Int.50:After that/刻みつけるは刹那、儚き一瞬のインターバル⑥
――――国崎崇嗣が永い眠りから眼を覚ました時、瞼を開いてまず最初に飛び込んで来た景色は、まるで見覚えの無い何処かの天井だった。
(ああ、そうか。俺は)
数秒経って、国崎は己が置かれている状況を何となく自覚する。そして、思い出した。自分が戦闘中に撃墜され、外部からの強制ベイルアウトでギリギリ難を逃れたこと。回収してくれた美桜に、辛く当たってしまったこと。そして――――その後、程なくして気を失ったことに。
なら、あの後自分は何がどうして、こんな所に居るのだろうか。そもそも、此処は一体全体何処なのだろうか。朦朧とした中から段々と目覚めてきた国崎の頭へ次に過ぎったのは、そんな疑問の数々だった。
此処は明らかに戦場でも、野外でもない。野戦病院の類でも無さそうだから、恐らくは士官学校の医務室だろうか。あの後無事に戦闘が終わったのならば、士官学校に運び込まれているのにも頷ける。
「……朝、か?」
差し込む日差しは、明らかに朝日のそれだ。気を失うまでは日が傾いていたといえ、まだギリギリ日中だった筈だから、自分はかなりの時間を眠っていたことになる。いや、もしかすれば、既に気を失って数日経っているのかもしれない。
とにかく、まずは状況を把握せねば――――。
そうして国崎が、とりあえず起き上がろうとしたときだった。自分の腰とかその辺りの近くに、妙な重みを感じたのは。
「…………?」
不思議に思いながら、漸うと上体を起こしてみれば。そこには――――。
「哀川……?」
――――ベッドの横に置いた椅子に腰掛けた格好のままで、両腕を枕に上半身をベッドに倒れ込ませるようにして寝息を立てる、そんな美桜の姿があった。
何故、此処に彼女が居るのか。目覚めたばかりで朦朧とし混乱する国崎の頭が、更に複雑に混乱をきたしてしまう。
「どうしたものか、これは」
本当に、どうすべきか。困惑する国崎がそうひとりごちた時、美桜は「ん……」と息を漏らし、
「……あれ、国崎くん…………?」
眼を覚まし、瞼を開けて顔を開けた彼女の瞳と、朦朧とする国崎の視線とが交錯した。
「良かった……。やっと、起きてくれたのねぇ」
うふふっ、なんて呑気に笑う美桜だったが、しかしその眼の下には微妙に
「……哀川、お前ずっと此処に?」
そんな美桜に、恐る恐るといった風に国崎が訊けば。美桜は小さく微笑みながら「……まあ、そうかもねぇ」なんて具合に、さも当然みたいな顔で言う。
「そんな、無理する必要など無かったのに」
ひどく狼狽する国崎だったが、しかし美桜は「良いのよ」と首を横に振って、
「だって、私がしたいからしただけのことですもの」
「しかし……。それでは、お前に悪い」
「ううん、悪くない。それより――――」
言い掛けたところで、一度紡ぐ言葉を半ばで止めて。そうして美桜はベッド脇の丸椅子から立ち上がると、起きた国崎の上体をそっと抱き締めた。
「っ!?!?」
ふわりとした大きな胸の感触に、国崎は言葉も出ないほどに狼狽するが。しかし美桜はそれに構わぬまま、ぎゅっと国崎の頭を包み込むように抱き締めて、
「――――良かった、無事で。本当に、良かった…………」
絞り出すような声音で呟く美桜の手が、何故だか少しだけ震えていて。悲痛なようにも聞こえるそんな美桜に、国崎はそれ以上何かを言うことも、いつものように皮肉のひとつを言うことも。そして、抵抗することも出来なくなってしまった。
(…………俺は)
そうすれば、何故か自責の念のようなものが国崎の胸中を駆け巡っていく。そうすれば、彼は漸く自覚した。己が引き起こしたことの、その重大さに…………。
しかし、そんな国崎にも気付けないことがひとつだけあった。それは気付かなくて当然とも言えた。美桜の頬に伝う、一条の涙粒になど、抱き締められる格好の国崎が、気付けるはずもなかった――――。
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