第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.01:純白の騎士、影に落とすは在りし日の面影

 ――――照り付けるのは、肌を刺し穿つような真夏の日差し。

『ヴァイパー01より前衛各機、着剣! 我々で防衛線を押し上げます。中衛遊撃は引き続き砲撃での援護を、後衛はハーミットを重点的に叩いてください!』

 真夏の容赦無い日差しを照り返す輻射熱で陽炎の揺れる町の中を、十機の鋼鉄の巨人が縦横無尽に駆け巡る。絶え間ない砲撃の衝撃波と、全力で吹かされるスラスタのターボジェット・エンジンめいた耳をつんざく雷鳴の如き爆音。そして鋼鉄の両足がアスファルトの大地を全力疾走する地響きが揺らす街の中、彼も――――弥勒寺一真みろくじ かずまもまた、戦火の中に身を投じていた。

「02、了解! やっと本番だぜ、腕が鳴る……!」

 すぐ傍に立つ隊長機・JSM-13D≪極光きょっこう≫からデータリンク通信で飛んでくる錦戸明美にしきど あけみ教官の指示に不敵な顔で頷きながら、一真は自機の右手マニピュレータが持っていた弾切れ寸前の93式20mm突撃機関砲を放り捨てる。

 投げ捨てた突撃機関砲が商店の駐車場に突き刺さるのを横目に、一真は機体の左腰ハードポイントから巨大な一振りの日本刀めいた近接兵装、73式対艦刀を引き抜いた。強化炭素複合繊維の艶の無い無骨な黒灰色の刀身を肩に担げば、左手にぶら下げていた88式75mm突撃散弾砲を目の前に向けて突き付け、そしてブッ放す。

 JS-17F≪閃電≫・タイプF――――。

 それこそが、彼が駆る純白の鎧の名だった。嘗ての白き死神を彷彿とさせる純白の装甲が汚れていくことも厭わず、一真は先陣を切ろうと機体の腰を落とし、身構えた。

『――――あまり張り切りすぎて、また無茶をするでないぞ、一真』

 そうしていれば、遠くから、しかしデータリンク通信のお陰ですぐ傍に居るような錯覚すら思えるほどの距離で聞こえてくるのは、一真にとってもあまりに聞き慣れた、彼を疎めるような、とある少女の凛とした声音だった。

「分かってるさ、瀬那。そこまで俺も馬鹿じゃない」

 一真はニッと笑みを浮かべながら、コールサイン・"ヴァイパー03"のその少女――――綾崎瀬那あやさき せなに向かってそう言い返してやる。

『……そう申しておって、結局馬鹿をやるのは何処の誰だ?』

 とすると、瀬那ははぁ、と小さな溜息交じりに呆れたような苦言を一真にていしてくる。それに一真は「うっ……」と微妙な色の呻きを返しつつ、何処かバツの悪そうな顔で、視界の端に網膜投影される瀬那の顔から軽く視線を逸らした。

『あはは……。カズマの突撃癖は、確かにいい加減直して欲しいとこではあるね……』

 そんな風に苦笑いをしながら会話に割り込んでくる、網膜投影の端に映った新しいウィンドウ。そこに映し出されていた短い金髪の白人少女――――エマ・アジャーニは口振りこそ少しばかり宥めるような感じではあったが、しかしこんな具合で瀬那の苦言に同意の意を示していた。

「エマまで言うかよ、それ……」

『だって、事実だし? ……まあ、出来る限り僕ら二人でフォローしていくけどね。でしょ、瀬那?』

『うむ』最後に首を傾げたエマに訊かれ、瀬那は二つ返事で頷く。『それが、我らの役目だ』

 おいおい、普通逆だろ? こういうのって――――。

 そうは思いながらも、しかし一真は言い返さず。事実であることを受け入れてしまえば、フッと自嘲するみたいな笑みが漏れてしまった。

 しかし――――だからといって、後に退く気は無い。退路なんて、最初から何処にも在りはしない。

 だからこそ、斬り拓く。己の活路は己の剣で、この拳で。

『まあまあ、そう焦んないの。この馬鹿のお守りは、アタシがしっかりやっとくから』

 として一真が踏み出そうとした直前、そんなことを言いながら一真機のすぐ後ろに着地する機影があった。

 FSA-15E≪ストライク・ヴァンガード≫――――。

 純白の死神と背中合わせになるようにして立つ深紅の機影は、米国製最新鋭機のそれに相違なかった。

 そして、視界の端に新たに表示されたウィンドウの中に見える、機体の色と似通った燃え盛る焔のようなツーサイドアップの髪は、一目見ただけでも分かる。彼女がコールサイン・"ヴァイパー04"、ステラ・レーヴェンスであると。

『またそう言って、この間みたいなヘマは御免だからね?』

『ちょっとエマ、それ言われたらアタシ、形無しじゃないの……』

 苦笑いするエマの一言に肩を竦めつつも、しかしステラの金色に揺れる瞳に燃え盛る闘志の炎は、潰えやしない。

『まあ、いいわ。今回はアタシがアンタのフォローに入る。カズマ、しっかりやんなさい! 背中はアタシが押さえててあげるから、好きに暴れることね』

 不敵に笑いながらステラはそう言えば、何も持たずに無手だった両手マニピュレータを太腿辺りに走らせ、そこの予備ハードポイントに片脚三本、計六本を吊していた00式近接格闘短刀、それを一本ずつ引き抜けば、ステラはそれを逆手にしてFSA-15Eストライク・ヴァンガードに構えさせる。

「オーライ、お言葉に甘えるとしよう。お前がケツ持ってくれるなら、百人力って奴だ」

『あら、火傷しても知らないわよ?』

「火傷なら、とうの昔にし尽くしたさ。だろ?」

 ニッと口角を釣り上げながら一真が言い返せば、ステラもフッと小さな笑みを浮かべ、

『違いない』

 そう頷きながら、紅く染まった両腕で、そのマニピュレータが硬く握り締めた近接格闘短刀を構えた。

『私と08はここで抑えながら、時間差を付けて後に続きます。――――02、04。先陣は、貴方たち二人に任せました』

「ヴァイパー02、了解!」

 錦戸の言葉に一真が力強く頷けば、それに続いてステラも『ヴァイパー04、了解ウィルコ。安心してください、教官。カズマの尻は、キッチリとアタシが持ちますんで』と、その整った顔に不敵な笑みと確かな闘志の色を浮かばせながら頷いた。

「んじゃま、参るとしましょうか――――」

 低く構えた鋼鉄の身体を軋ませ、背中のメイン・スラスタの出力を、"ヴァリアブル・ブラスト"を起動したサブ・スラスタ共々、そのスロットルを全開にまで一真は開く。

 爆発――――。

 大地を蹴ると同時に吹かしたスラスタの勢いは、まさに一つの爆発と言っても過言でないほどだった。

「オオォォォ――――ッ!!」

 雄叫びを上げながら、一真が、そして純白の≪閃電≫・タイプFが吶喊とっかんする。すぐ目と鼻の先に群がる、巨大な異形の敵へ向けて。人類の仇敵、物言わぬ侵略者――――幻魔たちの群れに向けて、白き巨人が爆発的な勢いで突き抜ける。その機影に、嘗ての死神の面影を垣間見せながら。

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