Int.07:星の降る夜、二人の戦乙女《ヴァルキリー》たちの休息

「ごめんね? 急に押し掛けたりなんてして」

 玄関扉を開き、姿を現したエマが軽く首を傾げながらニッコリと微笑みつつ、一真と顔を合わせるなり少しだけ申し訳なさそうにしながら、そんなことを言ってきた。

 ちなみに格好はといえば前に見たような私服の出で立ちで、黒のオフショルダー・キャミソールにデニム生地の半袖な上着、それでもって細身なデニム・パンツといった具合。首から吊され胸元で揺れる、小振りな金のロザリオに、何故だか一真は目を引かれてしまう。

「良いさ、他ならぬエマだ。……立ち話も何だ、上がるか?」

 そんなエマに一真が言ってやれば、エマは「うんっ」と頷き、一真に導かれるままに玄関の中へと入ってくる。

「お邪魔しまーす……」

 靴を脱ぎ、一真の至近を通り過ぎながら、エマが廊下に上がる。微かに鼻腔をくすぐった石鹸のような匂いが、きっと彼女がここに来る前、部屋でシャワーでも浴びてきたことを、暗黙の内に一真へと教えてくれていた。

「む? なんだ、来客とやらはエマであったか」

 そうやってエマが奥の方まで歩いて行くと、それに気付いた瀬那が座った格好のままで振り向き、彼女の方を見上げれば、そう言いながらフッと小さく笑みを浮かべてみせた。

「あはは、ちょっと暇だったからね。……もしかして、お邪魔だった?」

「いや、構わぬ。強いて言えば、湯浴みの前であったぐらいか」

「あー、じゃあちょっと間が悪かったかな」

「構わぬよ。他ならぬ其方だ、我らの間柄で気兼ねすることもあるまい」

 何処かバツの悪そうな顔のエマにそうやって言ってやりつつ、瀬那は適当な座布団を手繰り寄せ、自分のすぐ横に置いてやった。

「あっ、ありがと。じゃあ遠慮無く……」

 そんな瀬那の仕草の意図を暗黙の内に察し、エマはスッとそこに近づき、瀬那の横でちょこんと座布団に座る。そんな二人のやり取りを壁に寄りかかりながら眺めていた一真も、さっきと同じように自分のベッド、二段ベッドの下段を椅子かソファのようにして、そこに腰掛けた。

「しかし、いのか? ルームメイトもるであろうに、斯様かようなところに出向くなどして」

 怪訝そうな顔で瀬那が訊くが、しかしエマは「ああ、そこは大丈夫」と軽く頬を緩ませながらやんわりと否定し、

「僕の部屋、ルームメイト居ないからさ」

 なんてことを、平然とした顔で言うものだから。一真も瀬那もきょとんとして、「マジかよ」「まことなのか?」と口を揃えて訊き返してしまう。

「あはは……」

 そんな二人の反応に苦く笑いつつ、思わず吹き出しそうになりながらも、エマは一呼吸置いてから「うん」と頷き、それから話を始めた。

「ほら、僕って一応、交換留学生って立場じゃない? だから、色々あるんだってさ。兼ね合いとか、機密問題とかその他諸々っていうのかな?」

「故に、一人部屋ということか」

「そういうことだね」納得したみたいに腕組みをして頷く瀬那に、エマもそう頷き返してやる。

「確か、ステラも同じような感じだったはずだよ?」

「まあ、だろうな。――――というか、それは俺たちも知ってるだろうに」

 後から気付いた一真に言われて、エマも「あっ、そうだったね」と、今更になって思いだしたかのような反応を示す。

 ――――前にステラの部屋へ(半ば無理矢理)押し入った時、確かにステラの唯ひとりしか居なかったような記憶がある。あの時はそれどころでなく、しかもその後に更に一騒動あったものだから、すっかり失念していたが……。

 今にして思えば、確かに彼女も一人部屋だった。いや、二段ベッドは一応あったから、二人部屋を一人で使っているといった方が正しいのか。

 ともかく、それを思えばエマも似たような状況なのだろうと推測できる。確かに、仮にも交換留学生である彼女を二人部屋に住まわせるのは、色々と問題も出てくることだろう。それに加えて、彼女ら交換留学生は一応、この士官学校にとって賓客という立場であることもある。

「ふむ、色々とあるのだな」

 きっと同じようなことを考えていたのか、腕を組みながらそんな風に唸る瀬那の横顔を見ながら――――ふとした時に、一真はあることを思い出した。

「瀬那、そういえば折角良い機会だし、エマもアレに誘ってみたらどうだ?」

「アレ?」

 まるで意味が分からず、首を傾げて訊き返すエマ。その横で瀬那も一瞬悩んでいたが、しかし一真の言わんとする意図を汲み取れば「……ああ、アレのことか」と合点がいったように頷き、

「近く、花火大会があるそうなのだ」

 と、エマに話し始めた。

「花火大会? ……えーと、ファイアー・ワークスのこと、でいいのかな?」

「うむ」首を傾げながらのエマに、瀬那が力強く頷いて肯定してやる。「盆の時期に、あるそうだ。ここからそう遠くないと聞いている」

 それから瀬那と、そして時折一真も口を挟みつつ、エマに例の納涼花火大会のことを説明してやった。初実戦の少し前、瀬那と街へ出掛けるときに桂川駅で見た、あのポスターに書かれていた花火大会のことをだ。

「――――へえ、面白そうだね!」

 一通り説明してやれば、途端にエマは興味津々といった顔になり。「良いね、僕も行くよ!」と、物凄いワクワクした顔で二つ返事の承諾をしてくれた。

「他にもステラに霧香、美弥に……それに、例の三人も誘ってみようと考えておる」

「美桜に国崎、それにまどかちゃんもか?」

 想定外の瀬那の言葉に、一真が首を傾げながら訊き返すと。すると瀬那は「うむ」と頷いて、

「あの者らだけ仲間外れというのも、些か気が引けるというものだ。即ち戦友、仮にも背中を預け生死を共にしてきたあの者らも、誘ってみるべきだと思ったのだが」

「うーむ」

 凛とした顔の瀬那に言われ、一真は少しの間思い悩むように唸った。

「……もしや、やめておいた方がいのか…………?」

 一真がそうやっていると、何故か瀬那は不安げな顔になりながら訊き返してくる。それに一真は「いんや」と首を横に振り、

「瀬那が思ったことだ、それは間違いじゃない。良いさ、君の思い通りにしてみてくれ」

 ニッと小さく口角を釣り上げてみせながら、一真はそうやって頷いてやった。

「……! 左様か。うむ、ならばいのだ」

 すると、瀬那は途端に顔色を明るくし。勝手に腕を組めば、うんうんと独りで満足げに頷き始める。

「ならばエマ、悪いが其方、機会があればステラたちにも声を掛けておいては貰えぬか?」

「あ、うん。別に構わないよ」

「すまぬな、助かる。我らの方でも機を見て声を掛けていく故、其方にもよろしく頼みたいのだ」

「はいはい、分かったよ。……そういえば、一真も当然、来てくれるんだよね?」

「勿論」こっちに横目の視線を流しながらのエマの問いかけに、一真は即答してみせた。

「あ、なら良いんだ」

 とすれば、何故か満足げに頷くエマ。その妙な反応に一真は首を傾げつつも、しかし意図は何となく察せてしまって。だから、苦笑いをするだけでそれ以上の追求はしないことにした。

「しかし、もう盆の時期なのだな……」

 遠い目をしながら、感慨深そうに呟く瀬那。それに一真も「だな」と返せば、壁掛けのカレンダーの方をチラリと横目で見る。

 ――――もう、八月も半ばに差し掛かろうとしていた。お盆はもうすぐそこ。花火大会の日までは、そう遠くはない。

(願わくば、出撃が無いことを祈るのみだ)

 折角瀬那がこれだけ楽しみにしているのだから、野暮な出撃命令などで潰されたらたまったものじゃない。かといってどうすることも出来ない以上、一真に出来ることはといえば、ただ祈るしかなかった。

「……む」

 としていれば、風呂が沸けたことを知らせる音色が、壁に埋め込まれた自動給湯器のリモコンから聞こえてくる。

「済まぬが、私は先に湯浴みとさせて貰う」

 スッと立ち上がり浴室の方に歩いて行く瀬那に、一真が「おう」とぶっきらぼうに、エマは「はいはい、ごゆっくりー」なんて珍しく間延びした声で見送れば、途端に花火大会の話題はお開きムードへと変わっていった。

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