Int.48:After that/刻みつけるは刹那、儚き一瞬のインターバル④

 そうして、無残な姿に変わり果てた国崎機を眺めた後。暫くの会話の後に三島と離れた一真は、再び何処行くアテもなく士官学校の敷地内を歩き回っていた。

「――――あれ、カズマ?」

 そんな中で、道端でバッタリ彼女と、エマと出くわしてしまうのは、ある意味で一真にとっての必然だったのかも知れない。

「珍しいね、こんな朝早くに。お散歩?」

「ま、そんなトコだ」ニコニコとしながら聞いてくるエマに、一真はいつもの軽い調子でそう言い返す。

「そういう君の方も、随分と朝早いんだな」

「えへへ。僕も、君のこと言えないぐらいに珍しいんだけれどね。ちょっと、今日は早く眼が覚めちゃって」

 小さく微笑みながらそう言うエマの格好も、一真と似たり寄ったりなラフな感じで。彼女にしては珍しく、少しタイトな感じで脚のラインが出るようなジーンズを下に履いていて、上は肩紐だけで吊すような白いキャミソールだけといった具合な格好だった。袖は無く、白い胸元では首から吊された小さな金のロザリオが揺れている。

「お互い、珍しいことずくめってワケだ」

 軽く上体を折って一真の方に寄せながら、やはりニコニコと微笑むエマに向けて、一真が大袈裟に肩を竦めて見せながらそう言うと。彼女もまた「だね」と短く返してきて、

「でも、たまにはこういう偶然があっても、嬉しいかなっ♪」

 なんて言いながら、浮かべる微笑みの色を更に強くした。

「……ヘッ」

 そんな彼女の仕草のひとつひとつが、どうにも愛おしくて。それでいて、何だか張っていた肩肘からちからが抜けていくような感じがする。だからか一真は、そんな風に自然と笑みを零してしまっていた。

「そういえば、瀬那はどうしたの?」

「ん?」エマに訊かれ、一真は一瞬首を傾げる。

「俺が出てくる時は、まだ寝てた。よっぽど疲れたんだろうよ、昨日のコトで」

「あー。まあでも、しょうがないよね。幾ら慣れたといえ、僕も似たようなものだし……」

 すると、エマは納得したみたいに頷きながら。少し表情に影を落としつつ、そんなことを続けた。

 ――――やっぱり、君もそういう理由わけだったのか。

 エマの一言を聞いて、一真は共感すると共に、小さな安堵を覚えていた。彼女とて、自分と同じなのだと。幾ら彼女が地獄の欧州戦線で鍛え上げられた至上のエース・パイロットといえども、根本は己と何ら変わりないのだと……。

「……? カズマ、どうしたの?」

 そんなことを考えれば、いつのまにかボーッとしてしまっていたのか。そんな一真の様子を怪訝に思ったエマが、一歩近寄りながら下方より一真の顔を覗き込んでくる。

「あ、いや。なんでもない」

 それに一真がそうやって返すと、エマは「変なカズマ」と言ってふふっと小さく微笑んで、

「ま、いいや。それよりカズマ、今からちょっと時間ある?」

 なんて具合に提案してくるものだから、一真もそれに「時間も大あり、今日は暇だからさ」なんて具合に二つ返事で返してしまう。

 すると、エマは「やったっ♪」なんて具合に、それこそ小さく飛び跳ねそうな勢いで喜ぶと、

「なら、善は急げ。ささ、行こっ!」

 なんて言って一真の手を掴めば、小走りで校門の方にまで駆け出し始めてしまう。

「お、おいっ!?」

 ともすれば、一真は脚をもつれさせながら驚いて。しかし振り向くエマは微笑んだまま、しかし駆け出すその脚を止めようとはしない。

「"恋は先手必勝、一撃必殺"! 折角こうして朝から君と逢えたんだ。ならきっと、これは運命の導きって奴さ!」

 そうだよね、母さん――――?

(だから僕は、彼を離したりなんかしないよ。世界中の誰よりも愛してる、彼をさ――――)

 走り出しながら、エマは微笑む。そんな微笑む彼女の、太陽のような笑顔に一真もほだされてしまい。なし崩し的に流されてしまいながらも、しかし彼の心の中では、何処か暖かな気持ちが満ち始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る