプFの胸部にしゃがんでいた先程の整備兵とハッチ越しに一真は互いに親指を立て合い、そうすれば外からハッチが閉められる。一瞬だけ薄暗くなるコクピット内だったが、すぐに周囲を囲む半天周型シームレス・モニタが目覚め、真っ白にホワイト・アウトした画面でコクピットが照らされた。

 白に染め上がるモニタの中央に、"SENDEN-TYPE F"と、綾崎重工のメーカー・ロゴと共に一瞬映し出されれば、やがてモニタと機体カメラとが接続され、外部の映像を映し出し始める。幾つものTAMSが立ち並ぶ格納庫内部の光景が映り始めれば、起動手順も終盤だ。

「通常無線、動作オーケィ。電装系コンディション、オールグリーン。人工筋肉パッケージ及びサーボ・モーター、正常動作中。HTDLC起動、戦術モード・ノーマルで各機とデータリンクを開始。固有識別コールサイン、ヴァイパー02へセット」

 コントロール・パネルの液晶タッチ・モニタや各種トグル・スウィッチに触れながらの起動作業を、一真は独り言のように反芻しつつ続ける。

「起動手順、フェイズ60まで完了。自己診断プログラム起動、セルフ・チェック開始」

 手動での≪閃電≫・タイプFの起動手順・フェイズ60までを全て完了させた後、一真は正面のタッチ・モニタに触れると、機体制御OSに自己診断プログラムを走らせ、異常が無いかの最終確認を行わせる。簡易的ではあるが、しかしやらないよりはやった方が良い。座学で教わる基本的起動手順の教本にも、よっぽど無い限り必ず行えとの記述もあった。

「……セルフ・チェック、問題なし。ヴァイパー02、機体コンディション・オールグリーン。準備よろし」

 自己診断プログラムが異常なしを告げれば、一真はHTDLC(高度戦術データリンク制御システム)の通信システムを起動させ、ヘッド・ギアのマイク越しに自機の準備完了を報告する。

『ヴァイパーズ・ネストからヴァイパー02、了解しましたっ。後は地上誘導員に従い、順次格納庫の外へ。コンボイ1は間も無く上空に到着する予定ですっ』

 そうして指揮統制役である美弥の返答と指示が帰ってくれば、一真は短く「ヴァイパー02、了解」と頷き返し、その後で通信方向を、データリンク通信から格納庫内の通常短距離無線の周波数へと切り替える。

「ハンガー! 固定外せぇっ!! ヴァイパー02、出るぞっ!!」

『――――分かった、固定解除! 誘導を踏み潰すのは御免だからな!?』

「分かってるから、心配すんなって! ――――ヴァイパー02、出すぞっ!」

 外の整備兵との短い会話の後、≪閃電≫・タイプFを拘束していた最後の枷が外れる。ハンガーから伸びる手枷に足枷が外れれば、胸の前や足の辺りを覆っていたキャット・ウォークが扉のように前に折れて、一人と一機の往く道を遮るものがなくなった。

 そうして、地上の誘導員の指示を見下ろしながら、純白の脚が一歩を踏み出す。小さな地響きを格納庫に響かせながら、白く染め上がった≪閃電≫・タイプFが自らその脚を踏み出した。

 未だ準備の終わっていない、ハンガーに直立姿勢で拘束されたままの深紅のFSA-15E≪ストライク・ヴァンガード≫や、ほぼ同じタイミングでハンガーを離れ、一真より先んじて歩いて行くEFA-22Ex≪シュペール・ミラージュ≫の背中を眺めながら、一真は足元を走る誘導員の指示に従いつつ、格納庫の中をタイプFに歩かせる。

『――――全機、私だ。聞こえているな?』

 そうして外に歩かせていれば、聞こえてくるのは西條の声だ。既に82式指揮通信車に乗り込んでいる関係からか、美弥と違い彼女の顔は視界の端に投影されていない。

『難しくない戦いだ、だが油断はするな。初めての夜戦、緊張するところもあるだろう。適度の緊張は構わんが、多少は肩の力を抜いておけ』

 そんな、前半と後半で何処か矛盾するようなことを西條が真っ先に言い出すものだから、一真は思わず頬を綻ばせてしまう。

 しかし、彼女がそう言いたくなる気持ちも、何となくだが分かる。油断はせず、しかし緊張はするな――――。正に、その通りだ。

『……もう、多くは諸君らに求めん。ただ、これだけは言っておく。

 ――――今回も、必ず生きて帰れ。全員で、一人たりとて欠けることなく。……それが私から諸君らに課す、唯ひとつの交戦規定だ。こんな所で、死んでくれるなよ?』

 何処か、切実に。しかし最後の一言だけを冗談めかして言う西條の言葉に、一真は返答を返すことは無く。しかし表情を綻ばせながら、ただ小さく頷いていた。

 ――――そうだ、こんなところで死んでたまるものか。こんな道半ばで、彼女らを遺したまま、彼女たちの前からいなくなって、たまるものか。

『…………カズマ』

 一真が内心でそんな決意を固めていると、目の前を歩く≪シュペール・ミラージュ≫から、プライベート回線でエマの声が飛んでくる。

『気を付けて。……また、生きて此処に戻ってこよう。君も僕も、瀬那も他の皆も。誰一人、いなくなったりなんかせずに』

 嫌な予感がする、とはエマも言えなかった。だが、背後を歩く彼に向かって呼びかけたその言葉に、嘘偽りは欠片も無かった。

「当然だ」

 そんなエマの内心は知るよしもなく、一真はニッと小さく笑みなんか見せながらそう、返してやる。

「これが終わったら、今度こそ例のデート、一緒に行こうぜ。割と楽しみにしてんだよ、俺だって」

『……ホントに?』

「ホントにホント。……だから、必ず生きて帰るぜ。俺も君も、いなくならずに」

 ――――誰一人、欠けることなく。

 今更、西條に言われるまでもない。自分も瀬那も、エマも霧香も。そして他の連中も、皆で生きて帰る。誰一人、欠けることなんてなく。それが、それこそが、一真が最初から胸に抱き続ける、唯一絶対の交戦規定なのだ。

「……往くか」

 格納庫から出て、見上げる夜空の彼方からは、六機のCH-3ES"はやかぜ"大型輸送ヘリが接近してくる機影が見える。その夜空を見上げながら、一真は確かな覚悟を固めていた。

 ――――その覚悟に応えるかのように、暗い夜空を仰ぐタイプFの睨むような双眸が、赤く低く唸りを上げた。

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